第8話 リリィのジョブ
今日は店を休みにした。
義娘のリリィの小さく可愛い手を繋ぎながら一緒に大通りを歩いている。
左右に建物が並んでいるが、空き家が多く人の行き来は少ない。閉まっている店も多い。人気があるのは俺の店の近くにある武具屋だろうか。
釘や包丁から両手剣まで幅広く販売していて、残った住民のほとんどが利用している。
赤字を垂れ流している専門店とは大違いだ。
クラリッサの計画している商隊がうまくいけば、俺の経済状況も良くはなると思うんだが……期待しているからな。
「今日はどこに行くの?」
手を繋いでいる義娘が俺を見上げながら言った。
そういえばお出かけする目的を伝えてなかったな。
「リリィのジョブを確認しに行くんだよ」
この世界においてジョブは経験を積むことによって発生する。
例えば剣を振るえば剣士、魔法を学べば魔法師といった感じだ。何もしなければジョブに就くことはできない。
ジョブの確認できる場所はいくつかあるが、今日は鍛冶ギルドを選んだ。
「そうなんだ! 楽しみ~!」
両親が死んだときは悲しみに暮れていたのだが、今は乗り越えたみたいで笑顔を向けてくれている。
俺にとって最大の生きがいだ。
常に明るく、曇るようなことがあってはいけない。
「何のジョブに就いてみたい?」
「私は冒険者になりたいから、戦えるジョブがいいなぁ~」
つい最近までパパの仕事を継ぐと言っていたのに、心変わりをしてしまったようだ。
少なからずショックを受けてしまった。
原因は最近仲良くしている駆け出しの冒険者のシアとルカスだろう。俺が盾を売ってからリリィと仲良くしているので、間違いはないと思う。
親離れか。
これもまた成長である。
あの世へ行った二人に順調に成長しているぞと報告できるから悪いことではないんだが、心のどこかで寂しいと感じてしまった。
リリィと何気ない会話を続けていると鍛冶ギルド前についた。
二階の木造建てだ。中へ入ると受付が5つもあるが、その内の4つは閉まっている。開いている場所には受付の女性――カトリーナがいた。
「ガルドさんいらっしゃい」
暇だったのか、入ったらすぐに挨拶をしてくれた。
俺は受付にまで移動すると、テーブルカウンターに肘を置いて寄りかかる。
「やぁ、今日は娘にジョブ鑑定石を使いたいんだけど空いているかな?」
「もちろんです。お持ちしますね」
後ろに保管してあったみたいで、テーブルカウンターに水晶石みたいなのが置かれた。
人が触れるとジョブ名が浮かび上がり、選択すると意識するだけで選べる仕組みだ。これもアーティファクトの一種なのだが、遺跡からしょっちゅう出土するため世界中にある。
ちなみに武具ではないため、俺だと再現不可能だ。
背が届かないリリィを持ち上げると、ジョブ鑑定石に触れてもらう。
「えーっと、学生とランサーの文字が浮かんでいますね」
家で勉強をさせていたので学生というジョブが発生しているのはわかる。勉強効率が高くなって、より多くのことが学べる。子供にとっては最適なジョブだ。
一方のランサーは冒険者が就くようなジョブで、槍や乗馬の扱いが上手くなる。また熟練度を上げればスキルも覚えていくから今から練習すれば、上位冒険者になるのも夢じゃないだろう。
「どうしてランサーのジョブが?」
「シアちゃんとルカスくんと一緒に練習をしたからかな? 私、ランサーになりたい!」
「ランサーなんて冒険者稼業でしか役に立たない。学生のジョブなら効率よく勉強できるから、将来の選択肢は増えるぞ」
危険なことをして欲しくないため、学生のジョブを進めてみたが、リリィは納得してないようだ。
「冒険者になればお金が稼げるでしょ? お客さんの来ないパパのお店も楽になるよ?」
「俺のことを心配して冒険者になろうとしてくれたのか……」
そういえば前にお客さんがいないことを指摘していたな。
資金難じゃないかって余計な心配をさせてしまったようである。
本当はリリィが成人するまでのお金はあるんだけど、教えてないからな。これは俺の伝達不足だった。
「お金はあるから大丈夫だよ」
「え~、パパって私が気にしないようにって無理するから信じられない~」
「本当にお金は大丈夫なんだよ。それに危険なことはして欲しくないんだ」
「う~ん。でもパパ、街にいても安全とは限らないでしょ?」
正論だ。日本とは違って街中で暴漢に襲われる可能性は非常に高い。それだけじゃなく、魔物や肉食動物が襲ってくることだってあるのだ。リリィにも自衛する手段はあった方が良いのは間違いなかった。
「シアちゃんとルカスくんと一緒に訓練したいんだ~。いいでしょ?」
「…………はぁ、仕方がないな」
ため息を吐いて諦めると、カトリーナが小さく笑った。
「防具しか作らない頑固なガルドさんも娘さんには弱いんですね」
「男親はそんなもんだろ?」
「そうですねぇ。確かに父も私にだけは甘かった気がします」
ほら。俺だけじゃない。この世にいる男親は全員、娘には甘くて弱いのだ。
「ランサーのジョブになったよ~」
俺が話している間にジョブを選択したようだ。
リリィを下ろして手を離す。
「帰りに練習用の武器を買いに行こうか」
「パパは作ってくれないの?」
「武器は専門外だからね」
義娘のお願いでもこれだけは譲れない。
俺は二度と武器を作らないと決めているのだ。
「その代わり今度、鎧は作ってあげるよ」
「やった~!」
飛び跳ねて喜んでくれている。
本心から思ってくれているみたいで、俺までも嬉しくなってきた。
「娘さんがいなかったらアタックしてたんだけどなぁ~」
「ん? 何か言いました?」
「なんでもありません」
カトリーナのつぶやきは聞き取れなかったんだけど、リリィは違っていたようだ。俺の足を掴んで彼女を睨んでいる。
怒っているというよりも、警戒心が高いという表現がピッタリだ。
どんなことを言っていたんだろう。
「私のですから」
「あらあら、かわいいこと」
「カトリーナさん?」
本能がこれ以上、会話をさせたらダメだと言ってきたので、見つめ合っている二人の間に割って入った。
少しだけ空気は柔らかくなった気がする。
「パパ、終わったからもう行こう」
「そうだな」
別れの挨拶をするためカトリーナさんを見る。
「今日はありがとうございました」
「ガルドさんならいつでも歓迎ですよ」
「そう言ってもらえると嬉しい、かな。また来るね」
いつもより熱っぽい視線を受けながら、俺はリリィに手を引っ張られて鍛冶ギルドを出て行く。
帰り道に練習用の木製の槍を買って、家に戻ったのだった。
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