第18話 いつまでも幸せが続いて欲しい
新しい防具を付けて訓練をするらしく、シアとルカスは店から出て行ってしまった。リリィも付き合うらしいので同行している。
今は勉強よりも友人との交流を楽しむべきだろうと思って許可を出したのだ。
こういった日々を積み重ねていき、いつかは生涯の友になってくれれば親としては嬉しい。
「娘を取られて寂しいんじゃないのか?」
店に残っていたロディックがからかうように言った。
事実だから反論はない。少し前までリリィのことなら何でも知っていたのだが、今は知らない一面というのができてしまっている。親離れが進んでいるのだ。
ずっと側にいて欲しいという気持ちと、独り立ちを祝う気持ちが混ざり合っている。
「そうですね」
「これからもっと、一緒にいる時間は減っていくぞ」
「経験談ですか?」
「まあな。俺の場合は、子育てに関わらなかったからあまり寂しくなかったがな」
とか言っているクセに、遠い目をしている。
一緒にいる時間は少なかっただろうけど、家族のために働いていたんだ。母親とは役割が違っただけで、大切に思っている気持ちは同じだったんだろう。
あまり寂しくなかったと強がっているが、実際は俺と同じかそれ以上の感情を抱えているんじゃないかな。
「強がりですか?」
一瞬だけ驚いた顔をしたあと、ロディックはニヤリと笑った。
「かもしれないな。結婚した時なんて大変だぞ?」
「リリィはまだ先ですよ」
「俺もそう思っていたけど、すぐだった」
脅されてみて、リリィが結婚する時をイメージした。
俺より強い男であることは大前提として、金も持っていなければならない。さらには貴族に逆らえる権力も欲しいな。そうすると冒険者であればAランクの最上位ぐらいじゃないと、話にならない。
それでも許可は出せない。俺の手から離れてしまうのは寂しいを通り越して悲しいからな。
「結婚ってなんであるんですかね……」
「ぐはは! 娘を持つ父親として、気持ちはわかる!」
「ロディックさんも同じことを考えたことあるんですか?」
「あるが、結婚式が終わってしばらくすると娘が幸せになったと思えるようになった。で、孫が生まれると完全に変わる」
そこから孫がいかに素晴らしいのかロディックが語り出した。
子育ては面倒で辛いことも多いのだが、どうやらそういったのをすべて両親に任せて、可愛いところだけを愛でられるのがよい点らしい。
これが農村だったら状況は少し違って、新しい労働力として期待されるので、愛だけじゃなく実務的なところでも歓迎される。
ロディックが孫を働き手として見てないところからも、裕福な家庭らしい考え方だ。
「孫自慢はわかりましたから、そろそろ帰らないと奥さんに怒られますよ?」
「む、そうだな。俺は帰ることにする」
一通り話して満足したようで、あっさりと店から出て行った。
もうすぐ昼の時間だから一緒にご飯を食べるのだろう。
現役時代に時間が取れなかった分、ロディックは妻との関係を大切にしているらしい。未婚の俺にはわからない感覚だが、幸せなんだろう。
時刻は昼過ぎぐらいだ。
お腹も減ってきたので閉店の看板を出すと、二階に上がって台所に立つ。
朝にロディックからもらった新鮮なレタスらしき野菜をもらったので、パンをスライスして干し肉と挟んでサンドウィッチを作る。ちょっと高いが卵を焼いて、スクランブルエッグも入れておこう。
トマトケチャップがあればかけたいんだけど、この世界には存在しないので諦める。砂糖やお酢などの調味料を使うから、素材集めの難易度が高いんだよね。
最終的にサンドウィッチは10個ぐらい作ったので、カゴに入れて外へ出る。
大通りを歩いて冒険者ギルドまで来た。裏側に周り訓練所と呼ばれる広場に入る。
冒険者は10人ぐらいいる。その中にリリィたちの姿が見えた。
ルカスはスモールシールドを使ってリリィの模擬専用の槍を弾きながら、シアが振るう木の棒を回避している。どうやら2対1の模擬戦をしているようだ。
二人のコンビネーションは洗練されていて、反撃する隙はないようだ。防ぐだけで精一杯に見える。このまま続けばルカスは負けてしまうかもしれない。
模擬戦の結果がどうなるのか楽しみになって、近くに転がっている丸太に腰を下ろして眺める。
「たあっ!」
声を出して渾身の突きを出したリリィだったが、ルカスが盾を前に出して受け流すとそのまま体当たりをした。
体格差があってリリィは力負けしてしまい、転がってしまう。
ルカスの背後に回ったシアが木の棒を振り上げた。
これで決まるか!?
そう思ったのだが、影で気づいたのだろう。ルカスは動きが読めていたようだ。横に飛んで回避すると、立ち上がろうとしたリリィにシアの木の棒が近づいてくる。危ない! と思って立ち上がると、竜の尻尾で棒を絡め取っていた。
俺にはなかった発想だ。人間とは違う器官を使って上手く攻撃を止めたのだ。
だが、調子が良かったのはそこまでで、ルカスがシアの首筋に木剣を当てて勝負はついてしまった。
「また負けた~~」
リリィが仰向けになって倒れた。息は乱れているらしく、胸の上下するスピードが速い。
何度も模擬戦をしているようだが、毎回ルカスが勝っているようだ。
立っている二人は近くに置いている水袋に口を付けて喉を潤しているので、休憩に入ったと見ていいだろう。
「おーい! お腹減ってないか~!」
手を振りながら声をかけると三人は気づいてくれた。リリィは立ち上がると駆け寄ってくる。
「パパどうしたの?」
「お腹減ったと思って食事を持ってきたんだ。三人分あるぞ」
「いいんですか?」
遠慮がちに聞いてきたのはシアだ。
俺には慣れてくれたようで、誰の背にも隠れていない。
「リリィがお世話になってるんだ。気にせず食べてくれ」
「だってー! シアちゃん食べよ~」
俺が持っているカゴを奪ったリリィがシア、ルカスと合流してサンドウィッチを食べ始めた。
口に入れると幸せそうな顔をして笑っている。
物足りないサンドウィッチではあるとおもうけど、空腹だったようで美味しそうに食べている。
この光景を見られただけで俺は親として満足だ。
幸せだな。
そう実感した瞬間であった。
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