第19話 ポジティブ


二章 図書館 編



 空はすでに薄暗く、星が遠くに見えていた。庭は暗くなり、キッチンの明かりが窓を通して、四角くルイカを照らしている。開け放たれたドアから出ると、クロトは心配そうにしゃがみこんだ。


「いい加減、中に入ってくれないか・・・風邪をひくよ」


 ルイカは卵を抱えて俯いたまま、もう二時間以上動いていなかった。いくらクロトが話しかけても、抜け殻のようである。


「ねぇ、ルイカ・・・無理やりにでも部屋に入れるよ?」


 クロトはルイカの肩を抱いて、ヒザ裏に手を回して軽々と持ち上げた。キッチンに入ると、テーブルの上に座らせる。ホウキを椅子に立て掛けてドアを閉めると、ルイカが久しぶりに呟いた。


「卵には・・・四種類あるって言ったでしょう?」

「ああ。憶えてるよ」


「毎年恒例なの。マンドラゴラリスの種の卵と、双頭・もしくは三つ足カラスの卵。カーバンクルの卵。サラマントイっていう小人の卵・・・カラスは二種類いるから、正確には五種類かも・・・とにかくそのいずれかが、生徒に配られるの」


「それで生徒は何の卵か調べ、観察して、孵るまで見届ける?」


「そう。そして四年の最後に、契約を結ぶ授業があるの。卵の時は色々と不便だから、勝手に契約してはいけないの」


「それで・・・・・・ごめんね」


 ルイカはかぶりを振った。


「あなのせいじゃないわ。全て私の責任よ・・・」


 二人は再び沈黙し、気まずい空気が流れた。


「ああ。お茶でも入れようか?それともお腹すいた?何か―」


 ルイカは再びかぶりを振った。


「お気遣いありがとう・・・でも、何か食べる気分じゃないわ」


 クロトは頬をかき、数秒考えた。


「知り合いの家に、今から連絡する?」


「それも無理よ。連絡手段がないし、卵はあなたから離れられないし、卵を置いて行くこともできない。あなたと卵を乗せて、この暗い中を飛ぶこともできないわ・・・」


「そうか・・・」

 クロトは溜息を吐いた。

「なら、今夜は泊まるしかないね。ちょうどベスの部屋があるし・・・」

 クロトはキッチンとリビングの間にある、風呂場や洗面台がある場所へと向った。

「ちょっと待ってて。今シーツ取って来るから。枕もあるし。今夜はもうゆっくりと休んで、細かなことは明日―」


「今夜だけじゃすまないのよ」


 妙に強張ったルイカの声に、クロトは振り返った。


「卵の孵化まで、長期外出ができるって言ったでしょう?さっき挙げた卵のうち、一番孵化までの時間が長いのがカーバンクルとサラマントイの卵よ。私の担当する卵は、そのどちらかである可能性が高いわ」


「孵化までの時間って―・・・どのくらいかかるの?」


「半年」

「はんっ・・・えっ?」

「最低半年、最長八ヶ月」

「そんなにっ?・・・えっ、じゃあ・・・」


「あなたと卵は、その期間離れられない。もちろん私もね」


 クロトは目を見開き、瞬いている。


「でも安心して。孵化したあとなら、二重契約ができるのを思い出したの。生まれてすぐに、私が契約をするわ。そうすれば私が引き取って、あなたはその先の責任を負わなくてもすむ」


「待って。じゃ、じゃあ、それまでの期間は・・・」


「申し訳ないけど、協力してもらうしかないわ。何も知らず、偶然が重なった結果ではあるけれど・・・あなたはもう、戻れない所まで関わってしまったわ・・・」


「半年間、住むの?君と?僕が?一緒に?」


「そう。そして卵も・・・でも、何とか契約が解けないか調べてみるわ。明日知り合いの家に行って、相談してみるから・・・」


 驚愕したまま固まっているクロトは、突然頭を抱えて俯いた。


「なんてことだ・・・」


 ルイカは目を伏せ、スカートを握り締めた。


「ごめんなさい・・・」

「どうして謝る?」

「だって・・・」

「こんなに楽しそうなこと、断る筈がないだろう」


「・・・え?」

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