反王政グループ
近衛騎士団団長であるフェルナンは、大騒ぎをして取り囲む民衆に辟易していた。
大きくため息をついて、紅茶のように明るい茶色の髪を掻きあげる。その仕草に、民衆、特に女性たちが黄色い声を上げた。
「すまない、通してくれないか」
行く手を阻むように自身を取り囲む女性たちにそう告げれば、彼女たちは素直に従う。
フェルナンには、何故、ここまでして自分を取り囲むのか理解ができなかった。騎士団長が来たとなれば、心躍るような珍事が起こるわけでもない。どちらかと言えば、今回のように物騒な事件が起きている確率のほうが格段に高かった。
自ら危険な場所に踏み込むこともなかろうに、とフェルナンは渋面を作る。
民衆を掻き分けて、目的地であるカフェに入れば、そこではすでに部下たちが目的のグループに所属する人間を縛り上げていた。
今回の責任者はフェルナンであるものの、立ち入りの指揮官は別の者に任せていた。
仕事の早さに内心、舌を巻きながら、功労者である男を見る。その男が地下牢の番人以外の仕事をしている姿を見るのは、実に数ヶ月ぶりだった。だるそうに欠伸をし、頭を掻いていた男が、こちらに気付き敬礼をした。
「お疲れ様っす、団長」
「あぁ、お疲れ。クリストフ、報告を」
クリストフは、あいよ、と軽い返事をする。間違っても、上司に使うような言葉ではないが、常日頃からこの調子なので、フェルナンはすでに改めさせることを諦めている。
「現在、リーダーであるエリク・シャルダンを捜索中。今回、確保できたのは下っ端の連中ばかりだな」
「上層の人間は1人も捕まえられなかったのか?」
「いんや。女を1人確保した」
「女?」
フェルナンは小さく眉を顰める。
今回、逮捕に踏み切ったこの集団は『紅の鳩』と呼ばれている反王政グループだ。特に武力行使を行うわけではなく、新聞の発刊や冊子の配布などの文面における表現のみに活動が限られていた小さな団体だった。とは言え、そのような政治的な活動に女が参加していることは、フェルナンにとっては不思議で仕方がなかった。
「なぜ、女がこのような団体に?」
「さぁねぇ。今の政治に不満があったからじゃねぇの?」
クリストフは考えもせずに、適当な答えを返す。
「女で教養があるとなれば、それなりの階級の人間では?」
「ま、それを言っちまえば、エリク・シャルダン自体が貴族の坊っちゃんじゃねぇか」
「シャルダン公爵のご子息だな」
フェルナンは遠い昔、数回だけ顔を合わせたことのある従兄弟、エリクの顔を思い浮かべる。
あの頃は、カスタニエ家の人間として側にいた兄であるクロードと共に、3人で遊んだこともあったはずだ。
エリクは、年の近い兄と仲が良く、2人で一緒にいる姿を館で見かけることもあった。随分と線の細い華奢な男だったが、剣の腕は誰にも負けない。それこそ、兄とエリクが戯れに勝負をすれば、必ずと言って良いほどエリクが勝利していた。
「公爵も不幸だな。奥方を失くした挙句、その忘れ形見の一人息子が行方不明になったかと思えば、反政治集団のリーダーをしていたとは」
「随分詳しいじゃねぇか」
「公爵は私の叔父にあたる人物だ。しかし、今回のことで、彼の立場が危ういものになるかもしれないな」
「そういう貴族のいざこざってやつぁ、俺にはよく分からんね」
つまらない、とばかりにクリストフは話の腰を折ると、大きく欠伸をした。そして、懐からシガレットケースを取り出す。流れるように火をつけようとしたその手を、フェルナンは軽く叩いた。
「クリストフ。今がどういう状況か分かってるのか?」
「敵さんの陣地のど真ん中で、奴らを逮捕してる途中」
「そこまで分かっていて、この私の目の前で煙草を吸うのか」
「いやいや、やっぱり人間、休憩というのは必要なんだよ」
悪びれもせずに点火し、一服を決め込んだクリストフに、フェルナンは小さく嘆息する。
