第22話 もう一度君に伝えたい

 今朝の王都オルネスは澄んだ青空で、放射状に整備された道路に整然と建物が並び、中央に広大な敷地を有する白亜の王宮が鮮やかに浮かび上がらせている。

 と言いたいところだが、そのシンボルである尖塔が据え物斬りのわら束のように斜めにカットされ、かつての勇壮な姿は見る影もない。

 まあ、他でもない俺の仕業なんだが。


「おい貴様、ここは恐れ多くも王宮の正門前だぞ!!通行人はさっさと通り過ぎ……ひいっ!?」


 声をかけられたので振り向いたら、いつぞやの袖の下を要求してきた門番だった。

 フードの中の顔を覗き込んでようやく俺だと気づいたらしく、魔族でも見たかのような目つきに変わり、謝りもせずに奥の詰め所へと逃げ帰ってしまった。

 失礼な奴だ。


「お待たせ、鹿島くん」

「今来たところだよ、藤倉さん」


 そんな門番と入れ違うように現れたのは、旅装の白マントが可憐な藤倉さん。

 背中には白く大きな魔石がはめ込まれた杖が差してあり、高位の治癒術士であることを表している。

 もちろん、この世界に来たばかりの藤倉さんがそこまでの経験を積んでいるわけがなく、あくまで聖女としての格をオルネシア王国が保証した『特例』ということらしい。

 少なくともこの先、藤倉さんは上級冒険者として各地の冒険者ギルドで扱われ、中級以下に課せられるノルマや制限を受けることはなくなるはずだ。

 まあ、上級は上級でデメリットがないわけじゃないんだが、それはまたその時に。


「それにしても、言われた通りに身軽にしてきたけど、荷物は本当によかったの?」

「どうせ馬車旅だからね。藤倉さんの荷物はロムフェール公爵の手配で用意してくれているし、道中手形も馬車が待機している王都門でもらうことになっている。少なくとも、次の目的地までの旅の準備は万全だよ」

「でも、鹿島くんはいいの? その、危険な旅になるんでしょう」

「それは俺のセリフかな」

「どういうこと?」


 小首を傾げる藤倉さんに不意を突かれてつい見惚れてしまうそうになるが、ここは堪えてしっかりしないとならない。

 なにしろ、この先に待っているのは果てがあるかも分からない、長く険しい道なのだから。


「藤倉さんが持つ『聖女の大奇跡』を必要としている五つの災厄は、どれも人族を滅ぼしかねない危険を秘めている問題ばかりだ。当然、聖女の力に縋ったり、逆に無理やり使わせようとする奴らが山ほど現れる」

「……」

「その時、藤倉さんが相手に同情したり脅しに屈したりして、自分の命を粗末にしてしまわないか、それが心配なんだ」

「……少し前の私なら、鹿島くんの言うような真似をしてしまったかもしれない。ほら、私って目立たないタイプでしょう?」

「そんなことはないよ」

「鹿島くんの言葉は嬉しいけど、言いたいことを言えない性格は自覚しているつもり。もし、王宮の祝宴の時に鹿島くんと再会していなかったら、人柱にされることに抵抗しなかったと思う」

「藤倉さんは自己評価が低すぎだと思うよ」

「鹿島くんがそう言ってくれるから、一度振った私のことをまだ好きだって思ってくれるから、少しだけ勇気を出してみる気になったの」

「だからって、危険な旅に付き合う義務はないよ。オルネシア王国の庇護は断ったけど、ロムフェール公爵の世話になる分には藤倉さんの安全は保証されるし」

「ううん、一緒に行かせて。って言っても、明日にはくじけちゃったりするかもしれないけど、えへへ」


 へにゃっとした、藤倉さんの笑顔が眩しい。

 これを見るために九百年を生きてきた、と言うとさすがに大げさだが、腹の底からじんわりと暖かいものが込み上げてきているのは誤魔化し様もない事実だ。

 そんな想い人の目にいたずら心が現れたのを見落としたことに気づいた時には、藤倉さんの奇襲は終わっていた。


「それともうひとつ、鹿島くんへの返事に、いつ応えたくなるか分からないから」

「うえっ……!?」

「元の世界の時もそうだったけど、私、鹿島くんのことをよく知らないから。九百年っていう長い長い時間どんなものかわからないけど、鹿島くんがどんな人でどんな生き方をしてきたのかちゃんと見ている内に、一か月後か一年後か、告白の返事をする時に遠くにいられるとちょっと困っちゃうかな」


