第13話 ヒロインに監禁されてしまいました
「サフィラ、話がある」
「アスクくん、話があるの」
それはルクソールと恋バナをした翌日のことだった。
授業が終わり、周りの生徒が教室から出ていく中、俺はサフィラに話しかけようと立ち上がった。
するとちょうど同じタイミングで彼女も立ち上がり、お互いに顔を合わせる。
そしてほぼ同時に言ったのだ。
――話があると。
あまりにもピッタリ重なったことで、一瞬目を丸くしつつも彼女の元へと近づいていく。
「大切な話があるんだ」
「大切?」
「俺のこと。サフィラのことでもある」
その言葉に彼女の瞳が一瞬揺れる。
「……アスクくんのこと?」
正直どこまで話せばいいのか分からない。
転生したことは多分説明しても混乱させるだけだから、改めて俺という存在を正確に伝えようと思う。
俺は救世主でも何でもなく、ただサフィラを監禁するためだけに存在する悪役なのだと。
「人が多い場所だと落ち着いて話せないじゃん? とりあえず場所を移さない?」
そう提案すると、サフィラの肩がびくりと震えた。
次の瞬間、ほんのりと頬が赤く染まっていく。視線をあちこちに飛ばして、あからさまに動揺しているようだった。
「全く同じ考えだったなんて……やっぱりアスクくんは運命の人」
「サフィラ?」
「分かった。誰も邪魔できない場所ね」
「そうだね。あまり人がいな――」
「静かで二人きりになれて、誰にも見つからない場所。ずっと一緒にいられる場所がいいよね」
「いや、そういう意味じゃ――」
「あるよ? 最適な場所が」
サフィラはすっと立ち上がると、すぐさま俺の手を握ってきた。
「むしろあそこしかない」
その瞳には光が宿っていた。何か確信がこもったような光。
「そんなに良い場所があるの?」
「すごく良い場所だよ。私たちに相応しい場所」
俺たちに相応しい?
本来であればプラスの言葉のはずなのだが、嫌な予感しかしないのは気のせいだろうか。
――まあいっか。
どんな場所であれ、腹を割って話し合うことさえできれば、誤解が解消するに違いないから。
こうして俺は、彼女に連れて行かれるのであった。
※
「私、すごく嬉しい。アスクくんも同じ想いだと知れて」
「そろそろだと思ったんだよ」
そろそろきちんと対話をして、勘違いを正す必要があると思っていた。
「……嬉しい」
学園の門を出た俺たちは、レンガで整備された道を歩いていく。
サフィラはご機嫌な様子で、弾むように歩きながらも俺の手を引っ張ってくる。
ここだけだとお転婆なお嬢様にしか見えないので不思議である。学園では悪役令嬢そのものみたいな振る舞いをしつつも、俺の前では砕けた態度をとっている。
――どちらが本当の彼女なのか。
それを知るためにも腹を割って話そうと思う。
それからしばらくすると、高い塀と鉄の門が見えてくる。
磨き上げられた石造りの柱。家紋の刻まれた重厚な扉。
門の両脇には剣を携えた門番が二人。
煌びやかでありつつも、どっしりと構えたような安定感もあるそれは原作にも登場したのでよく覚えている。
公爵家の屋敷である。
――あれ? どうしてサフィラの家に?
しかし気がついた時にはもう遅い。学園に引き返す選択肢などとっくの昔に消えていたのだ。
「………………」
一瞬立ち止まった俺にまっすぐ笑顔を迎えてきたサフィラは、魔力を込めているのかとんでもない力で引っ張ってくる。
「サフィラ?」
「行くよ」
俺たちはそのまま門の方へ。
「ただいま」
「お帰りなさいませ、お嬢様」
サフィラの声に反応して、門番が直立不動で頭を下げる。公爵令嬢ということもあり顔パスである。
しかし俺は完全に部外者。門番の片方がちらりと俺に視線を向けた。
「そちらの方は?」
「私の大切な人よ。顔をよく覚えておきなさい」
えっ、大切な人? 客人じゃなくて?
この言葉に違和感を持ったのは俺だけではないようで、門番たちは一瞬だけ目を丸くした。
しかし公爵令嬢の言葉は絶対である。姿勢を正すと、何事もなかったかのようにこう言った。
「どうぞ、お通りください」
えっ? いいの? 身分証もナシで?
