03.季節外れの花々
「あーっと、た、だいま」
歯切れ悪くさせながら、アリスティドは答えた。名前は愚か、幼女について皆にどう伝えるかすら、考えられていない。
「お館様の時よりお帰りが遅かったので、デズモンドはとても心配していたのですよ」
村人一同の間から一歩進み出た初老の男性。現・神父補佐と、アリスティドが住う家を管理してくれている、デズモンド。
要は執事みたいなものなのだが、『デズモンドにそんな大それた仕事は出来ませんよ』と笑って言っていた。
父は王都と常に連絡を取り合いつつ、村や恒久の森の管理もしている。母はもういないし家も広く、アリスティドがほぼ一人で維持させていくのには限度がある。だから、デズモンドがいてくれるだけでとても有難いのである。
そしてそのデズモンドはというと、ハッと声を荒げ、手で口を押さえる。
「ア、アリス様……まままさかそのお子は……!」
幼女を見て、目を見開きながら呟くデズモンド。誘拐犯ではない事は、どうやって説明すればいいんだろう。考える間もなくデズモンドが口を開く。
「アリス様とナディアがお子を成された……ッ!?」
「いや違うぞ」
「なに言ってるのよデズモンドは……」
想像していたよりも180度違う解釈がなされた。アリスティドもナディアも、自分よりも長く生きているはずの彼を見て、遠い目をする。
「しかし……その子は……」
デズモンドの表情が曇る。
わかっている。あまりにも若すぎるのだ。
村の皆がアリスティドを可愛がってくれ、ここまで成長できた。村の息子のような存在の、彼の嫁が一体どのような娘であるのか、不安と期待を抱えて一日を過ごしたはずだ。それが、不安の方が勝ってしまったのである。
幼子が非力で何もできない事くらいは、皆分かっているはずだ。
しかし。
(僕は知っている……)
正確にはナディアも少し。
この幼女、どうやら強大な魔力の持ち主なのである。どのぐらい強大であるかは、アリスティドもナディアも判らない。
だが、昨日の森の火事を大雨を一人で降らして消した。魔力が封じられていてもアリスティドは感じ取れた。そして、王都お墨付きの腕を持つナディアの魔法を、恐らく無効化したのである。
幼女が魔法を使うところを見れば、皆納得してくれるだろうか。幼女をちらりと見る。分かっているような分かっていないような表情を浮かべながらも、アリスティドに向けられた瞳は変わらず笑っていた。
まずは、皆に話をするべきだろう。
「皆、出迎えありがとう。僕はこの通り……妻となる娘を連れ、戻ってきた」
ああ、やはり。と皆の表情が不安そうに曇る。
だが次期村長――次期神父となるアリスティドには、きっと考えがあるのだろうと、次の言葉を待っている。
「えーっとー……。と、とりあえず立ち話もなんだし、教会に行こう、かな?」
自分達を気遣うアリスティドの言葉に、お互いの顔を見合わせる村民達。なんだか不思議におかしくて、皆で笑ってしまった。
◆
場所を移して、ここは教会。
程良い大きさのこの教会は、村人全員が丁度座れるくらいの広さだ。なにか決め事や、話がある時には、ここに集まる。集会所のような役割も果たしていた。
「さて、皆集まったか?」
そう口を開いたのはアリスティドではない。アリスティドの父であり、神父兼村長である父・ニコラスであった。
いつもならこうした集まりは、厳粛に行われる。だが、村にいる子どもよりも小さい幼女がいる為か、皆が楽な姿勢で座っていた。安心してもらう為だ。
「さて、アリスティド、話してくれるか?」
「うん、父さん」
――アリスティドは昨日起こった出来事、朝に起こった出来事、すべてを話し、一息ついた。
「……とまあこんな感じだよ」
皆一様にして驚いているようだった。恒久の森が火事になった……? という声もあれば、ナディアの魔力を妨害するなんて、なんて声もある。
「じゃ、じゃあ、昨日の大雨はこの子が…?」
その中で一人がそう声を上げた。
大雨。
確かに火事を止めるために、幼女が降らせていた。村の中では大雨が降ったことになっているようだ。それが事実ならば、少しくらいならば信じてもらえるだろう。
「そうなんだ。僕が見たのは、森が燃えてこの子が雨を降らせて、消し止めてくれたところだけれど……」
「ほう、ならばその魔力の力を、見せていただきたい次第であるな」
アリスティドの答えに、ニコラスが呟く。
皆が確かに見たい、と頷いていた。
この子になにか魔法を使ってご覧と言って聞くのだろうか? 幼女の足をぽんぽんと叩いてこちらを向かせる。
「なにか魔法が使えたりする?」
「う?」
きょとんとしてこちらを見つめる幼女。
やはり伝わらないか。
「ねえおそとにお花がさいてるよ!」
大人達の話し合いに痺れを切らし、外で遊んでいた村の子どもたちが、揃って駆けてきた。興奮気味の子どもたちの手には、これを見ろと言うように花が握られている。
今の時期は秋頃。花が咲いていてもおかしくない気はするが……。
「どれ、私が見てやろう」
ニコラスは立ち上がり、外に出た。
つられて村人達も、なんだなんだと外を見る。
アリスと幼女、ナディアもそれに続く。
そこには季節外れの花が、いくつもいくつも咲いていた。皆驚きながら、幼女を見る。アリスに抱かれ、大人しくしている。まさかこの子が? と信じられないようで信じせざるを得ない。
季節外れの花を突拍子もなく咲かせるような村人は、ここにはいない。
「まさかこの子が……?」
「村一面花畑とは……たまげたもんだ」
「花束や花冠にするのも悪くないねぇ」
「すごーい赤ちゃん、てんさいだ!」
大半の者は信じた様子で、思いを口々に呟く。これで大丈夫そうかな、とアリスティドはナディアに視線を送った。ナディアはなんとも言えない顔をしていた。アリスティドがその表情の真意を確かめようとした時。
「どうやら本当に、その子の能力みたいだな。素晴らしい! 幼いながら見事だ」
ニコラスがそう言い、一同はしんと静まり返る。
鳥のさえずりと、コツコツ……と足音だけがする。
神父は――いつものように祭壇へと立った。
「問題はその子の、親御さんについてだ」
この子には親がいるはずで、それらしき人は見当たらない。
「アリスティドに嫁に来ていただくのならば、この子の親御さんに許可をとらねばならぬのだが、その当てはあるのか? 我が息子よ」
そんなものあるわけない。急に目の前に現れたのは、この子ただ独りである。
「……――ない、です」
あくまで第一関門に過ぎなかった話は、まだ終わりそうになさそうだ。
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