〈第三話 真っ直ぐだからこそ〉

その後も私とサウルは、

出会えば戦い合う日々を繰り返していた。

三度目の交戦で、ようやく彼の名前を知った。

――サウル・ヴァルハート。

どんなに言葉で揺らがせても意志を曲げない。

どこまでも真っ直ぐで、眩しいほどの男。

私は、いつになっても彼を上回ることができなかった。


戦うたびに私が強くなれば、

その分だけ彼も強くなる。

そしていつも最後に言うのは、決まってひとこと。


『待て!』


その声を聞くたびに、

胸の奥が締めつけられるようだった。


「……待つわけないじゃないの。

あなたに殺されてしまうから……」


何をしても勝てない。そんな戦いに意味はない。

そう思いながらも、私は今日も杖を握る。


「私が行かないと……

多くの魔法使いが殺されてしまうもの……」


そう自分に言い聞かせるように。



灰色の空。

雨の気配がする湿った風が吹きつける荒地。

戦場に出れば、すぐに最前線で戦っているサウルを見つけるのが日常。


「…今日も来ると思っていたぞ、魔女エルミナ」


「もっと普通に呼んでくれないのかしら?

それじゃ私が根っからの悪みたいじゃない」


「だが事実だろう?」


刃が光を受けて煌めく。

その瞬間、私は杖を掲げた。


「はぁ……いいわよ。今日も踊りましょう。

あなたのその真面目な顔……見飽きるまで!

『インフェルニア(地面の複数個所から火柱を上げる魔法)』!!」


荒地から立ち上る火柱がサウルに迫り、

行く手を遮る。


「その魔法、見切った…!」


彼はそのまま火柱と火柱の隙間を迷う事なく突っ切り、次の瞬間には目の前にいた。


「ふふっ…そっちから来てくれて感謝するわ♪ 『クリオ・フロスト(指定した範囲内に強力な冷気を放つ魔法)』!!」


杖を振り、

サウルの足元に水色の魔法陣を展開させる。

しかし彼はまるで先読みしていたかのように横へ跳び、冷気は虚空を凍らせるだけ。


「なっ、速…っ!?」


次の瞬間、剣が視界を裂いた。

咄嗟に転移で逃れたけど、

私の白銀の髪先が一筋、宙を舞った。


追撃が来る。そう思って杖を構えた。しかし――


「くっ…!」


サウルは何かに気づいたように息を呑み、

私を見ずに駆け出した。

その先には、

ある魔法使いにトドメを刺されかけている騎士が。


「…っ! ちょっと、待ちなさいよ!」


私は瞬時に転移してサウルと魔導師の間に割り込み、杖を突き出してバリアを張った。

彼の剣がバリアにぶつかり、

火花を散らして止まる。

魔導師はその隙に逃げ、

騎士も命からがら退いていった。


私とサウルの間に、静寂が落ちる。


「あなたの相手は私だけじゃないの?」


思わずこぼした言葉に、彼は答えない。

ただ、再び私に向かって剣を構え直す。

その真剣な仕草がとても逞しく見えた。


――守るための剣。


初めて出会った日の彼の言葉が、

頭の奥で反響する。

守るために、誰かを壊す。

それでも彼は、信じてるのだ。

その誰かを守る時は、本気で守れると。


「……ねぇ、

どうしてそんなに真っ直ぐでいられるの?」


私の問いに、サウルは一瞬だけ目を細めた。


「それしか知らないからだ」


その答えは、

あまりにも単純で、あまりにも強かった。

私の中の何かが、少しずつ崩れていく。


光と闇、正義と罪、そんなもの、誰が決めたの?



激しい衝突の末、

私はついに魔力切れを起こして膝をついた。

杖を支えにしようとしたけれど、腕が震える。

ここまで限界になるほど魔力を使い果たしたのは初めてだった。


サウルは剣を構えたまま、

しかし一歩も近づかない。


「っ……どうして……殺すなら殺しなさいよ……?

トドメは、刺さないの……?」


「……今は殺す理由がない」


その一言に、息が詰まる。


「……あなたって、本当にずるい人ね……」


胸に手を当てる。痛い。熱い。

魔力切れのせいじゃない。

私は今、敵を――彼を、美しいと思ってしまった。


風が吹く。

焦げた匂いの中で、サウルは剣を収めた。


「……今日のところはここまでだ。じゃあな」


そう言って背を向けて駆け出す。

その背中に、

私は思わず手を伸ばしかけてしまった。

届くはずもないというのに。


回復したわずかな魔力で転移魔法を準備し、

風に紛れて呟く。


「(どうして……あなたを、憎めないの……?)

サウル・ヴァルハート……私はどこか、

あなたを知りたいと思っているのかもしれないわ……」

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