公爵家の防犯意識を心配する暇もなく、ぐいぐいと引っ張られて門をくぐる。
敷地内には馬車が通れるであろう整備された石畳の道が伸びている。両脇には整えられた庭と噴水。
さらに奥には小規模ながらもぶどう畑が広がっていた。
「ぶどう!」
思わず俺は立ち止まる。
――美しい! 圧倒的に美しい!
光を浴びてきらきらと輝く葉。
風に靡かれてゆらゆらと揺れる蔓。
そして色鮮やかに実った果実。
その全てが圧巻だった。あまりにも美しすぎて、噴水の奥で光り輝いているように見える。
「すぅ……はぁ……」
大きく息を吸い込むと、青々しい葉の匂いと土の湿った匂いが混じり合って胸いっぱいに広がった。
それだけで不安だった心が満たされていく。
――ああ、これだ。これこそが俺の求めていた楽園。
そのあまりの美しさに頬を緩ませていると、
「アスクくんに喜んでもらえたようでよかった」
俺のリアクションを見て、サフィラが微笑んだ。
「そりゃ嬉しいよ」
「これからはぶどうに囲まれて生活できるからね」
「まじで?」
「毎日ぶどうを眺めながら生活できるよ」
「最高じゃん」
と、喜びを爆発させたのも束の間、彼女の言葉の節々に違和感を抱いた。
――これから?
どうして彼女は当然のように俺が公爵家に住む前提で発言しているのだろうか。不思議だった。
「こっち」
疑問に思いつつも、サフィラの案内で敷地の端へ向かっていく。
しばらく歩くと古びた石造りの小さな建物が見えてきた。
「あれは?」
「離れ。昔、私が使っていた部屋」
「昔?」
「うん。アスクくんに出会う前」
子ども部屋だったのかな?
原作では彼女の幼少期は語られていないので、あまりよく分からなかった。
でも小屋を見つめる彼女の表情からは複雑な感情が現れているようだった。あまり深く言及するのはやめておこう。
「大丈夫。今は違うから」
「……そっか」
「今は改装したから」
「改装?」
近づいてみると建物は想像していたより整っていた。
壁は色褪せているが、窓は新しくピカピカだった。そして部屋の内外を隔てる扉は重厚な鉄でできている。
一目見ただけで最近の技術を使っていると分かるくらい分厚い扉だった。
「中入って」
そう言って扉を開けるサフィラ。口元にはにっこりと笑顔を浮かべていた。喜びが隠しきれないと言った様子である。
――内装も変えているのかな?
この様子だと相当こだわっているのだろう。早く見せたくてたまらないといった感じだ。
「ほら、早く」
誘われるままに一歩踏み出すと、
「――ッ!」
その瞬間、ふわりとぶどうの香りが鼻腔をくすぐった。
「ぶどう!」
部屋の中は、驚くほど居心地がよさそうだった。
柔らかそうなベッド。整えられた机と椅子。壁際には本棚。
そして窓辺にはぶどうジュースの入った瓶がずらりと並んでいた。その数十種類以上。
「ここなら全部飲み放題だよ」
「まじで⁉︎」
最高である。
公爵家の財力であれば余裕なのだろうが、なんか申し訳なくなるくらい高待遇だ。
「でもいいの? こんなによくしてもらって」
「もちろん! 自分の家だと思って過ごしてね!」
「いや、さすがにそれは申し訳ないよ」
「ぶどうジュース飲む?」
「飲む!」
即答すると、巨峰のぶどうジュースをワイングラスに注いでくれた。
ありがたく受け取ると、香りを嗅いで一口。
「うますぎる! 良いぶどうを使ってると、こんなに複雑な香りなんだな」
「ふふっ、よかった。公爵家特製だから」
「だからかぁ。初めて飲む味だったからビックリしたんだよな」
「喜んでもらえてよかった。さあ、とりあえず座って」
サフィラは俺に座るように促すと、
「話、するんでしょ?」
力強い瞳を向けてきた。
「ああ、そうだったな」
俺はベッドの端に腰を下ろした。
「ちょっと待っててね」
サフィラは扉の方へ一度戻ると、そっと外を確認する。
そして次の瞬間。
――ガチャン。
鍵の閉まる音が室内に響いた。
「……ん? 今の音なに?」
「鍵」
「鍵?」
「うん、鍵」
「えっ? 鍵?」
サフィラは振り返ると、いつもの笑顔を浮かべて言った。
その表情は美しいはずなのに、言い知れない迫力があって――、
「だって二人きりになりたいって言ったの――アスクくんでしょ?」
「でも鍵を閉める必要はないんじゃ……」
「あるよ」
「でも……」
「――あるよ!」
サフィラが声を荒げた瞬間、背筋に冷たいものが走った。
――あれ?
