第2話 最高の会社
と、言うわけで……。
買っちゃいました!! アパート!!
しかもただのアパートじゃなくて、元々冒険者の寮として使われていた滅茶苦茶すごいアパートなのだ…。
このアパートなら俺も住むことができるし、アパート内に住人を入れれば金をいっぱい取ることができる!!
夢の不労所得生活にかなり近づいた!!
俺…買い物のセンスがあるのかもしれない。
それにしても不動産会社の人達、優しい人だったなぁ。皆ニコニコ優しい笑顔をしていて、貴方におすすめの物件だからってこんな良い物件を5000万ゴールドで売ってくれるなんて!!
今まで一度も不動産会社には入った事のなくて緊張していた俺に一から優しく教えてくれた。
彼らのような良い人達がいたら、この国は安泰だな。
そんな事を思いながら、引っ越しの準備をする。すでに辞表は提出済み。ギルドマスターから止められたが、疲れた。休みたいとそれっぽく言ったら一発で快諾してくれた。
「……よし。行くか」
荷物を整理し、俺は買ったアパートへ向かう。少しだけ…本当に少しだけ寂しい気分になった。
大変なことばっかりだったが、やっぱり冒険者に想い入れがあったんだろう。
俺の村を助けた冒険者達と会うことはできなかった。別の依頼を受け、死亡したらしい。冒険者は厳しい職業だ。いや、この世界そのものがとても厳しく、辛いもの。
色んな想いが交差する。今更になって辞めたくない気持ちが出てき始めた。もう覚悟は決めていたはずなのに。
泣きそうになる気持ちを抑え、俺は頭を下げる。
「…………お世話になりました」
感謝を告げ、俺は冒険者寮を後にした。
買ったアパートはくっそデカい。王都の直ぐ側でそれなりに大きな庭がある。塀がきちんと周囲を囲んでいて防犯もしっかり。
そして30世帯は余裕で住めるほど部屋数がある。更には共有スペースも複数あり、そこのキッチンでご飯を作り、皆一緒にご飯を食べることもできる。
なんでも元々冒険者用の寮だったからか色々な部屋があるのだとか。こういう相場は分からないがもっと高いんじゃないかと聞いてみたところ。
『いやいや!! あの!! SSS冒険者であるジャック・スティンガー様に我らの物件を買っていただけるなんて、それだけでも数十億ゴールドの価値がありますよ! これは我々、貴方に助けられた人間達のお礼だと思ってください! ……まあ、流石にタダだと色々言われるので、5000万ゴールド程頂きますがよろしいでしょうか』
なんでいい人なんだ!!!
数十億ゴールドはかかる物件を5000万ゴールドで売ってくれたってことでしょ!!
いやあ、良いことはするもんだなあ。
……まてよ、そうだアパート購入祝いに友人を呼んでパーティするか?
まだお金は……無いな。まあいいや。
取りあえず酒買って友達と飲もう。よしそうしよう。
「というわけなんだよ。親方」
「ああん!? 何がというわけだジャック!」
というわけで数少ない友人である親方ことオヤ・カタさん(45)を半ば誘拐する形で引きずってきた。
「冒険者辞めてアパート買ったんだよ。それでその祝いで酒飲もうと思って」
「ぼ、冒険者を辞めたあ!? お前正気か!? 世界で10人もいないSSS級の冒険者だろうが!」
まあ驚くよね…。でも最近疲れが取れないんだ…。主に腰が痛いし…。
一番の理由はだらけて過ごしたいからだけど。これは言ったら馬鹿みたいに怒られそうだから黙っとこ。
「いやあ…。もう結構な歳でさ。10から無茶しすぎて今35。もう体がだいぶガタきてるんだよ」
「それでもギルドに残って若手育成とか、魔術学園で教師をやるとか、色々道はあるだろ。なんで仕事完全に辞めてアパートなんて買ったんだ?」
くっそ結構痛いところついてくるな…。めんどくさいからですが何か? というほど面の皮が厚いわけじゃないし、一体なんて答えればいい?
「いやぁ…。それも考えたんだけどさ。なんというか闘争そのものから離れたい気分なんだよね」
「……そうか」
お、これは上手く言ったんじゃないか!?
ヘイヘイオヤ・カタ黙ってる! 俺の勝ち!
やっぱりこういうのは本心を話すのが大事なんだよ! いい感じにヤバい部分だけ喋らなかったから完璧だ!
