第4話 Sideサフィラ・ハーツ

 私――サフィラ・ハーツは忌み子だった。


 父がメイドに手を出して生まれた子。存在してはいけない子。家族からは疎まれ、いないものとして扱われていた忌み子。


 まだ兄や姉たちが生きていた頃は、離れの小屋に押し込められていた。


 与えられるのは最低限の食事と、身なりだけを整えるための最低限の教育。


 外に出ることは許されず、屋敷の者たちからは煙たがられ、見てはいけないもののように扱われていた。


 特に金色の髪は私が隠し子であることを象徴していて、兄弟からはわざと髪を切られたり、無理やり引っこ抜かれたりと、酷い嫌がらせも受けていた。


 ――私は世界に絶望していた。


 生きている意味も分からない。

 誰も私を見てくれない。

 誰も触れてくれない。

 私は、ただ呼吸しているだけの存在だった。




 そんなある日、月に一度だけの教会への外出で、私は彼に出会った。

 名前も知らない、見知らぬ庶民の少年。


 その少年は不思議だった。私に好意的な視線を向けてきて、かと思うとゆっくり近づいてきて。

 そして彼は手を伸ばして、小屋の外へ連れ出してくれた。


 護衛の目を盗んで、路地裏を抜けて、広大なぶどう畑に入って。


 小屋の中に招待してくれると、彼は微笑んだ。

 そしてイタズラっぽい笑みを浮かべながらこう言ったのだ。


「俺は悪役だよ。君を監禁するためだけに存在する悪役」


「悪い人?」


「そう、悪人だ」


 とてもそうは見えなかったけど、確かに彼は意地悪な人だった。

 だって出会ったばかりの私に、何にもない私に、堂々とこんなことを言うのだから。


 ――俺は悪役だよ。君を監禁するためだけに存在する悪役。


 その言葉の意味を正確に理解したわけではない。正直に言うとほとんどよく分からなかったけど、それでも私の心には深く突き刺さった。 


 そして気がついたら胸が高鳴っていた。


 彼が私を監禁するためだけに存在するのだとしたら、私は彼を監禁するためだけに存在するといってもいい。


 ――そうだ、これは運命だ。




 

 結局、彼と話したのはほんの短い時間だったけど、そのわずかな時間が私の世界のすべてを変えた。


 あの瞬間から私の中の世界はアスクくんになった。


 アスクくんが歩いた道が全て。

 アスクくんが見た景色が全て。

 アスクくんが嗅ぐ匂いが全て。

 アスクくんが吸い込む空気が全て。

 アスクくんが紡ぐ言葉が全て。

 アスクくんの流す血が全て。

 アスクくんの存在が全て。

 

 私という人間は彼なしでは成立し得ない。彼の存在があってこそ私は生きているし、彼の存在がなくては生きることなどできない。 


 いいや、違う。


 彼がいない世界なんて存在しないのだ。



 だから私は決めた。 


 ――アスクくんの隣に立てる存在になる、と。


 たとえ忌み子と言われようと、誰にも愛されなくても、誰にも認められなくても、そんなものは関係ない。


 アスクくんにさえ認められれば、それ以外の全てはどうでもいいから。


 その大切な一つのために、私は勉強も武術も本気で取り組んだ。 


 周囲の見聞なんて気にせずに、兄弟が消えても、跡取りが一人になっても、公爵令嬢として周囲からの扱いが変わっても、ひたすら努力し続けた。

 ただアスクくんに追いつきたかったから。


 

 アスクくん。


 やっと……やっと十五歳になるね。


 今度こそ、今度こそあの日の続きができる。


 五年前、あなたが私を監禁してくれたように、今度は私があなたを監禁する。


 どこにも行かせない。

 何があっても離してあげない。



 そして私たちは完成するのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る