第12話  幻想画


 ルイカは数秒沈黙し、絵の列に視線を流した。


「他のを見ても?」

「どうぞ」


 ルイカは次の最後尾となる、絵を見た。斜めになった表には、腰の曲がった老婆がリンゴの入ったカゴを持っている。フードからわし鼻が出ているので、彼のイメージする『魔女』であることが分かった。森の中の水辺に立ち、水面を覗いている。歪んだ水面に映っているのは、どうやら若い娘のようだった。


「君はこういう風に、変身できたりする?」

「いいえ。たしかに薬や何かで骨格変化や色素変化ができるけど、今の私ではここまで激変できないわ・・・それに魔女だからって、わし鼻だけじゃなくってよ」


 クロトは苦笑し、「そのようだね」と答えた。

 ルイカの鼻はわし鼻とは程遠い、どちらかと言えば小ぶりなものだからだ。


 次の絵は『滝を流す塔』、『雲の上の城』、『水上の聖堂』。


「これは全部、夢でみた光景」

「これを・・・夢で見るの?」


「そう。翌朝は少し、目覚めがいい」


 ルイカは静かに絵を見つめ、ふと笑った。


「とってもキレイ。すごいわ」

「ああ。とっても。誰かを連れて行きたいぐらいにキレイなんだ」


 クロトの微笑む顔を見て、ルイカは微笑してかぶりを振った。

 クロトは首を傾げる。


「いいえ。何でもないわ」


***


 荒れた海の中に、尖った飛び石がある。そちらに向って折れた板が漂流していて、波打ち際に溜まっている。飛び石にはスーツを着た農夫が立っていて、海の中で手を伸ばしている女達を覗きこんでいた。

 女達はどうやら裸で、上半身が隠れるように巧みに配置されている。海の中に入っている三人の女は、口々に歌いながら、男を海の中に誘い込んでいるようだった。


「・・・セイレーン?」


 クロトはスーツの男を指差した。年齢不詳の男は、フォークのような形の熊手を後ろ手に持っている。いや。熊手じゃない。〝三股の矛だ〟。ならばこの男は、『海の王』なのだろうか?


 よくよく腰の辺りを見てみれば、歪んだ海面に薄赤い色がある。肌の赤みが映っているようにも見えたが、それが鱗に見えなくもない。この女達が人魚だとすれば、男を海の中へ誘っているのではなく、荒れた海の中から男に助けを求めているようにも見えた。

 そうなると、男は惑わされているのではなく、女達を助けようか吟味しているようにも見えた。罰を下し、それを傍観しているようにも見える。


「ネプチューン・・・と、人魚?」

「自分でもよく分からないんだよ。でも、セイレーンと人魚を同一視する所もあるらしいから・・・描いた後で知ったんだけどね」


「宗教画に興味が?」

「うぅん・・・どうなんだろ。祖母は魔法使いの話と同時に、神話もよく話してくれたから、その影響じゃないかな?」


「何か宗教をお持ち?」

「小さい頃は、母親がカトリール系信者だったから教会に行ったりもしたけど、祖母に引き取られてからは特別に持ってないよ。祖母は有神論者だったけど、無宗教だったから」


「あなたもそうなの?」

「さぁ?どうなんだろう・・・」


「自分のことなのに分からないの?」

「自分のことだから分からないんじゃないのかな・・・」


 なるほど、と思ってルイカは頷いた。


「全くそうだわ」

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