変人、百通楓芽の化物退治

東絵素人

第1話

悪霊だったり、改造人間だったり、異世界からの転生者だったり、世の中には案外普通じゃないことってのはあったりする。

だけど、そんな普通じゃないことの対処法なんて、普通は知らない。

だから、普通じゃないことは、普通じゃない奴に任せればいい。

狂人。奇人。変人。

そんな、異常な呼び方を総ナメにしているこの女に。



「だからまあ、この人を頼るっていう貴方の選択は最善だと思いますよ。正解かどうかは別としてね」


とある古びた事務所。そこの二階のこれまた古びた部屋で月並枝葉は依頼人にそう言った。


「おいおい!ソイツはなんて言い草なんだ!私という人間に頼るんだよ!?この世の中でこれほど正しい選択もそうないだろうさ!」


そう答えるのは、百通楓芽。

漆のようなムラのない美しい長髪と、キメ細かな白い肌。

その美貌だけで一般人を逸脱するこの人こそ、変哲事務所「奇々怪々」の社長、枝葉の上司となる女である。

現在、ソファで寝っ転がり、ただでさえ狭いソファーの4分の3のスペースを独占し、残りの1に枝葉を座らせるこの女こそ、稀代の変人・百通楓芽なのである。


「さあさあ!言ってくれたまえ!何、心配することはないさ、依頼人殿!君達一般人の非日常など、この私にとってはありふれた日常でしかないのだからね!」


寝っ転がったまま、背筋をピシッと伸ばす楓芽。

早くも不安を感じさせる姿だか、生憎依頼人にこの女を頼ること以外の選択肢は少ない。


「あ、えっと……ハイ……」


故に、消え失せそうなか細い声でそう答えるしかなかった。


「はい、そんじゃお話を伺いますね。」


パン!と軽く手を叩き、本題に入ろうとする枝葉。

依頼人はそれに『助かった』とでも言いたげな顔をして事情を話し始めた。


「私の名前は竹中智代と言います。今回ご依頼したいのは、私の実家のことでして。その……幽霊が、悪霊が出るんです…!」


幽霊。悪霊。怨霊。少しネットで検索すればいくらでも怪談が出てくるであろう、それ。

しかし、現実でソレの被害を被ったのなら、なるほど、確かな非日常である。


依頼人曰く、実家というのは随分な山奥にあって、祖父と、夫と共に住んでいるらしい。

……いや、住んでいた、というべきか。

──最初は小さな被害だったそうだ。

食器が知らない間に割れるとか、知らない内に物の位置が変わっていたり、その程度。

少し『気味が悪いな〜』なんて、朝をブルーな気持ちで過ごす程度の被害だったそうだ。

しかしまあ、ソレも段々と洒落にならなくなっていった。

壊れるのは食器から窓ガラスになり、壁になり、やがて人になったそうだ。

朝起きてみればリビングに愛する夫が血の涙を流し、両手の指を噛みちぎって死んでいた。

ブルーな気持ちどころか、部屋に真っ赤な血が飛び散っていたそうだ。


「……それは、お気の毒に。すいません。辛いことを思い出させて」


枝葉が、そう声を掛けると依頼人は目に涙を浮かべていた。


「……夫は、優しい人だったんです!こんな…こんな!こんな風に死んでいい人じゃ無かった!」

「分かりました。この依頼お引き受けし──」

「待ち給えよ!我が愛しの枝葉君!」


依頼を受けようとした枝葉を楓芽が制止する。


「いやね?依頼を受けるかどうか決めるのは私だろう?そのセリフを言うのは、私であるべきだよ!」


「……あっそ、そんじゃさっさとしてくれ」

「よろしい!」


楓芽はソファから、起き上がると、依頼人の目を真っ直ぐに見てこう言った。


「別を当たってくれ!その事件つまらなそうだから!」

「「…………え?」」


困惑の声を上げる依頼人と枝葉。

そりゃそうだ。

夫が、明らかに普通ではない。悪霊にでも殺されたのかと思えるような凄惨な死に方をして傷心中の女性が頼ってきたのだ。

普通、依頼を快諾すべき場面である。

しかし、普通ではないのがこの女。

この世のありとあらゆる、異常を煮詰めて、隠し味に破綻した性格を入れたような人間である。

