第34話 冬の暮らし

 朝。

 外は真っ白。諒の体にクリーム色の垂れ耳と尻尾、浅い青い目が出現した瞬間、りうはもう玄関で跳ねている。

「ゆきーーー!!いってくるーーー!!」

 諒の口から出ているのに、諒の意志じゃない元気ボイス。まともに止める暇もない。

 ドアを開けた瞬間——。

 ぼふっ。

 諒の身体でりうはそのまま雪の中に沈んだ。

「はしゃぎすぎなんだよ…!」

 諒の意識は奥で叫びつつ、りうは尻尾だけぴこんぴこん振りながら、

「たのしい〜〜!!」

 と雪に埋まってテンション爆上げ。

 雪だるまに突撃したり、自分の足跡を追いかけまわしたり、挙げ句の果てに屋根から落ちてきた雪に埋まり、

「うわーん!りょう!どうしよー!」

 と泣きながら自力で脱出。

 諒(意識)は内心「学ばない…」と呆れたが、まあ元気なのでよしとする。

 帰ってくる頃には諒の身体はびしょ濡れで震えていて、ようやくりうが満足して引っ込んだ。


 りうがぱたりと消えるように引っ込み、

 次の瞬間、諒の耳は黒い三角の猫耳、尻尾は長い黒尾に変わる。

 怜ヶ「……寒いぃぃぃぃ!!!!!」

 諒「うん、知ってた…!」

 怜ヶは全身を抱えて震え上がり、そのまま秒でこたつへ走る。地響きレベルの速度。こたつに潜り込み、顔だけ出して文句が止まらない。

 怜ヶ「なんであの犬、あんな気温で生きていけるのぉぉ!?僕の体でもあるのにぃぃ!?死ぬってぇぇ!」

 諒「いや俺もつらいんだけど…?」

 怜ヶは湯呑みに口をつけながら

「犬は脳みそふわふわでいいよねぇ〜その点僕は繊細でさ〜?…」

 と永遠にぼやき、尻尾をばたばたさせる。

 でも、雪の音が静かになった頃にはこたつの中で丸まって寝落ちしている。こっちはこっちで可愛い。  


 夜。

 諒が「今日は疲れた…」と晩酌を始めようとしたら、ぐらり、と目の色が銀に変わる。

 狐が出た。

 狐「……人の体で、酒を飲むとは無作法ではないか?」

 諒(意識)「あ、出た…!いや俺の体だろ!?」

 狐はひょいっと徳利を取り上げ、何事もなかったかのように飲み始めた。

 狐「ふむ、この温もり……冬の味よ。」

 諒(意識)「いや返してよ!?俺の晩酌…!」

 狐「お主は内側で休んでおれ。」

 そのままこたつに入り込み、こたつの温もり+酒で一気に眠気が。

 狐「……ふ……む……暖か……」

 ぽすん、と音がし、諒の体がそのままこたつで寝落ちした。

 諒(意識)「いや寝るんかい!せめて布団いけよ…!俺も落ちちゃうって…」


 翌日、狐は一転して忙しい。

 屋敷の結界を張り直すために、諒の体を使って延々と外に出る。

 狐「この冬は霊気が乱れておる…諒、じっとしておれ。」

 諒(意識)「いや動いてるの狐なんだけど…!」

 狐は雪の上を歩きながら印を結び、時折諒の口を借りて古語を唱える。

 諒(意識)「疲れた…!」

 狐「主のためであろう? ならば耐えよ」

 諒(意識)「蜘蛛さんのだよね!?俺じゃなく!?」

 狐「……同じようなものだろう。」

 諒「……」

 その言葉にほんの少しだけ照れて、諒は黙った。

 狐が引っ込んだあと、諒の体は疲れ切っていて、玄関で座り込んで動けなくなる。

 それでも諒は思う。

「蜘蛛さんのためだし…いいよ。頑張る。」


 この珍妙な生活のなか、どの人格(3匹)が表でも蜘蛛丸の布団へ行くことだけは欠かさなかった。

 寒い部屋で丸まる冬眠蜘蛛丸。顔は布団から出てない。出てるのは黒髪だけ。


 りうは尻尾ふりながら近づく。

「くもさーーん!!おきてーー!朝だよー!」


 怜ヶは布団をつつきつつ文句。

「寝すぎじゃない…?ねぇ、寝すぎでしょも〜…」


 狐は真剣に呼吸を確かめる。

「……安定しておる。よかった。」


 諒の人格の中で誰が出ても、なんだかんだみんな蜘蛛丸が好きなのだ。


 夜。

 皆が引っ込み、諒が静かに布団のそばに座る。

「……蜘蛛さん」

 布団の端を持ち上げると、蜘蛛丸は眠りながら、小さく丸くなっている。

 諒はそっとその黒髪を撫でた。外はしんしんと雪が降っている。蜘蛛丸は動かない。紫の六つ目も閉じたまま。でも諒にはわかっている。

「待ってて」と言った蜘蛛丸が、必ず目を覚ますということ。

 諒「大丈夫。俺、みんなでちゃんと待ってるから。」

 そう言って、諒は蜘蛛丸の丸まった背中に布団をかけ直した。


 静かな静かな冬の夜だった。

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