社畜上等! 城井あげはの逆襲 - 序章 -
@AgehaS
第1話
月曜の21時過ぎ。
静まり返ったオフィスに、あげはのキーボードを叩く乾いた音だけが響いていた。
また――篠崎だ。
誤納期、二重発注、書類不備。
そのどれもが、なぜか“最短ルート”であげはの机に積まれてくる。
(……はぁ。今日だけで三件って、どういう才能?)
ため息を飲み込みながら、黙々と尻拭いを続ける。
メール文を読み返せば、客先の苛立ちと、篠崎の“読んでない返信”が透けて見える。
指先は淡々としているのに、内側では静かな怒りがじわりと膨張していた。
証拠フォルダは今日も増える。
あげはの“静かな逆襲”の準備は、誰にも気づかれないまま進む。
その時、背後から足音。
「……また残ってたのか、城井。」
柿崎部長だ。
振り返ると、腕を組んだ部長が眉をひそめて立っていた。
「部長が篠崎担当にしたからですよ」
「ん……怒ってるのか?」
「怒ってないですよ」
「いやいや、なんかここ、空気がピリついてるぞ。……俺の気のせいか?」
部長の雑な言い方に、思わず口の端が上がる。
こういう温度だけは嫌いじゃない。
「で、部長は黙認してたんですか? 篠崎さんのミス」
「……まぁ、あいつは昔からだな。」
「黙認するメリット、私にも教えてください」
「……城井さ、その言い方、人の心を刺してるぞ。
部長って立場上、色々あるんだよ。……まぁ、“わかってくれ”って言いたいわけじゃないけどな?」
二人の会話は課内で“夫婦漫才”と呼ばれている。
会社の女性には絶対手を出さない主義の柿崎にしては、
あげはへの距離が近すぎるらしい。
部長は書類を一瞥し、深くため息をついた。
「……これ、一人で処理するのか?」
「一人でやらされてるんです」
刺すような丁寧語。
部長がわずかに目をそらす。
(……仕事は尊敬してるけど、恋愛は絶対ムリだな、この人)
そう思った時――
会議室の前を通りかかる細い影。
鋭い視線が、あげはを一瞬で射抜いた。
白羽 賭(しろばね かける)。
スーツ姿で資料を片手に、
一瞬だけ、あげはの表情の“裏”を読む。
「……また尻拭いか。お前、好きだよな、そういうの」
相変わらず口が悪い。
だが、その声色にはほんのわずかに“察し”が混じる。
あげはは薄く笑い、気づかないふりをする。
「業務ですから」
「へぇ……そういう顔は初めて見るな」
(……読まれた。)
部長でさえ気づかなかった“静かな怒り”を、
白羽は視線の揺れだけで当ててくる。
なのに――
「で? 何にキレてんだよ」
「部長のことは分かるのに、これは分からないんですか?」
「……は?」
あげはは軽く会釈し、そのまま通り過ぎた。
白羽の視線が背中に刺さるのが分かる。
――あげはは、白羽 賭には勝てない。
その事実だけが胸の奥に静かに沈んだ。
***
仕事を終えて外に出た瞬間。
「何だ、意外と遅かったな?」
街灯の下、白羽が壁にもたれて待っていた。
その姿は“偶然”には見えない。
初めから“ここであげはが出てくる時間”を読んでいたような余裕があった。
「……なんでいるんですか」
「お前が潰れてたら面倒だろ」
そう言って、一拍だけ間を置く。
白羽は薄く笑い、顎で前を示した。
「ふっ、まぁいいから歩けよ。」
命令ではない。
でも逆らう余地なんて最初から存在しない、そんな声音。
相変わらず――
この人だけはつかみにくい。
そのくせ、こっちの内側は全部読まれてる。
そのアンバランスが、いつもあげはの心を揺らす。
歩き始めようとしたとき――
「城井」
「はい?」
「……声が揺れてんぞ。怒ってんだろ」
(……なんで、これだけで気づいてわかるかなぁ。
ホント、細かいところまで見てるのよね……)
「怒ってません」
「……へぇ」
白羽はそこで、わざと一拍置いた。
その沈黙が、言葉より重く胸に落ちる。
その一瞬の心の揺れを、
まるで拾い上げるみたいに、白羽が口を開いた。
「嘘だな。……くくっ、俺に嘘つくの、まだヘタだな。」
白羽はくすりと笑い、前を向いた。
やっぱりこの人には勝てない。
***
深夜。
自宅で証拠フォルダを整理しながら、あげはは小さく呟く。
「……次、考えるか」
篠崎のミスは止まらない。
部長の黙認も許せない。
そして――白羽の視線が、心の奥を揺らす。
あげはは静かに画面を閉じた。
嵐の前の静けさみたいな夜だ。
逆襲は、もう静かに動き出している。
---
💬 【作者コメント】
第1話を読んでくださりありがとうございます。
この作品は、社畜の日常に埋もれながらも、恋も仕事も“負けたくない”あげはの逆襲が静かに始まる物語です。
まだ序章ですが、ここから先は——
人間関係の火種、仕事の地獄、そして予想外の恋の揺らぎが、少しずつ彼女の世界を動かしていきます。
どうぞ、あげはの“社畜×恋愛×逆襲”を楽しんでいただけたら嬉しいです。
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