第3話前半: 朝一番の地獄、そして静かに始まる逆襲

翌朝。

出社した瞬間、フロアの空気がやけに重い。


(……絶対ろくなこと起きてないな。はぁ……朝から内心ため息しか出ない。)


デスクへ向かう途中、総務の子が半泣きで駆けてくる。


「あ、あげはさん……これ、篠崎さんの件で……!」


差し出された書類を見た瞬間、眉がピクリと跳ねた。


(うわ。事故現場の図か?……もう嫌な予感しかしない。)


背後から落ちる、低くて重い声。


「行くぞ、城井。」


振り返ると、柿崎が胃薬と分厚い書類を抱えて立っていた。


あげはは一歩も動かず、じとっと部長を見上げる。


「……行きたくないんですけど?」


柿崎の眉がぴくりと動く。

だがあげはは構わず続けた。


「部長。私、“内勤事務”って分かってます?」

「火消しと尻拭いは“担・当・外”なんですけど?」


部長の顔が一瞬だけ硬直する。

焦りの気配が見えて、あげははさらに追撃。


「そもそもこれ、篠崎さんが“勝手に”やらかした案件ですよね?」

「本人が行かないのに、なんで“部外者”の私が巻き込まれてるんでしょうか?」


言われた柿崎の胃が、ぎゅっと掴まれるよう錯覚。


「……それは……だな……」

正論過ぎて返す言葉に詰まる。


「連れていくなら、それなりの“対価”があっても良くないですか?」


表情は柔らかいが、目だけがまったく笑っていない。

柿崎は思わず視線をそらす。


「あ、あのな……城井……」


「行きませんよ? 行きたくないです。」


ばっさり言い切る。


部長の顔に“本気で困った”色が浮かんだ。


(……部長。私は事務職。これ、自覚して?)


沈黙が落ちる。


あげはが静かに口を開いた。


「……せめて、理由くらい聞かせてもらっていいですか?」


柿崎は、しぶしぶ口を開く。


「……そ、それは……お前が……一番、話が通るからだよ。」


「………………。」


「……お前が行けば……先方が荒れねぇんだよ。」


あげはは深いため息を吐いた。


「それ、誉め言葉ですか? 労働搾取ですか?」


「……どっちもだ。」


「最悪ですね、部長。」


あげはは肩を落としながら、しぶしぶ歩き出す。

だが、一歩踏み出したところでふいに振り返った。


「……部長。」


「ん?」


「この貸し——大きいですよ?」


ふわりと、不敵な笑み。

口角だけが静かに上がり、目はまったく笑っていない。


柿崎の喉がごくりと鳴った。

「……それは……覚えとく。」


「しっかり覚えておいてくださいね?」


言い捨てて、あげははヒールを鳴らして歩き出した。


(対価は……しっかり回収する。)

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💬 【作者コメント】

今話も読んでいただきありがとうございます。


今回は「朝一番の地獄」からスタートする、社畜編の本格導入パートでした。


城井(あげは)の本音や反発心、

それでも向き合わざるを得ない現実を、丁寧に描いています。


次話からは、いよいよ“仕事モード全開”のあげはが動き出します。

お楽しみいただければ幸いです。


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