 やられた。見事に一本取られた。

 こんな敗北感を味わったのは、出会ったばかりの頃のタマモに惨敗して以来かもしれない。

 でも不思議と嫌じゃないのは、惚れた弱みってやつなんだろう。

 だとすれば、だとしなくても、これだけは一生勝てなくてもいい。

 藤倉さんに負けるなら本望だ。


「藤倉さんは……」


 無意識のうちに突いて出た言葉の先に何を続けようとしたか、正直見当もつかない。

 今となっては聞き慣れた声に邪魔されて、その時間を永遠に失ってしまったからだ。


「お話し中のところ失礼いたします。そろそろ出発が迫っておりますので、よろしいでしょうか」

「……エリア、人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死ぬ、って聞いたことないか?」

「それは、カシマ様の故国の迷信ですか?」


 明らかに剣術一筋で色恋には疎そうなエリアが、こっちに歩いてきながら怪訝な顔をする。

 朴念仁という言葉を字面で知っていても、肝心の概念を理解していなさそうだが、やや遠慮がちな態度が救いといえば救いか。

 こっちも恋愛初心者だから、邪魔だけはしないでほしいんだが。


「大事な話の最中なんだ。こっちには構わず先に行ってくれ」

「そうはいきません。王都出発の際にカシマ様と陛下との和解を民に見せつけることは、聖女殿の所有権を手放す唯一の条件です。無論、各国への牽制として、表向きは従来の関係を続けますが」

「俺は剣士だ、政治に口を出すつもりはないさ。だが、藤倉さんの気持ちにも配慮してもらわないと困る。それに」


 王宮の方からこっちに近づく憶えのある気配に、つい口がへの字に歪む。

 そんな俺の表情で察したのか、エリアがさらに申し訳なさそうな顔になる。


「彼らと同行することに忌避感を覚えるお気持ちは理解できますが、フジクラ殿のためにどうかご辛抱ください。陛下より無期謹慎を命じられたラングレン殿下と流人の方々を引き離しておけば、そうそう無体な真似には出ないはずです」

「引き離すついでに、オルネシア王国の外に出して社会勉強させようって腹か。こっちも忙しいんだがな」

「誠に失礼ながら、『あの伝説』を持つ剣聖カシマの言葉とは思えません。それに、彼らとは金輪際会わないというわけにもいかないでしょう。この機会に一度顔を合わせておくだけでも、意味はあるはずです」


 その時、ちょっと離れた位置にいる藤倉さんの眼が、王宮の奥に吸い込まれた。

 その視線の先に、今まさに王都門を出ようとする元クラスメイト達がいた。


「あ……」

「愛里奈……」


 藤倉さんと友達らしき女子が声を掛け合い、他のクラスメイト達の足も止まる。

 しばらく時が流れた後、堰を切ったように嗚咽を漏らしながら、その女子が藤倉さんに抱き付いた。


「ご、ごめんね!! あのとき、愛里奈のこと、守ってあげられ、なくって……!!」

「ううん、いいの、いいんだよ……」


 藤倉さんと友達の、涙なくして見られない仲直りのワンシーン。

 さらには数人の女子が涙ぐみながら、二人に寄り添っている。

 それをクラスメイトの――ではなく藤倉さんの保護者のような眼で温かい気持ちになったところへ、


「鹿島、なんだよね、やっぱり」

「やば、マジ耳長くなってるじゃん!! 超ウケる」

「ねえ、鹿島ってなんであんなに強くなってんの? それとも生まれつき?」


 なぜか六、七人の女子が俺の方にも群がってきて、矢継ぎ早に質問してくる。

 興味津々といった目で見てくるあたり、まるで珍獣扱いだなと状況に流されていると、


「ちっ……!!」


 親の仇のように睨みつけてくる小野と、その取り巻きどもが男女十人ほど。

 藤倉さんと喧嘩したっていう水崎の顔も、……うん、見分けがつかないが、多分いるだろう。

 あれだけやられていい度胸だと内心褒めようと思ったが、さっと目を逸らした小野は早足で行ってしまった。

 どうやらしっかりトラウマになっているらしい。


「あ、そろそろ行かないとヤバいかも。じゃあ鹿島、またあとでね」

「ハナシ聞かせてねー!!」


 来るのが早ければ去るのも早い。

 数人の護衛騎士が立ち止まっているのに気付いた女子たちが、こっちが一言も発さない内に手を振りながら王宮門を離れていく。

 入れ替わりに、友達との話を済ませた藤倉さんが戻ってきた。


「もてもてだね、鹿島くん」

「手頃な玩具として遊ばれているだけだよ」

「そうかな、何人かはけっこう本気だったみたいだけど?」

「勘弁してよ」


 風が吹いて、藤倉さんの髪が揺れている。

 桜の木も学校もなく、記憶さえも朧気だけど、あの日をはっきりと覚えている。

 そのせいか、少し勇気を出してみたくなった。


「藤倉さん、これは告白じゃないんだけど」

「それはほとんど告白しちゃっているんじゃない?」

「世界を敵に回してでも君を守る。そのための力は身につけてきたつもりだから、どうか最後まで信じてついてきてほしい」

「鹿島くん……」

「俺はお姫様を守る騎士じゃないけど、藤倉さんを聖女の使命から解放すると、この剣に懸けて誓うよ」


 左手で鞘ごと抜いた刀を地面に置き、右手を藤倉さんに差し出して、返事を待つ。

 九百年という時を生きて、数えきれないほど反芻してきたこの場面を前にして、それでも声が上ずりそうになるほどの緊張感に包まれていると、


「えーっと、不束者ですが、よろしくお願いします?」

「……なんで敬語、しかも疑問形なの?」

「……なんでかな、ふふっ」

「ははっ」


 王宮という場所も、歳の差も、世界の違いも忘れた俺と藤倉さんの笑い声が、王都オルネスに響き渡った。

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