第9話 マセたお嬢は、クラーケンに向かって行く
「一撃でしとめてやるんだからッ!」
金持ちっぽいガキが、オモチャみたいな短剣を握っていた。
フリフリのドレス。リボン。真っ白な手袋。
となりには執事?
「いけませんお嬢様! ダンジョンは中学生になってからと、旦那様が口酸っぱく言ってらっしゃるではありませんか!」
必死に止めてる。
「馬鹿ね、セバスチャン」
お嬢は小さい手でセバスチャンを押し返し、鼻をすする。
「このわたしにかかれば、モンスターなんて
「
「NSNにドーガを上げて、人気者になるんだから!」
「SNSにございます!」
(……あー、そういう系か)
俺はジト目。
(経緯は知らないが、執事に守られながら十層まで来ちまったんだな。プレゼント渡して機嫌をとって、ダンジョンから連れ戻そうって魂胆か?)
——ったく、最近のガキはマセてやがるぜ。
「ちわーッス、お届け物ッス!」
俺と美月は海岸線を走り、二人の元へ歩み寄った。
——その時、
ざっぷぁぁああああん!!
海面が爆発した。
水柱が立ち上る。
「うわっ!」
俺たちは慌てて後ろに飛び退く。
海水が顔にかかる。しょっぱい。
そして——
ズズズズズ……。
巨大な影が海から立ち上がった。
ビルくらいデカい。いや、もっとか?
タコ型モンスター。クラーケン!
八本の触手。ぬめぬめと光る。吸盤びっしり。一つ一つが人間サイズだ。
タコの頭部は——目玉が三つ。三又の
モンスターの影が、俺たちをすっぽりと包み込んだ。
太陽が遮られて、あたりが暗くなる。
「出たわね!」
鼻息荒く、お嬢が短剣を振る。
ダッシュして敵に向かって行くところ、執事に服を引っ張られ、足踏み状態。
「いけませんお嬢様! ご主人様が待っておられます! 戻りましょう!」
クラーケンは目を光らせると、二人に向かって
ヒュオオオオオ!!
銛が空気を切り裂く。風が唸る。
お嬢と執事の真上。
「きゃぁあー!!」
「あぶない!」
咄嗟に美月が前へ出て、
銛は運動エネルギーを失い、制止してから粉々にはじけ飛ぶ。
氷の破片が砂浜に降り注ぐ。
「あなた方は!?」
セバスチャンがズレた眼鏡を掛け直した。
「わたしはダンジョン配達員。桜庭美月です♪ こっちは同じく配達員の神宮颯クン」
「どーも」
俺は軽く会釈。
「グラサンのオッサンが、お宅のお嬢に誕プレ渡せって、預かって来たんだよ」
コンテナをトントンと叩く。
「見た感じ高校生じゃないか。配達員をしとるのかね。最近の若者は見上げたもんじゃのう」
執事がしみじみと頷いた。
(俺から言わせりゃ、小学生で十階層に潜ろうなんて
俺は皮肉っぽくボヤいとく。
クラーケンは、地響きみたいな声で笑った。
「デュッフッフ! ガキに執事に郵便屋ぁ? 冒険者はいないのか~?! 舐められたものだ。お前たちなど、この海洋の王、クラーケン様がなぶり殺してくれるわ。次はしとめるぞ。震えて命乞いを——」
ドッガァァアアアアン!!
「なっ……カハッ……」
「悪ィ。テメェの話長そうだし、さっさと片付けるわ」
渾身の右ストレート。
バフを
敵の血反吐。
白目を剥く。三つの目玉がぐるんと裏返る。
首を振って、後方へ倒れる。
ズズズズズ……。
そのまま、まるで巨大タンカーが沈むときのように——
ザブゥゥウウウン!!
白波をたてながら、ゆっくりと沈んでいく。
海岸に波が押し寄せる。
俺は銛の先端に着地。
バランスを取る。
(——ちょろいな)
そのまま、水面に浮かんでる頭部へジャンプ。
(とどめっと——)
ブシャァアァア!!
「!?」
真っ黒な液体が俺の顔面に直撃。
視界が奪われる。
「墨かっ!!」
ヌルリ。
何かが俺の足首を掴む。
ギュッと締まる。
「うぉっ!」
次の瞬間、俺の体が宙に浮く。
気づくと、俺は手足を触手に絡め取られて、空中に浮いていた。
「颯クン!」
美月が俺の名を叫ぶ。
(——ったく、こういうイベントが俺に起きたところで、誰得だっつーの!!)
ミシミシ……。
強い触手が俺の筋肉を縛り付ける。
痛い。
マジで痛い。
「グヒュヒュヒュ」
クラーケンが醜く笑った。
水面から頭部が浮かび上がる。
「浅はかだったな、人間。オデをタコ殴りしようと思ったんだろう? タコだけに」
「うまくねーよ」
ジョークに付き合ってる暇はない。
「オデは軟体動物だから、お前の貧弱パンチなんか効かないの。グヒュヒュヒュ」
(笑い方、むかつく)
——ったく、仕方ねぇ。
俺はマイクをオン。
「よう、マジメ。ちょっと頼みたいことがあるんだが」
俺は誠に音声を繋いだ。
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