第6話 Visitors


夜明け前の空気は冷たい。

図書館から出た世継よつぎは、肩をほぐしながら軽く伸びをした。


「ちょっと外の空気吸うだけ……。どうせ誰も来ないし」


そのとき——。


背筋に冷たいものが走る。

振り返ると、黒い影が三つ、建物の外壁にへばりつくように現れ、ひたり、と地面に降り立った。

ナイトゴーント。

「……また神話生物!? 今日は平和に過ごしたかったんだけど!」


ナイトゴーントたちは無言のまま、だが明らかに「笑って」いる気配を漂わせながら、じりじりと包囲を狭めてくる。

世継は片手を前に出し、簡素な魔法を発動する。


氷爆アイシクルボム!」


目線の先に拳ほどの大きさの球が出現し、爆発する。

しかしナイトゴーントは滑るように回避し、背後へ瞬時に回り込んできた。

「はやっ……!?」


魔法を放った後の一瞬の隙を突かれ、体当たりを喰らってしまった。


世継は吹き飛び、地面を転がる。


「っ……! こいつら、前のグールより厄介……!」


次の一体が背後から触手めいた尾を伸ばし、絡め取ろうとしてくる。

(まずい……!!)


その瞬間。


黒い稲光が地面を割った。


ナイトゴーントの身体が、音もなく二つに裂けて落ちる。

世継は目を見開いた。

そこに立っていたのは、一人の人影。

黒いローブ。銀色の鋭い瞳。空気そのものが歪むような存在感。


その男は、ひややかにナイトゴーントの残り二体へ視線を走らせた。

「お前たち。妹に触れるな。」


 声を聞いた瞬間、世界が揺れた気がした。


「……は? い、今……妹って……?」


 男は世継の方を一瞥いちべつし、ナイトゴーントを睨み据える。


「お前らは俺の兄弟に触れるべきではない。」


「失せろ。」


 ナイトゴーントは、一瞬怯んだように後ずさって、霧に溶けるように消えた。


静寂。


世継は痛む体を起こしながら男を見つめた。


「……助けてくれて、ありがとう。

でも、あなたは誰?何者なの?」


男はこちらを見もしないで言った。


「今それを知る必要はない。ただ……お前は外に出るなら、もっと警戒しろ。図書館の結界が弱まっている今、お前を狙う者は増える。」

「なんでそう言い切れるの…?」

「理由は……いずれわかる。」


世継が一歩近づこうとすると、男は距離を取るように後退した。


「今日はこれでいい。無茶をするな、世継。」

「……名前、なんで知ってるの?」

 男は答えなかった。

 ただ、ふっと表情を緩めたような気がした。

「——次は、気をつけるんだぞ。」

 そう言って男の姿は闇の向こうへ消えようとする。

 

だが。


「ちょっと待って!魔縄スペルロープ!」


さすがに今回もうやむやのまま逃げられるのは嫌だ。

申し訳ないが、束縛魔法を使用する。


「あまり良くないと思うのだが。」

その男はどこかムスッとした表情で立ち止まる。


「いくつか質問があるの。図書館の中に来てもらうわよ。」


男は、諦めたような顔をし、「わかった」と答えたかと思うと、体に力を込めて魔力の縄をちぎり捨てた。


(なんでそんなことができるの……怖)


────────────────────────────

「さて、あなたは何者なのか、教えてくれないかしら?」

図書館の中の椅子に腰掛けるや否や、世継はそう聞いた。


男は、少し悩むような仕草を見せた後、驚くべきことを話し始める。


「俺の名前は、アスタロト。お前の兄だ。」

「お前は六人兄弟の末っ子で、俺は長兄。母から『あの子を探してまもれ』と言われたから、ここ最近はお前の近くにいた。」


「ほぉ〜、で、他の兄弟ひとは?」


「それぞれの家でくつろいでいる頃だろう。

連れてきたらそれだけ気づかれる確率が高くなるから俺一人だ。」


世継はしばし沈黙して思考を重ねる。

そして、最も大切なことを質問した。

「あなたは、なぜこの世界が壊れているかわかるの?」


「あぁ、わかる。」


「この世界が壊れた原因は、ヨグ=ソトースの攻撃だ。

人間は、文明を発達させすぎた。それを危険視したあいつが手を下したんだ。」


「私はこれから、何をすればいいのかしら?」


「さぁな。とりあえず、他の兄弟に会いに行ってみたらどうだ?」

「じゃあ俺は帰るぞ。」


「待って」

「遅いから、今日は泊まって行きなさい。」


扉に歩み始めていたアスタロトが振り向き、びっくりしたような顔をする。

そして微笑をこぼし、「では、お言葉に甘えて泊まらせてもらうとするかな。」

と答えた。



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