Logical Blue(ロジカル・ブルー)

@takumi_gpt

第1話:青い論理の探偵

師走澄人(しわす きよと)の事務所は、青い。


壁も、家具も、照明の色温度さえも、すべてが寒色系で統一されている。


感情の赤を排し、論理の青に身を浸す。


それが澄人の哲学だった。




午後八時。


窓の外では、街がクリスマス・イブの浮かれた光に包まれている。




だが澄人の事務所には、その温もりは一切届かない。


彼は青白いディスプレイを見つめ、データの海に没頭していた。




ドアが開いた。


「師走探偵事務所ですね。お願いがあって参りました」




訪問者は三十代半ばの女性。


疲れた顔に、切迫した表情が浮かんでいる。




澄人はディスプレイから目を離さず、冷たく答えた。


「予約は?」


「ありません。でも、これは一刻を争う事態なんです」




「感情的な訴えは、判断材料として不十分です」


澄人はようやく顔を上げた。


青みがかった照明の下、彼の表情は石膏像のように無機質だった。




「事実を述べてください。データを。論理的に」


女性は息を呑んだ。




だが、すぐに決意を固めたように話し始めた。


「私は柊真冬(ひいらぎ まふゆ)と申します。第七居住区の住民代表です。三日前から、私たちの居住区への物資供給が完全に停止しました。水、食料、医療品、すべてです」




「ディサイダーの判断ですか?」


「はい」


澄人の目が、わずかに鋭くなった。




ディサイダー。


それは日本の社会インフラを完璧に管理する国家AIシステムの名だ。


物流、資源配分、都市計画、医療、教育。あらゆる領域で最適解を導き出し、無駄のない効率社会を実現してきた。


澄人自身、その恩恵を受けている一人だった。




「ディサイダーが供給停止を判断したのなら、それは論理的な理由があるはずです」


「でも……人が、死にかけているんです!」


真冬の声が震えた。




「私たちの居住区は、確かに社会的評価が低い。貧困層が多く、生産性も低い。でも、それは私たちが望んだことじゃない。システムがそう評価しただけです。それなのに、クリスマス・イブに供給を止めるなんて——」




「感情論です」


澄人は冷たく遮った。 「しかし」


彼は立ち上がり、真冬に向き直った。




「論理的な疑問があります。ディサイダーは社会の安定を最優先します。供給停止は不安定要因になる。なぜ、わざわざこの時期に、このような判断を?」


「それを、調べていただけますか?」




「報酬は?」


「私たちにお金はありません。でも——」


真冬は懐から、小さなメモリーチップを取り出した。




「これは、ディサイダーの内部アクセス記録です。非公式ルートで入手しました。これが、報酬になりませんか?」


澄人の目が光った。




データ。


それこそが、彼にとって最も価値あるものだった。




「契約成立です」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る