「君は用済みだ」と追放された荷物持ち、実は神スキル【亜空間収納】の持ち主でした。もふもふ銀狼と辺境でのんびり暮らします
藤宮かすみ
第1話『無能の烙印と最後の荷物』
「アルク、君は今日でクビだ」
冷たく、そしてどこか見下すような声が、薄暗い洞窟に響き渡った。
声の主は勇者カイ。人類の希望と謳われる彼は、松明の光に照らされた端正な顔を不快そうに歪め、俺を見下ろしている。
「は……?」
俺は彼の言葉の意味を瞬時に理解できず、間抜けな声を出した。クビ? 何を言っているんだ、この男は。
「聞こえなかったのか? お前はもう用済みだと言ったんだ。このパーティーから出ていけ」
追い打ちをかけるように、カイは腰に下げた聖剣の柄を親指で弾いた。カチャリ、という無機質な音が俺の心臓を冷たく締め付ける。
俺の名前はアルク。孤児院育ちのしがない冒険者だ。戦闘能力は皆無だが、アイテムを大量に持ち運べる【収納】スキルを買われ、勇者パーティーの荷物持ちとして旅に同行してきた。
「どうして、ですか……? 俺、何かまずいことでも……」
「自覚がないのか? 君のスキルは【収納】。ただそれだけだ。魔物一匹倒せず、ただ俺たちの後ろをついてきて、経験値と報酬だけをかすめ取っていく。はっきり言おう、君は寄生虫だ」
寄生虫。その言葉は鋭い刃となって、俺の胸に突き刺さった。
確かに俺は戦えない。剣も魔法も使えない。だが、このパーティーのために誰よりも懸命に働いてきた自負はあった。
朝は誰よりも早く起きて朝食の準備をし、夜は皆が寝静まった後で見張りに立つ。重い荷物を全て背負い、ダンジョンでは罠の解除まで手伝った。消耗したポーションの数を把握し、常に在庫を切らさないよう管理してきたのも俺だ。
「そんな……俺は、みんなのために……」
「黙れ! 言い訳は聞き苦しいぞ!」
カイの怒声が洞窟の壁に反響する。
パーティーの他のメンバー、戦士のガストンも僧侶のリーナも、冷ややかな目つきで俺を見ているだけだ。誰も助け舟を出してはくれない。いや、一人だけ。
「待ってください、勇者様! アルクさんを追放するなんて、あんまりです! 彼がいなければ、私たちの探索は……」
唯一、魔法使いのセレスだけが俺をかばおうとしてくれた。彼女はいつもパーティーの潤滑油のような役割を果たしてくれる、心優しい女性だ。
「セレスは黙っていろ。これは決定事項だ。荷物持ちなど、代わりはいくらでもいる」
カイはセレスの言葉を冷たく一蹴した。
ああ、そうか。もう決まっていたことなのか。
俺は諦めと共に、ゆっくりと息を吐いた。彼らの目を見ればわかる。これはもう、覆らない。
「……わかりました。出ていきます」
俺がそう言うと、カイは満足げにうなずいた。
「物分かりが良くて助かる。だが、ただで出ていかせるわけにはいかないな。君が持っている装備は、全て我々が買い与えたものだ。脱いでもらおうか。もちろん、報酬として渡した金貨も全て返してもらう。寄生虫にくれてやる金など一枚とてない」
あまりの言い分に、言葉を失った。
装備も金も全て奪うというのか。ここは危険な魔物がうろつく『嘆きの森』のダンジョンだ。丸裸で放り出されれば、生きて帰れる保証はない。
「そ、そんな……殺す気ですか!」
「自力で生き延びてみせろ。それも勇者パーティーにいた者としての務めだろう?」
カイは心底楽しそうに笑っている。
もはや何を言っても無駄だと悟った俺は、黙って身に着けていた革鎧とブーツを脱ぎ、金貨の入った袋を地面に置いた。ぼろぼろの初期装備の服だけが、今の俺の全財産だ。
「……では、これで」
背を向け、洞窟の出口に向かって歩き出す。
背後から「せいぜい魔物の餌にでもなるんだな!」という嘲笑が聞こえたが、もう振り返らなかった。
洞窟の外は、不気味なほど静かな森が広がっていた。俺は一人、あてもなく森の奥へと足を進める。
しばらく歩いて、彼らの気配が完全に消えたことを確認すると、俺は大きく、本当に大きく深呼吸をした。
「――ぷはぁーっ! やっと解放されたー!」
俺は両手を天に突き上げ、喜びの声を上げた。
追放された悲しみ? 絶望? そんなもの、微塵も感じていなかった。むしろ、清々しさで胸がいっぱいだった。
寄生虫、ね。まあ、そう見えても仕方ないか。
俺は自分の右手の甲を見つめる。そこに浮かび上がっているのは、俺のステータスだ。
【名前】アルク
【職業】荷物持ち
【スキル】亜空間収納
そう、俺のスキルはただの【収納】じゃない。【亜空間収納】だ。
これは、内部に無限の広さを持つ異空間を作り出し、非生物はもちろん、生物でさえも時間停止状態で格納できるというとんでもないスキルだった。伝説級、いや、神話級と言ってもいいかもしれない。
もちろん、こんなスキルを持っていることは誰にも言っていない。ただの【収納】スキルだと偽ってきた。なぜなら、カイたちのような人間にはこの力の本当の価値は理解できないだろうし、悪用されるのが目に見えていたからだ。
「さてと、最後の仕事の仕上げといくか」
俺はにやりと笑い、スキルを発動させた。
亜空間、オープン。
俺の意識が、広大な異空間へと接続される。そこには、俺がこれまでパーティーのために管理してきたありとあらゆるアイテムが整然と並んでいた。
追放される直前、カイたちが装備や金を奪うと宣言した時、俺は密かにスキルを発動させていた。彼らが俺から奪ったと思っている革鎧やブーツ、金貨袋は、俺が【亜空間収納】の『創造』機能で作り出したただのレプリカだ。本物はとっくの昔に亜空間へと移してある。
それだけじゃない。
「パーティーの共有財産、だったもの……全部、もらっちゃいますかね!」
回復薬(ポーション)の上位版である霊薬(エリクサー)が百本。希少な魔物のドロップ素材が詰まった箱が数十個。非常用に備蓄していた高級保存食が山のように。そして、極めつけは……。
「王都で特注した、天蓋付きのふかふか豪華ベッド! これだけは譲れなかったんだよなー」
ダンジョン内でも快適な睡眠を、という名目でカイに購入させた逸品だ。これも、ちゃっかり亜空間に移させてもらった。カイの奴、今頃レプリカの硬い寝袋で寝ていることだろう。
ああ、せいせいする!
これからは、誰に気兼ねすることなく、この力を使って自由に生きられる。面倒な人間関係も、理不尽な命令もない。
「まずは、安全な拠点を探さないとな。そうだ、この森の奥に、景色のいい湖があったはずだ」
俺は鼻歌交じりに歩き始めた。足取りは軽い。
勇者パーティーからの追放。それは俺にとって、絶望の始まりなんかじゃない。
騒がしい日常からの解放。そして、待ちに待った自由気ままなスローライフの、輝かしい幕開けだった。
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