境界崩しの研究者〜神秘の向こう側を、僕はこの身体で見たい〜

秦 一郎

第1章 : 境界での出会い

第1話

夜の都市は、表面だけが静かだ。

 ビルの心臓部ではサーバが唸り、地中では監視網が低く震え続けている。

 それでも、道路に人の姿が消えるだけで、世界はまるで深呼吸したように落ち着きを取り戻す。


 僕はこういう時間が好きだ。

 雑音が消えると、脳内の素子がよく働く。


(……揺れてる)


 突然、視界の奥に波紋が走った。

 僕の脳に埋め込んだ量子同期素子(Q-sync)が反応した時だけ起きる現象だ。

 一般的な視覚の層とは別の“情報層”が震え、世界の輪郭が少しだけ歪む。


「……あぁ、久しぶりだね」


 揺らぎの中心は、裏通りのもっと奥。

 光源もほとんどない、誰も近づかない区域だ。


 普通なら足を止めるだろう。

 でも、僕にとって未知は恐怖じゃなく、ただの“宝石”だ。


 僕は足を進める。


 金属臭が風に混じる。

 何かが壊れて、何かが流れた後の匂い。


 僕の脳が“ここだ”と囁いた。


 揺らぎはさらに強くなる。

 細胞レベルで異常な屈折が起きている時にだけ出る反応――

 普通の生命体とは違う証拠。


「さて……何が落ちてるんだろうね」


 僕は薄く笑った。

 静かな夜は、突然、色を変えはじめた。

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