case5-1 路地裏の修羅場
この裏路地について。
例えば、生霊。
生霊はこの路地に置いてその念に悪意があればあるほど大きくどす黒く、そしてその本来の姿を時折映すことがある。
実体はなく、しかし魂の一部ではないかと推測できるもの。店長や従業員が討伐すればそれは『呪い返し』となって本来の魂にダメージを与えることが可能だ。稀に白い生霊が現れることもあるが、その場合は素早くお帰り頂くのが正しい。迷子が来ていい場所ではない。
次に、死霊。
生霊とは違い、体を離れた死者の魂そのもの。正気を失っているようなら殴って気を取り戻していただく。倒したところで魂の行先が拓けるだけだが、案内所の仕事としてはそれが正解か。その魂の行くべき先がどこにあろうとも、このような場所に留まっているよりは正しいと言える。
だが一口に死霊と言っても、ただの迷子もいれば、いわゆる怨霊となって彷徨う者もいる。路地に多いのは残念ながら怨霊であり、そこに現れる他のモノを生者死者問わず襲ってしまう。恨みが核であるとも言え、最早言葉は通じないと思っていいだろう。
そして一番多いのが、悪霊。
怨霊も悪霊であると言ってもいい。が、悪霊と呼ぶならばそれ以外も含まれる。生きた人間の負の念、それらが具現化したようなものもあるし、人間以外の恨みが元となっている場合もある。原因は様々だが、共通しているものがあるとすれば、魂の持つエネルギーを強く求めているという部分か。彼らは魂を損なっていたり、魂を糧とするものが多いのだ。
これらは店長や従業員が大雑把に分けたもので、あくまでこの裏路地での分類である。できれば悪霊カテゴリに悪鬼の類が増えないことを願いたいところだが、最近実体を持つ異形が現れ始めたので若干怪しい……というのが二人の悩みだった。
「で、何でオレはこんな説明させらレてんだよ……」
「そこはほら、同じ異世界転移仲間ということで。元クラスメイトじゃないですか! いやはや、お掃除業務内容、大変興味深い話でしたッ!」
疲れ切った様子を隠しもしない従業員の前にいるのは、なんと少し前従業員が一時潜入した高校の制服に身を包む――少年、メグルである。ペンを返さねばならない従業員がこっそりイロハじゃないのかと思ったり思っていなかったりしているが、メグルである。
強制異世界転移の際には異世界王女とはったり込みで渡り合うという大活躍を見せたメグル少年は、なんとまだ自身が夏服に身を包んでいるうちに、この裏路地のカフェへとたどり着いた。『正しく来客として』だ。
丁度その時訪れていた異世界からの来訪者の願いに見事適合して現れたのがメグルだったというわけである。
どうやらカフェを見た瞬間記憶を取り戻したようで、従業員との再会もあっさりと受け入れた。なんでも、どうにも一時期から異世界への憧れが強くなったようで、異世界ものの物語を読み漁り、トラ転する勇気はないがひとまずあちこち歩き回ってみていたそうだ。記憶は消えた筈なのに、憧れが消えなかったようである。
そんな心の準備ばっちりなメグルは、しっかりがっつり与えられた情報を読み込んだ後、意気揚々と魔法使いとして異世界に乗り込んだ。
圧倒的な大力無双とまではいかないものの、物理攻撃の低さを見事魔法でカバーし三面六臂の活躍を見せたメグルは、異世界での一年間の冒険(従業員感覚で約十分)を終えて無事帰還。やあ楽しかったと気楽な様子で従業員の前に現れた。旅行か。
その後土産話を熱く語りつつカフェでお茶を飲んだメグルは、ふと従業員の持つ掃除用具に気付いて裏路地についての話をねだったのである。
「それにしても、異世界は何が起きるかわからないですね。まさか道中、一蓮托生の筈の仲間に裏切られて殺されかけるとは思いませんでしたよ」
「それをあっけらかんと話す胆力すゴいなアンタ」
「おかげ様でそちらの店長から転移の継続契約の話を貰いましたよ。ほら」
「何やってンですか店長!!」
お馴染み青緑のウィンドウを見せられ従業員は拳をテーブルに叩きつけたが、残念ながらその店長はここにはいない。転生は転移より案件が多いため忙しいのだ。
念のためと従業員が詳しく聞けば、案内所に訪れた依頼者に適した対象者が現れない場合登録されるリスト――通称委託リストの中から、メグルが適合するようであればまたここに来てもらう、ということらしい。そのリストはこのカフェではない別世界の案内所とも共有され、数はなかなかなものである。外注扱いでまだ従業員の業務範囲ではないが、メグルの様子ではスキマバイト感覚のようだ。
「いやあ。僕の青春が潤いますね! 転移中は歳をとりませんしッ!」
「……転移先に移住したくナッタり、しないのか」
「今のところ予定はありませんね。あくまで僕にとって異世界は冒険先で、この経験を生かして将来は自作ゲーム制作なんかに挑戦したいという夢もありますし」
「そウか。まあ、応援する」
「うすうす感じてましたけど、
「そレ最初から最後まで褒め言葉じゃネーよ。あとそれ偽名」
「なんですとッ! 本名……は、ここじゃ口にしちゃいけないんでしたね」
すごまれても大して気にした様子もなくカフェでの休息を終えたメグルは、そろそろ、と立ち上がった。
異世界帰りの転移者の送迎も仕事の一つと従業員が先導して扉の前に立った、その時。
「きゃあああっ!」
突如聞こえた悲鳴に、従業員は迷わず扉を開けた。カフェ前の明かりの範囲に人の気配は、ない。
一瞬顔を見合わせた従業員とメグルは同時に駆け出したのだった。
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