月が照らすは夜明けの祈り —少年は偽りの光を穿つ―

ライチ大好き

夕焼け 1

 

 世の中には、理不尽というものがある。


 自分が悪くないのに、不幸な目に遭うとか。とてつもなく辛いことが起こるとか。

 要するに、最悪な目に遭うということだ。


 そんな経験をすると、「どうしてこんな目に。」「なぜ自分がこんな思いを。」ってきっと誰しも思うはずだ。

 俺たちも、そうだったから。




 黒髪の少年と、白髪の少女が走っている。

 遠くから人の悲鳴や怒号が響いてくる。まるで、初めからそうだったかのように街が崩壊している。

 どれだけ夢であってほしいと願っても、腕の傷の痛みと、焦げ臭さが現実を突きつけてくる。

 ヨヅキは傾いた太陽と、それ以上に傾く家々を背にして、幼馴染の少女の手を引いて必死に走る。


「ね、ねぇ待ってよ!おばちゃんたちは!?それに、ユキちゃんや、ソウマ君も!」


「いいから!今のうちに逃げないと魔物が来る!」


「でも!」


「はやく!」


 アヤメが息を切らしながら聞いてくる。しかしそれに答えている時間はない。

 歩きなれたはずの、見慣れなくなった街を必死に走る。

 どこを見ても建物は崩壊していた。一度魔物が通った場所に、安全な場所など無い。むしろ今襲われていないのが不思議な状況。じっとしていても火に飲まれるだけ、少しでも安全な場所を目指して走る。


「あっ!」


「アヤメ!」


 繋いでいたアヤメの手が離れる。

 どのくらい走ったのかわからないが、運動が苦手なアヤメには長すぎる距離だった。

 ヨヅキが慌てて駆け寄って様子を見ると、怪我はなさそうだがアヤメの手足が震えている。少し休まないと、走るどころか歩くことさえ難しそうだ。


「ごめんヨヅキ、足が…。」


「俺が背負って歩くから!」


 ヨヅキはアヤメを背中に乗せて急いで歩く。

 身を隠せる場所でなければ休むことはできない。魔物が暴れている音も先ほどより近づいている気がする。

 焦りと恐怖を感じながら、アヤメを担いて周囲に気を付けながら歩く。

 

 少し歩いたところに入れそうな隙間があった。もともと家だったのだろうが、ここも原型をとどめていない。あまり広くは無いが、子供二人なら十分入れそうなスペースだ。

 瓦礫を避けて入り込み、ヨヅキは背負っていたアヤメを下ろしてともに休む。


「これからどうなっちゃうの?お父さんとお母さんは…おばちゃんたちもきっと大丈夫だよね?」


「俺もわからない…でも多分無事だよ。ユキやソウマたちもいなかった。あいつらも大丈夫だって!アヤメのお母さんたちとも後で絶対会えるから!」


 アヤメの両親の仕事は多忙であり、しばしば街を離れることがあった。隣の家に住んでおり、昔から仲が良かったためアヤメはヨヅキの家に預けられるのは珍しいことではない。

 今回も預けられたアヤメと二人で夜ご飯のおつかいをしてる時に、店が突然崩れた。

 ヨヅキが気が付いた時にそばにいたのはアヤメ一人。何が起きたのかとあたりを見ると、遠くない場所に魔物が見えた。

 ヨヅキは、今まで実際に魔物を見たことはない。しかしその異形の姿を見た瞬間にアヤメの手を引いて慌てて逃げ出した。


 遠目だったが、途中で見かけたソウマやユキの家は魔物が漁っていた。

 無事とは言ったものの、父さんや母さん、他のみんながどうなったのかなんてわからない。

 ヨヅキは自分にきっと大丈夫だと言い聞かせる。そうでもしないと、心が折れて立ち止まってしまう。


「そうだよね、皆大丈夫だよね!ここから逃げたらまたみんなと会えるもの。ごめんね、わたしが体力無いから…。」


 そしてヨヅキがまだ諦めず、正気を保っていられたのはかけがえのない幼馴染が一緒だったからだ。

 逃げているのが一人だったら、途中でアヤメを失っていたら。彼は動くことすらできなかったであろう。


「そのくらい平気だって、少し休んだら様子を見てまた動こう。魔物が来ても俺がなんとかするから!」


「ありがとうヨヅキ。私ももうちょっと頑張るね…!」


 アヤメはまだ不安そうだが、少しずつ落ち着いてきていた。

 手足の震えも収まり、息も整い始めている。その様子を見て、ヨヅキも少しだけ安心した。

 何とかすると言っても、魔物と戦うことなんてヨヅキにはできない。

 しかし、もう少ししたら逃げ出せるはず。このまま魔物に見つからず、隠れることだってできるかもしれない。そう思った矢先――


ドン! ガシャン!


 俺たちが隠れていた場所の頭上の瓦礫が吹き飛ぶ。

 何が起こったのかと理解するより先に、体が強張る。

 二足で立つ巨大な狼のような魔物がそこにいた。全身を青黒い毛で覆い、子供の腕ほどの太さをした爪を持つ長い手足。口からは鋭い牙を覗かせ、鼻を鳴らして二人を見る。

 最悪だ。


(こいつまさか、匂いで場所を…!)