「なんかあったら頼れよ。格安でアパートのメンテナンスしてやる」
「ほんと!? さっすが親方! 今全財産1000ゴールドしかないから助かるよ!」
「……は? ………………は? お前今何つった?」
「今全財産1000ゴールドしかないんだよね。アパート買うのに約5000万ゴールド程使っちゃった」
あ、完全に固まった。ネットワーク悪い時のスマホみたい。
「ばっっっかじゃねえのかおめえ!!!!」
噴火みたいに大騒ぎしながら頭に拳骨を落としてくる。しかし俺の体が硬すぎて、逆に拳骨にダメージを受けていた。
「お前だから……だからあれほど無駄なものにお金を使うなって言ったよなあ!!!」
「しょうがないでしょ! エール買ったらお金が飛んだんだよ!」
手に持ってたエールを親方の顔面に突き出す。しかしなぜか親方は怒り収まらないようで、全力で怒鳴られる。
「そのエールは数百ゴールドで買えるだろうが!! おま……おま…おまえ!! アパート買う前にちゃんと依頼受けてお金貯めておけ! はぁ…はあ…はぁ…。お前の実力だったら一回の依頼で軽く数億は稼げるだろ」
「働きたくな……思いついちゃったからしょうがないね」
「しょうがなくなんてあるか!! お前…これどうするんだ? お金ないだろもう。持ってる魔道具売るのか?」
「それは嫌だ」
「即答してんじゃねえ!」
そんなこんなでアパートに着くまでの間、ずっと怒られていたから途中から話聞かずに頷いていたら、また殴られた。これ訴えたら勝てる気がする。
「ほらほら! そんな事よりついたよ! ここが俺の買ったアパートだ!」
「そんな事じゃ……おいまじか。こんな最高の立地だったのか…。しかもこりゃあ…王都でもそうそうないいい物件だぜ。一目で分かるほどにはな」
「でっっしょ! 買っちゃったよ〜。ささ入って入って!」
フッフッフッ。この王都で有名な物件を幾つも建ててきた親方ですらベタ褒めするレベルのアパート。
笑いが止まらない!! やっぱり俺、運がいいなあ…。
「だが……。この物件どこかで見たような? どこで見たんだったか……」
「ほらほら! 何してるの! さっさと入ってきてよ!」
「あ、ああ」
笑いを抑えることに必死で気づかなかったが、親方はなぜか門の前で止まっていた。俺はそんな親方に大声でこちらに来るように誘う。そして親方が門をくぐり抜けた。
……その時。突然親方が止まった。電池の切れたおもちゃのように、プツリと。
瞳の色が完全に消え、虚ろになる。
「…………親方?」
何かおかしい。俺は咄嗟に親方の下へと駆け寄ろうとした。だが俺が駆け寄るよりも早く、親方は踊りだした。
「オッぺぺ〜! ペッチョンペッチョンパ! ポンポコッポ〜!」
「えっえっえっ!?」
馬鹿みたいな奇声を上げてクルクルと親方は踊る。
そしてパタリと糸が切れたように倒れた。
「親方!? こ、これはまさか……呪い?」
このふざけた現象に見覚えがある。確か昔、とある遺跡の中に入った時呪いを食らって踊り狂った奴がいた。
しかしなんで呪いに…? 親方はこのアパートに入った……だ…け?
「そ、そう言えばこのアパート。とっても安かったよな? い、いや、でも……そんなバカな。俺がSSS冒険者だったから優遇しただけじゃ……。と、取りあえず親方をどうにかしないと!」
ひとまず親方を外へ出す。すると親方は即座に目を覚ました。辺りの様子を見回し、俺を見るとぎろりと睨みつけてくる。怖い。
「おい……。このアパート、呪われてねえか?」
「はっ……ははは。そ、そんなまさか」
これは夢だ…。きっと夢だ。うん。そう。間違いない。
「ひとまずギルドの調査員呼ぶぞ。調べてもらわないとな」
「う、うん! そうだね! そうしよう。きっと気の所為だよ! ただ親方が急に踊りたくなっただけだよ!」
「お前……目ん玉引き千切って食わすぞ」
それから数日の間、ギルドの調査員や国の役人が色々と調査を行った。その間親方の家に泊まって、ビクビクしながら調査結果の報告を待つ。
そしてとうとう今日、役人の一人が最終調査結果の報告を始めた。
「そ…それで、どうでした?」
頼む頼む頼む。俺は親方が壊れちゃったに全財産賭けるぞ! 1000ゴールドしかないけど。
「間違いなく呪いです。このアパートは呪われています」
「あああああああ!!!!!」
ふっざけんな!!!
あの詐欺会社許せねえ!!! あんなクソどもがいるから王都の治安はいつまで経っても悪いんだ!!!
くそっ! 冒険者辞めてなかったら今頃殺しに行ってたぜ!!!
「それで貴方が言っていた不動産会社を調べていましたが、既に王都から姿を消していました。書類関係は全て燃やされていて、貴方が詐欺された証拠がありません」
「…………え? そ、それじゃあ国側からなんか…ない……の? 俺あのアパート所持したまま? 全財産1000ゴールドだよ?」
「セ…セン? いや、国としましてはこういう呪いの物件があるのは色々と言われてしまいますので、対策として宮廷魔道士を派遣して呪いを解呪しております」
よ、良かった〜!!! セーフ!! セーフ!!
これで解呪できたら超お得に物件を買えたことになる! 助かった〜。色々とあったがどうにかなった!
汗を拭いながらホッと笑顔になっていたら、バタバタと慌ただしい音が外から聞こえてくる。そしてドアが勢いよく開かれた。
現れたのは役人の一人。汗でびっしょりになっている。
……何があった?
「た、大変です!! 宮廷魔道士様達が解呪に失敗しました!!!」
「……………………え?」
「なんということだ。そんな強力な呪い。国に解呪するすべがないぞ」
「……………………ちょ」
「ひとまずあのアパートに入らなければ影響がないのが分かりましたので、上層部はこのアパートにこれから一切関与しないそうです」
「………………………は?」
え? え? え? 何々どうなってんの?
何も考えられない。頭の中がワニワニパニック状態になってると、目の前にいた役人さんが頭を下げた。
「申し訳ありません。我々はこれ以上あのアパートに関われなくなってしまいました…。それ以外で何か困った事がありましたら、我々は全力でサポートします。……それでは失礼します。どうにかできず、申し訳ありませんでした」
「…………………………は、はい」
何も……考えられない。
役人さんの話に空返事で答える。呆然して突っ立っていると、近くで困った顔をしていた親方が声をかけてきた。
「ま……まあ、なんだ。酒で奢ってやるよ」
「………………ち」
「ち?」
「ちくしょおおおおおお!!!!!!」
俺は今日、この世界の誰よりも酒を飲んだ。親方は領収書を見て白い目をしていたが、泣き続けた俺を一生懸命慰めてくれた。
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