俺は冷静に状況を整理する。
公爵家の敷地に招待されて、敷地の端にある小屋に案内されて、そして今俺は彼女と二人っきりだ。
――密室に二人っきり。
別にそれ自体は問題ないが、鍵は閉められているし、彼女の様子からして簡単に出してもらえる気がしなかった。
なぜなら彼女はギラリと獰猛な視線を向けてきながら、ゆっくりと近づいてくるのだから。
俺って、今もしかして……。
――監禁されかけてる⁉︎
しかし気づいた時にはもう遅い。遅すぎたのだ。
「あれ? なんかめまいが……」
突然、視界がゆらりと揺れた。
ぶどうジュースに何か薬が盛られていたのだろう。冷静に考えて、ぶどう以外の複雑な味と香りがしたからな。
そこで気づくべきだった。もう手遅れだけど。
「…………………………」
だんだんと意識が朦朧としていく。
目の前の景色が遠ざかるようにぼやけ、視界がゆっくりと反転した。
そして気がついたら背中にはベッドの柔らかい感触が。
正面にはサフィラの顔があって、恍惚の表情を浮かべながら俺を見下ろしていた。
「……え?」
そこで自分が押し倒されていたことに気づく。
公爵家の敷地内の密室で、薬を盛られた俺はサフィラに押し倒されている。
この状況を言葉にするとしたら一つしかなかった。
――監禁である。
「待ってくれ。それは逆だろ」
「逆?」
「監禁するのは俺のや――」
そこまで言いかけて言葉が途切れた。いや、途切れたのは言葉ではない。俺の意識の方だろう。
こうして俺はサフィラに監禁された。
※
【Sideサフィラ・ハーツ】
成功した成功した成功した成功した成功した成功した成功した成功した成功した成功した成功した成功した成功した成功した成功した成功した成功した成功した成功した成功した成功した成功した成功した成功した成功した成功した成功した成功した成功した成功した成功した成功した成功した。
いいや、これは成功じゃない。運命だ。
――だってアスクくんは自分から監禁されたがってたもん。
まさかだった。
最初は冗談かと思ったけど、「二人っきりで話したい」「人のいない場所がいい」って真剣に言っていたから間違いない。
つまりこれはアスクくんの意思だ。
私はそれを少しだけ、ほんの少しだけ後押ししただけ。
念のために薬を盛ったけど。魔力を弱体化させる薬だけど。
万が一に備えて、ラヴァンダを離れの外で待機させておいたけど。
内からも外からも鍵をかけておいたけど。
それでもこれは運命だ。運命。
もちろん、この生活がいつまでも続かないことは分かっている。公爵家の敷地内で監禁なんて、お父様が知ったら酷く怒るだろう。何をするか分かったものではない。
場合によってはアスクくんに危険が及ぶかもしれない。
だから、私は決めた。
――公爵家を自分のものにしよう。
――お父様から家を奪おう。
そうすれば誰にも邪魔されない。誰にも文句は言えない。
アスクくんを監禁したって、何をしたって、全て公爵家の決定だ。そして公爵家の決定には誰も逆らえない。
そのためにはやらなければならないことが山ほどある。
敵対派閥の処理。隣国への牽制。ぶどう農園の開発。
でも何より自分自身が強くならなければならない。
誰にも負けないほど強く。アスクくんを守れるくらい強く。強く、強くならないと。
そしてアスクくんとの世界を完成させるのだ。
――公爵領を必ず彼のための楽園にしてみせる。
それが私の目標であり、決意だった。
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カクヨムコン短編に一作応募しましたので、こちらも是非よろしくお願いします。
学園監禁ラブコメです。
いつ監禁しようかな?と呟いてくる隣のアイリス様
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