「あ、え…?」


「走れ!!」


 アヤメはまだ何が起きたのか理解できていないようだが、ヨヅキは手を引いて急いで駆け出す。

 しかしその狼に容赦など当然ない。見つけた獲物を逃すはずもなく、背後から飛び掛かる。

 ヨヅキはちらりと背後を見る。狼は筋肉質な腕を振りかぶり、その鋭い爪でアヤメを切り裂こうとしていた。直撃すれば、アヤメが無惨に引き裂かれた肉塊になるだろう。そんな未来を容易に想像できる。

 ヨヅキはアヤメを力いっぱい引き寄せて、腕の中に抱え込む。

 勢いのままに、アヤメをかばう様にして横に飛んだ。

 

「いっ…うあああああ!!」

 

 彼女が無事なことは、背中の痛みが教えてくれた。


「ヨヅキ…? ひゃっ!?」


 アヤメが悲鳴を上げる。

 引き寄せたことによって、アヤメがバラバラに引き裂かれることは無かった。

 しかしただの子供が横に飛んだところで、大した距離は稼げない。直撃こそ避けたものの、狼の爪先がヨヅキの背中を切り裂く。

 これまでの人生で味わったことがない強烈な痛み。ヨヅキにはどうなってるか見えないが、アヤメの顔が青ざめていることから、ひどい状態なのだとわかる。


 立てない、痛みと恐怖でまともに動くことすらできない。再び狼を見ると、満足そうに爪についた血を舐めながらゆっくり近づいてる。


「ヨヅキ!ヨヅキ!」


「い、いから早く、逃げろ…。俺は、大丈夫だから…。」


「いやだ、早く!ねぇ立って!一緒に逃げるの!!」


 必死にアヤメが肩を揺らしても、当然動けるようにはならない。泣きながら一緒に逃げようと言ってるが、ヨヅキは自分がもう逃げられないと悟る。

 構っていたらアヤメも巻き添えになるだろう。声が出ているのかヨヅキ自身もわからないが、声を絞り出す。


「なんとか、するから、アヤメは先に逃げて…!」


「一人は嫌!一緒に逃げるの!」


「早く…」


 そんなやり取りをしていても、狼は待ってくれない。二人の近くに巨大な影が映る。

 腹を空いてるのだろう、液体が地面に垂れ落ちる。


「あ…いや…来ないで…」


 アヤメの目に絶望が浮かぶ、顔が恐怖で引き攣るのがヨヅキにもわかる。

 このままではアヤメも死ぬだろう。

 人は血が多く流れても死ぬということを、ヨヅキはいつか読んだ本で知っていた。

 もし、この狼が逃がしてくれる奇跡が起きたとしても、ヨヅキは死ぬことを理解した。


 狼の巨大な足が、倒れているヨヅキの横に来る。

 動かないヨヅキをとうに仕留めたと考えているのだろう。

 狼は、まだ動いているもう一つの獲物アヤメの方に近づく。


「グル?」


 近くに来た狼。その足の毛を力を振り絞って、引っ張る。

 アヤメが死んでしまうのは嫌だ。

 ならせめて、少しでも逃げる時間を稼ぐ。

 ほんの少しでも時間があれば、誰かが助けてくれるかもしれない。気を引いてる間にアヤメが逃げれる可能性が一つでも上がるのであればと、必死になって手を引く。

 

「おい、化け物。どこに行くんだよ…ゴホッ」


 魔物に言葉が通じるとはヨヅキも思わない。

 だが、少しでもアヤメから気を逸らすために声を発する。

 口から血が零れる。話すたびに激痛が走り、言葉が詰まるがそれでも絞り出す。


「欲張りめ・・。俺一人で、満足、しろ…!」


「グル…ギャウア!」

 

 それでも、狼の気を引くことくらいはできたらしい。


「いや!ヨヅキ!」


 ヨヅキの眼前に狼の凶悪な口が迫る。

 だが恐ろしい牙の並んだ口よりも、視界の端で叫んでいるアヤメの姿しか見えない。


 あぁ神様、どうかアヤメだけでも助けてください。

 どうか、こいつから逃げれるよう力を貸してあげてください。誰か、助けに来てください。

 目をぎゅっと瞑り、来るであろう痛みに怯えながらヨヅキは最後にそう祈った。




 …いつまでたっても、覚悟していた痛みが来なかった。

 そんなあっさり死んだのか?と考えたが、背中の痛みがまだ生きていることをヨヅキに教える。

 不思議に思いながら、恐る恐る目を開ける。

 ヨヅキの視界には、目を閉じる前と変わらない狼の鋭い口。

 ただ、変わっていたのは、その口がついた恐ろしい顔が地面に落ちている点だ。


「間に合ってよかったが、無事じゃねぇな。血が大量に流れてる。」


 声の方を見る。

 そこには、白い鎧を身に纏い赤く染まった剣を持った金髪の男がいた。


「ヨヅキ!」


 アヤメが駆け寄ってくる。

 ヨヅキは視界が薄れていく最中、泣いてるアヤメが寄ってくるのが見た。

 無事でよかった、助けに来てくれたと思うが、今度こそ死ぬのだろうと思う。

 全身が寒くなり、目も開けていられない。背中の痛みも感じづらくなっていた。

 近くで声をかけられているのだろうが、ヨヅキの耳にはもう入ってこない。


 (せっかく、助けてもらえたのにな…。)


 そんなことを思いながら、ヨヅキは意識を手放した。




「――様。どうか――――――――。」



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