本来、この男は地下牢の見張り番として繋がれているような人材ではない。頭の回転の良さはもちろん、その身のこなしも騎士団長であるフェルナンに匹敵するものであった。しかしながら、いつまでも昇進できないのは、彼がそれを望んでいないからに他ならない。
勿体無い、とフェルナンは胸中で呟いた。
「にしても、随分と急な捕り物だったな。我らが国王陛下が、こんなちんけな団体を気にかけるとは思いもしなかったぜ」
「口を慎め。取りようによっては、王を侮辱しているように聞こえるぞ」
「あながち間違ってねぇけどな」
クリストフは長い溜息と共に紫煙を吐き出す。煙草独特のやにの匂いに、フェルナンは眉を顰めた。
その表情に気づきながらも、クリストフは煙草を吸うことをやめない。
「言論の自由を奪うつもりか? 見せしめのためにしては、規模が小せぇし。一体何を考えているやら」
「今回は王1人の判断ではなく、オーギュスト様の進言があったからこそ踏み切ったようなものだ」
「はぁ? オーギュスト?」
声を上げたクリストフを黙らせるように、フェルナンは肘をその腹に打ち込む。不意打ちに咽返ったクリストフは、恨めしげに目を向ける。
対するフェルナンは、仮にも王の血筋に連なるものを敬称もつけずに呼んだことを誰かに聞かれたのではないかと懸念し、素早く周囲に目を走らせる。幸い、皆、捕縛や後処理に忙しく、こちらに注意を向けている者は誰一人としていなかった。
「不敬罪で死にたいのか、クリストフ」
「まさか。いやー、我らが麗しのオーギュスト様は何を企んでるやら」
取って付けたような形容詞に、フェルナンは内心呆れ返りながらも、それをいちいち取り上げることはしない。
「オーギュスト様は聡明な方だ。きっと、何かお考えがあるに違いない」
「何かお考え、ねぇ。そうやって丸投げするのが1番楽だわな」
嫌味のように言葉を放ったクリストフを、フェルナンは睨みつける。クリストフはごほん、と咳払いをするとあからさまに話題を逸らした。
「しっかしまぁ、紅の鳩とは大層な名前だ」
「なぜ? 赤は革命のシンボル色であり、鳩は平和の象徴だろう? それを合わせただけの安易な名前、というのは彼らに失礼か」
「革命によって、平和をもたらすってか?」
「私はそうだと思ったが」
クリストフの咥えていた煙草の灰が、床へ落ちていく。それは、木で出来た床に焦げ目を作り、痕を残した。
「素直だねぇ。根性ひん曲がってるのは、俺だけか」
「何が言いたい?」
「革命の赤は、血を現す。血で血を洗い、平和を掴みとる、血まみれの鳩、なーんてな」
クリストフはおどけたように肩を竦めると、手にしていた煙草を床へ落とし、そのまま足で踏みにじった。それを視線で追いながら、フェルナンは考える。
クリストフの解釈はあまりに歪曲しすぎだと思う反面、どこかでそれに納得している自分がいる。文面での些細な抵抗は、時に暴力よりも水面下でゆっくりと着実に民衆の思想を蝕んでいくだろう。
以前、資料として目を通した新聞には、王政の危険性を説くような内容が載っていた。それは、自分が慕っていた兄をカスタニエ家から追い出した原因となった思想そのもので、フェルナンは言いようのない不安に駆られたものだった。
「さぁて、ここでぐだぐだしていても、仕方ねぇ。エリクを探さねぇと」
「見当はついてるのか?」
「まさか」
クリストフは懐から地図を取り出すと、ばさり、と目の前で広げる。思わぬところから出てきたそれに、フェルナンは目を瞬いた。
「何故、地図など持っているのだ?」
至極尤もな質問に、クリストフはにやりと笑みを浮かべる。
「卓上旅行が趣味なんでね」
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