普通を期待するのが間違っているのだ。


「いやね?正直つまらない。普通の人間が一人死ぬ程度じゃあ、今の私が楽しめるような刺激にはなり得ないよ」

「で、でも!」

「……なあ、なんで断るんだよ?」

「いやいや、今言ったばかりだろう。つまらなそうだからだよ」


楓芽がソファから起き上がり、依頼人へと向き直る。


「夫が死んだんだね、可哀想に。……ああいや、勘違いしないでくれよ、これは建前で言ってるだけで、可哀想だからって私が依頼を受ける理由にはならない」


「………おい!楓──!」

「何を怒ってるだよ、枝葉君。私は餌になる代わりに、食いついてくる化け物は選ばせてくれるんだろう?そういう約束じゃないか」

「…それは……!……そうだけど…」



『約束』『餌』突然放たれた単語に竹中は疑問を持ったが、2人の会話を遮れる雰囲気でも無かったので何も言わなかった。


「街一つ滅ぼした、なら変わるがね。人間一人死んだ程度じゃあ、唆られないよ。私はね」


楓芽がソファへと、勢いよく座る。

それは、話し合いの拒絶であり、彼女の固い意志をしめる態度だった。

辺りを重苦しい雰囲気が包む。


「……なあ、別に依頼を受けてもいいんじゃないか、急ぎの依頼があるわけじゃない。もしかしたら、お前にとって面白いことが起こるかもだろ?」



その枝葉の言葉に楓芽は少し考えた後、思いつきをそのまま、口にした。


「よし、それじゃあこうしよう!枝葉君が面白い一発芸やってくれたら考えるよ!」


実ににこやかな笑顔を浮かべてそういう楓芽。


「え、死ね?」

「おいおい何を言っているんだい!枝葉君!君の一発芸に、依頼人殿の人生が懸かっているんだよ!ほら、ヘイヘイヘイ!」


手をパチパチと叩いて急き立てる楓芽。

さっきまで広がっていた雰囲気が嘘のように軽い態度だ。


「クッソウゼエ!マジでウゼエ!」

「あ、あの!お願いします!私もう不安で……夜も寝られないんです!」

「竹中さん……」


依頼人の姿を見て枝葉は決意を固める。

そう、彼は人助けの為にこの仕事をしているのだ。

確かに彼はこういう一発芸が苦手だし、唐突に一発芸を求めてくる無茶振りと嫌がらせの区別がつていないタイプの人間は、尻から血を吹いて死ねと思っているが、それはそれ。

彼は枝葉の部下でありながら、良識を保つ強靭な精神力を有しているのだ。

依頼人の笑顔のためなら、どんな恥だって耐えられる!


「一発芸します」


枝葉はポケットから2本の鉛筆を取り出し、それを側頭部に当てる。

さながら、鉛筆が頭を貫いたような見た目だ。


「矢が刺さった落ち武者」



「「………………………」」


静寂が辺りを包む。

彼の健闘虚しく、あたりの体感気温は2度ほど下がった。

強靭な精神力とか、良識とか、ギャグセンスには全く関係ないのである。


「え、えっと……その、お、面白かったですよ!」

「やめてくれよぉ!やめてくれよ竹中さぁん!そういう運動会のリレーで圧倒的最下位のゴールを拍手で迎えるタイプの優しさが一番心にクるんだよぉ!」


膝から崩れ落ちる枝葉。

目には涙を浮かべ、行き場のない感情を床を叩いて発散している。


「なんというか……流石に可哀想だから依頼受けてあげるよw枝葉君」


それを見た元凶は、罪の意識など全くなく、面白がって依頼を受けた。


ハッキリ言おう。

面白そう、つまらなそう、気分が乗る乗らない。

自分本位で意味不目な行動を繰り返すこの変人は、下手な悪霊よりタチが悪い。


「さて……と、それじゃあ、おめでとう!依頼人殿!この依頼!私、百通楓芽が正式に受けよう!」

「あ、ありがとうございます」


大きく頭を下げる竹中。

先程の態度を見ていて、まだ頭を下げられる辺り、素晴らしき良識と人格を兼ね備えた人間といえる。


「さぁてと、それじゃま早速行ってみようか。依頼人殿のご実家に!」


楓芽の声が、部屋の中に高らかに響いた。

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