第19話

新しい命と新しい校則

 「保留」という勝利から数日後。

 獄門高校には、新たな問題が浮上していた。

「……で? 実際どうするんだよ」

 放課後の教室。堂羅デューラが腕を組んで唸る。

 目の前には、大きくなったお腹を抱える真理がいる。

「校長は処分を保留にしたが……子供は待ってくれない。生まれてからどうする? 学校に連れてくるのか? 授業中に泣き出したら? 授乳は?」

 現実的な問題の山積。

 PTA会長・西園寺の予言通り、感情論だけでは解決できない壁が立ちはだかっていた。

 職員室でも「やはり現実的ではない」「休学させるしかないが、戻ってこられる保証はない」という空気が再び強まっていた。

 真理が俯く。

「……やっぱり、無理なのかな。私が甘かったのかな……」

「甘くありませんわ」

 凛とした声が響いた。桜田リベラだ。

 彼女は机の上に、分厚いファイルをドンと置いた。

「ないなら作ればいいのです。……『校内託児所』を」

 ◇

 翌日。

 リベラは井上校長と西園寺会長(視察に来ていた)の前で、その計画書を広げた。

「……託児所、だと?」

 西園寺が眉をひそめる。「学校は教育の場です。保育園ではありません」

「ええ。ですが、労働基準法では事業所内保育施設の設置が推奨されています。学校もまた、教師という労働者が働く場。……女性教師が産休明けに復帰しやすくするための施設を作れば、福利厚生として認められますわ」

 リベラはニッコリと笑った。

「そして、その施設を『特例』として、在学中の生徒(母親)にも開放する。……これなら文句はありませんわね?」

「資金はどうするのです? 認可保育園を作るには莫大な……」

「ご心配なく。建設費、運営費、保育士の人件費……すべて我が桜田財団が寄付します」

 リベラが小切手帳を取り出す。以前破られたものではない、新しい小切手だ。

「これは『賄賂』ではありませんわ、西園寺様。……『未来への投資』です」

 リベラは真っ直ぐに西園寺を見据えた。

「あなたは言いましたわね。『誇りは買えない』と。……私も同じです。私の友人が学ぶ権利を、お金で解決できるなら安いものですわ」

 西園寺は長い沈黙の後、ふっと息を吐いた。

「……呆れました。そこまでして、一人の生徒を守るとは」

 彼女は立ち上がり、窓の外を見た。校庭では、堂羅たちが廃材を運んで、何やら小屋(託児所予定地)を作り始めている。

「……よろしいでしょう。ただし、運営に不備があれば即刻閉鎖させます。……覚悟しておきなさい」

 それが、女帝なりの敗北宣言だった。

 ◇

 建設作業は急ピッチで進んだ。

 ここでも法曹トリオの力が発揮された。

 【建設担当:堂羅デューラ】

「気合だ! 釘一本に魂を込めろ! 赤ん坊が怪我しないように、角は全部丸く削れ!」

 不良たちが、かつてないほど丁寧にヤスリがけをしている。彼らにとって、ここは自分たちの「後輩(赤ん坊)」を迎える神聖な場所なのだ。

 【法務担当:佐藤健義】

「設置基準よし。消防法クリア。……おい雪之丞先生、保育士の資格持ってるって本当か?」

「ああ。昔、食いっぱぐれた時にな。……まさかこんな形で役に立つとはな」

 雪之丞が照れくさそうに免許証を見せる。最強の用心棒兼保育士の誕生だ。

 【資金・運営担当:桜田リベラ】

「壁紙はピンク、おもちゃは木製の知育玩具。……ミルクは最高級品を用意しなさい」

 彼女の指示で、殺風景だった用具小屋が、ファンシーな空間へと変貌していく。

 ◇

 数ヶ月後。

 元気な産声が、獄門高校に響いた。

 託児所『ごくもん保育園(仮)』。

 ベビーベッドの中ですやすやと眠る赤ん坊を、ガラス越しに強面のヤンキーたちが覗き込んでいる。

「……ちっちぇえ」

「マジ可愛い……俺、この子のために真面目に生きるわ」

「おい押すな! 起こしたら殺すぞ!」

 真理は制服姿で、少し照れくさそうに笑っていた。

「……ありがとう。みんな」

 佐藤は、新しく書き加えた校則のページを見つめた。

 『第99条:本校は、いかなる生徒の学ぶ権利も放棄しない。たとえ親となっても、その学びを支援する』

「……前例(判例)は作った。これで、この学校は少しだけマシになったな」

 佐藤が眼鏡を直す。

「ああ。……それにしても、赤ん坊ってのは見てて飽きねぇな」

 堂羅が、いつになく穏やかな顔でガラスに張り付いている。

「ふふ。将来は慶應に入れて、私の秘書にしますわ」

 リベラが気の早い計画を立てている。

 そこへ、早乙女蘭が息を切らして駆け込んできた。

「さ、佐藤くん! 大変!」

「なんだ、また事件か?」

「ううん! 赤ちゃんが……佐藤くんに似てる気がするの!」

「……は? 僕は父親じゃないぞ」

「だって、眼鏡かけさせたらそっくりだよ!?」

「やめろ! 幼児に眼鏡をかけるな!」

 ドッと笑いが起きる。

 かつて暴力と理不尽が支配していた獄門高校に、新しい命と、温かな笑い声が満ちていた。

 しかし、彼らの「任務」はまだ終わらない。

 この学校を日本一にするまで、そして現代に帰る方法を見つけるまで。

 彼らの青春(闘争)は続くのだ。

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