氷の刃は今日も折れない―友を囮に生き延びた俺はその報いを背負い続ける

永礼 経

第1話 報い


「はぁ、はぁ、はぁ……っ。う、ぐ……くそっ……! なんなんだよ、あれ……! いてぇ……いてえよ……! 骨……折れて、ないよな……?」


 ダリルは、息が切れて走るのをやめると、自分の右腕の擦り傷を見下ろす。血がにじみ、じくじくと痛む。


 親友のレイとは途中ではぐれてしまった。


 いや、「はぐれた」と言えば、自分に責任がないように聞こえるが、実際はちがう。「置き去りにして逃げた」のだ。


 一緒に逃げている最中に、レイは木のつるに足を取られて転んでしまった。


 ダリルは、それを知りながら、気付かぬふりで走り続けたのだ。

 レイの叫んだ声が聞こえた気がしたが、何を言ってるのかは結局わからなかった。


(だって、仕方ないだろう!? すぐ後ろから『あいつら』が追っかけてきてたんだぞ!?)


 そう自分に言い聞かせるが、実のところ、置いてけぼりにしたのには『計算』があったからだ。


 レイは怪我もしていなかったし、体力もある。足も自分より速い。

 先に体力が尽きるのは自分の方だ。


(捕まるのは俺の方が先だ――)


 そう思いながら走っていたところに、「運よく」レイが転んだのだ。


 ダリルはそのまま足を止めなかった。

 ただ、必死に走り続けた。


 そうして息が持たなくなるまで走る頃には、後ろから迫ってきていた『あいつら』の気配は消えていた。


 そうだ。

 俺は悪くない。

 

 レイの「運が」悪かっただけだ。


 そうだ、誰も悪くない――。



ギシャァアアアア!!!



 突如、ダリルのすぐ右横から、あの気味の悪い鳴き声が響いた。


「わ、わああああ!! やめろ! やめてくれ! なんで? どうして俺の方に来るんだ!? だろう!!」


 ダリルは、それが何なのか確かめもせず、反射的に駆けだした。


「ハァ……ハァ……っ! もう駄目だ、走れない――!」


 足が動かない、胸が焼ける、視界が揺れる――。

 ついにダリルは膝から崩れ落ちた。



ギシャシャシャシャ……。

キチキチキチ……。



 ダリルの背後から、気持ちの悪い音が響いてくる。

 ダリルはもう振り返ることすら出来なかった。


「ああぁ……レイ……レイ! 助けて……、たすけてくれよぉおお!!」


 その叫び声は永遠にレイスト・ゲインハルトに届くことは無かった。




******




「わあああ――!」


 レイストは大きな叫び声を上げて、飛び起きた。


 またあの日の夢を見てしまった。

 これでもう何度目か、数えることもとうにやめてしまった。


(ダリル……、すまない。助けられなくて――)


 もう何度、そう心の中で謝っただろう。

 いや、おそらくこれは、自分が生きている限り永遠に終わることがない「報い」だ。


 あの時、レイストは叫んでしまった。それが最悪の結果を招くとは考えず、その時はそれが最良の選択だと信じて疑わなかったのだ。


『俺はいい! 走れ! ダリル!』


 その声に応じて、あいつらがレイストの元に確実に寄ってきているのを感じる。

 レイストは最後の時を覚悟して目を閉じた。


 これでいい。自分に関わっている間にダリルは遠くに逃げられる。少しでも時間が稼げれば、それだけダリルとの距離が離れる――。


(せめて……、じっくりと……)


 レイストはそうしてその時が来るのを待った。


 だが――。


 どういうわけか、いつまで待ってもは訪れなかった。


 どれほどの時間、目を閉じていたのかわからない。

 ふと、脳裏をかすめた違和感。


「……血の臭い……?」


 自分は怪我をしていない。しかし、ダリルは倒壊した家屋の中から這い出す際に右腕をひどく擦り剥いていた。


「しまった! ダリルが危ない!」


 レイストは跳ね起き、駆けだした。


 森の木々と茂みの間からダリルが着ていた青色のシャツが目に入る。


「ダリル! 無事か!? ダリル!」


 あたりにあいつらの姿はもうない。

 が――。


 そこでレイストが目にしたのは、もうすでに「形がなくなった」ダリルの変わり果てた姿だった。


 

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