第3話 強運のレイスト
レイストが全身の回復に至るまで、おおよそ1週間ほどが必要だった。
といっても、王国軍には有能な治癒術師が多いから、幸いというべきだろう。
市井の治癒術師であれば、足を失うだけでは済まなかった可能性が高い。
(その証拠に、両足がまだ鈍く疼いているしな――)
レイストが救護室の隔離から解放され、ようやく自室へ戻ろうと廊下を進んでいくと因縁の男と出会った。ジュリアスだ。
ジュリアスはこちらに一瞥をくれながらも、背を向けて去ろうとする。
さすがに何かを言ってやりたくなったレイストは、その背に向かって声を掛けた。
「やあ、ジュリアス。元気そうで何よりだ。人を囮にして生き延びた気分はどうだ?」
レイストも、かつて「同じこと」をした人間だ。だからこそ、ジュリアスの反応を見ておきたかった。
「ふん! 俺は、お前を囮にした覚えなどない。自分の実力の無さを人のせいにしないでもらいたいな?」
ジュリアスの反応からして、どうやら『後悔』はしていないようだと悟ったレイストは、
「――そうだな。それでいい。あれは俺の実力の無さが招いた結果だ。お前は何も悪くないさ」
と、無表情に告げる。
「なんだと!? お前! 俺を馬鹿にしているのか!?」
と、ジュリアスが怒気をはらんだ声を上げ、こちらに向かってずんずん近づいてくると、その勢いのままレイストの胸ぐらを両手でつかむ。
「お前のそういうところがムカつくんだよ! 自分だってただの人間だろう! 自分だけ違うとでも思っているのか!? ああぁ!?」
そう声を荒らげる。
その直後、カツンという靴音――そして、二人に向かって激しい怒声が飛んだ。
「おい、お前たち! 何をやっている!? ここは兵舎だぞ! 懲戒を食らいたいのか!?」
部隊長のクルード・ユジンの声だった。
「――ちっ、レイスト、余計なことを言うなよ」
「ああ、分かってる。俺だって、お前ごときに出し抜かれたなんて言われたくはないからな」
そう小声で言い合う二人。そしてジュリアスが手を離す。
「生きて帰れてよかったな、レイスト。だが、いつまでも運が続くと思うなよ」
そう捨て台詞を吐いた後、ジュリアスは背を向けて去っていった。
レイストはジュリアスの背中をじっと見つめ、
(お前こそ、気をつけろよ。次があるとは限らないんだからな)
と、そう念じる。
「レイスト・ゲインハルト。話がある。私の部屋へ来てくれ」
ジュリアスの背を見送るレイストに部隊長が落ち着いた口調で声を掛ける。
「はい。今からでよろしいですか?」
と、答えるレイスト。
「ああ、急ぎお前に伝えなければならんことがある」
クルード部隊長の表情が硬い。これは、あまりよくない話だろうなとレイストは覚悟する。
「分かりました」
と、部隊長の方へと歩みを進める。
部隊長に導かれ、彼の執務室へ。
部隊長は自分の机に向き直ると、その机の上の書類をレイストの方へ押しやる。
「辞令だ。レイスト・ゲインハルト。貴官を少尉に任ずる――」
と一旦言葉を止め、続けて二通目の書類をさらに突き出す。
「――栄転だ。レイスト・ゲインハルト少尉。これより北方防衛軍の指揮下に入れ。準備が出来次第出立せよ。赴任先は、北方防衛最前線、カールスベルク砦だ。貴官の配属は、アーノルド・ウィンスレット司令の直属遊撃部隊。それの隊長を命ずる。おそらく北も人材不足なんだろう。少しでも気骨のある奴が欲しいってところだろうな」
なるほど、部隊長の表情が硬かったのはそういう事かと、レイストは合点する。
北方最前線といえば、生きて戻ったものより戻らなかったものの名の方が多く刻まれている激戦区だ。しかも、その司令は人を盤上の駒のように扱うという噂すらある。
クルード部隊長は、ふうっと大きく息をついた後、
「これは、私の率直な気持ちだが……。レイスト、死ぬなよ――?」
と言った。
「北方防衛最前線カールスベルク……。『狂人』の指揮下、ですか。一つお聞きしてもよろしいでしょうか? この任官はどこの判断で?」
「その『狂人』閣下直々の抜擢だ。この前の戦闘のあと、お前が死ななければこちらに寄こせと、直令が俺のところに来た。おおかた、お前の討伐数をどこかで聞いたんだろう。この部隊でぶっちぎりのトップスコアだからな? それに、『強運』でもある――」
部隊長の表情は変わらず硬いままだ。
レイストは、作り笑いを浮かべるしかなかった。
(ほら見ろ。次なんて来なかっただろ?)
心の中でそうジュリアスに告げるレイストだった。
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