第17話 血の契約


 ルイカはフードをかぶりながら、「イスカケム」と唱える。

 ホウキに跨ると、その細い体はじょじょに上昇して行った。

 クロトはそれを見上げながら、思わずルイカを呼び止めた。

 ルイカが振り返ると、クロトはためらいがちに言った。


「もう一度、幻想画を描いてみようかと思う・・・」


 二・三度瞬いたルイカは、にっこりと笑った。


「ええ。近いうちお会いできると思うから、楽しみにしてるわ。知り合いに相談して、あなたをどうするか報告に来るわ」


 クロトは茶色の目を細めた。


「最悪は、額をズドン?」


 ルイカも目を細めた。


「大丈夫よ。私がフォローするから。コリンシリーズの四巻が別の挿絵になってたら、コリンが悲しむもの」


「それは良かった。コリンに感謝しなきゃ」

「ふふ。そうね」


 ルイカは屋根の高さから手を振りながら、さらに上昇。


「クロトさん。首都ってどっちの方向だったかしら?」

「首都って、ミカゼナのこと?それなら今向いてる方だよ」

「ありがとう。じゃあ」


 ルイカはクロトに背を向け、さらに上昇しながら発進した。斜め上を向いた状態でスピードを上げると、ルイカは突然目に見えない壁に衝突したように空間に弾かれ、高い悲鳴を上げながら何度も空中で回転した。


「ルイカっ?」


 見上げていたクロトは思わず叫ぶ。


 何とか体勢を立て直すと、ルイカは「大丈夫。時々卵が暴れるだけだから」と言って、再び手を振って空へと上がった。


 しかし先程と同じ所に差し掛かると、またしてもホウキはおかしな方向に回転し、下の方に引っ張られた。一瞬、ルイカがぶつかった藍色の空気中に、波紋が現われた。


 ルイカは鞄を片手で抱えて支え、三度、戻る。


 やっと大人しくなったかと思いきや、卵は今まで以上に暴れ出し、ルイカの手の中から逃げ出すように、鞄ごと地面の方に向って落ちようとした。鞄に勢いよく引っ張られたルイカは、片手を放していたためにバランスを崩し、ホウキから落ちそうになった。


 慌てふためいているクロトなど目に入らず、咄嗟に卵入りの鞄を抱え、もう片方でホウキを掴んで宙吊りになる。さらに降りようとする卵の意思を悟り、ルイカはゆっくりと庭へ戻った。


「どうしたんだっ?」

「分からない・・・こんな動きするなんて・・・異常よ」


「異常って?」

「普通じゃない、ってこと」


「そりゃそうだ・・・いや、違う。普通じゃないって、どこが?」


 地面に足をつけたルイカは、その場にしゃがんで鞄を探り、卵を取り出した。赤ん坊を抱くように持つと、険しい顔で表面に耳を当てる。次に少し振ってみたり、頬につけて温かさを確認した。


「どうしてかしら?特に異常がある風ではないのに・・・高いところから落としてしまったから、高所恐怖症になったとか?」


「そんなことってあるの?」


 隣にしゃがんだクロトを見て、ルイカは難しそうな顔で言う。


「いいえ。ある筈ないわ・・・でも、それ以外に―」


 ルイカは卵を回しながら、表面の様子を見ていた。少しざらついた感触の卵には、土を払った跡が残っている。そのせいで気づかなかったが、卵には赤茶色の線が四本あった。ルイカは眉間を寄せながら、その線をコートの袖で払った。

 しかしいくら拭いても、その線は消えない。ルイカはだんだんと目を見開き、口を開いてゆく。線の周りだけが白くなってゆくのを見て、ふとクロトへと振り向いた。


「クロトさん、あなた・・・・・・知ってて試したの?」

「え?」


 クロトは困惑する。


「ケガ。血の付いた指で、四本の線を書くっ。『血の契約』よっ」

「えっ何・・・血?」


「お祖母さまから聞いたとか、そういうことではないの?」


 パニック寸前の青白い顔をしたルイカを見て、クロトは必死にかぶりを振った。


「なら、どうして・・・っ」

「ルイカ?どうしたんだ?」


「血の契約よ。『一定の条件によって、甲と乙が主従の関係を結ぶこと。主に、異空間からの召喚・または動植物との契約を言い、また利害を一致した両者が、血の印によって手を組むことを言う。これによる契約は、召喚しているいないに関わらず、一部の例外を除いて、どちらかが死ぬまで続くものである。よって召喚者・捕獲者・および育児者は、契約するものの性質を深く理解し、吟味した上での発動が必要である』・・・」


 ルイカは言い終わると、そのままへたり込んで動かなくなった。


 クロトはしばし待ってみて、ルイカの顔を覗きこんだ。


「ごめん。僕にも分かるように説明してくれないか」

「卵は契約されて、あなたのものになってしまったのよ」

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