第9話

全面戦争! 隣町高校の襲来

 バリバリバリバリッ!!

 数百台のバイクの爆音が、獄門高校の校庭を埋め尽くした。

 『修羅道(しゅらどう)高校』。

 隣町を支配する、県内最大最凶のマンモス不良高校である。

 彼らの統率は軍隊並みだった。ヘッドライトの光が、闇夜に浮かぶ獄門高校の校舎を不気味に照らし出す。

「ひ、ひぃぃ! 数が違いすぎる!」

「終わりだ……殺される!」

 獄門高校の生徒たちは戦意喪失していた。数にして10対1。

 校舎の窓ガラスが次々と割られ、火炎瓶が投げ込まれる。

 もはや「喧嘩」ではない。「侵略」だ。

 そんな地獄絵図の中、校舎の昇降口に、三つの影が静かに立っていた。

「……嘆かわしいな。我が校の防衛力(セキュリティ)はザルか」

 佐藤健義が、眼鏡を外してレンズを拭く。

「他所の庭に土足で踏み込む礼儀知らず共だ。……教育が必要だな」

 堂羅デューラが、首をコキリと鳴らす。

「あら、お客様? おもてなし(迎撃)の準備が間に合いませんわ」

 桜田リベラが、手元の計算機を叩く。

 彼らの背後には、震える生徒たち。そして、覚悟を決めた早乙女蘭と、タバコを吹かす平上雪之丞、中華鍋を構えた喜助が控えている。

 敵陣が割れ、巨大な男が現れた。

 修羅道高校総長・剛田(ごうだ)。身長2メートル近い巨漢だ。

「あぁ? なんだその貧弱な前衛は。……テメェら、ここを墓場にしてやるよ。全軍、突撃ィ!!」

 「「「ウオオオオオオッ!!!」」」

 怒涛のような喊声と共に、鉄パイプを持った兵隊たちが雪崩れ込んでくる。

 その瞬間。

 佐藤は、内ポケットから取り出した『業務用タバスコ(大瓶)』の蓋を弾き飛ばした。

「……状況は深刻かつ明白な危険だ。よって、刑法第37条『緊急避難』措置を発動する」

 ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ……!

 佐藤は真っ赤な液体を、まるで水のように一気飲みした。

 ドクン!!

 佐藤の心臓が早鐘を打ち、瞳孔が開く。

 世界がスローモーションに見える。思考速度が限界を突破する。

 「佐藤健義・緊急事態(エマージェンシー)モード」起動。

「……総員、戦闘配置。法的制限を解除する(やっちまえ)!」

 佐藤の号令と共に、堂羅が吠えた。

「判決を下す!! 執行猶予なしの実刑だッ!!」

 堂羅は、ポケットに入っていたコーヒー豆(キャンディでは追いつかないので豆そのもの)をガリリと噛み砕き、敵の先陣へ突っ込んだ。

 ドガァァン!!

 北辰一刀流の体捌きから放たれる正拳突きが、先頭のバイクを吹き飛ばす。人間トラックのような突進力だ。

「きゃははは! 公務執行妨害で逮捕よーっ!」

 早乙女蘭が宙を舞う。

 分銅付きの鎖が生き物のように敵の手足を絡め取り、次々と地面に縫い付けていく。

「やれやれ……残業代、弾んでくれよな?」

 雪之丞がため息をつきつつ、神速の蹴りで敵の顎を射抜く。

 喜助は中華鍋をブーメランのように投げ、敵の後衛を薙ぎ倒す。

 だが、敵の数は減らない。

 じりじりと押され始める獄門サイド。

「くそっ、キリがねぇ!」

 堂羅が囲まれる。鉄パイプの雨が彼に降り注ごうとした時。

「皆さん! 今日の働きに応じて、ボーナス(成果報酬)を支給しますわ!」

 リベラの声が響いた。

 彼女は校舎の2階から、大量の「引換券(高級ホテルのディナー券、新作ゲーム機、現金)」をばら撒いたのだ。

「敵を倒した数だけ、私が買い取ります! さあ、稼ぎなさい!」

 その言葉に、逃げ腰だった獄門高校のヤンキーたちの目の色が変わった。

「マジか!? ゲーム機欲しい!」

「リベラ様バンザイ! やったるぜオラァ!」

 資本主義の力(金の力)により、士気は一気に逆転した。

 獄門高校の生徒たちが、ゾンビのように蘇り、修羅道高校に襲いかかる。

 ◇

 乱戦の中、敵の総長・剛田が、佐藤の前に立ちはだかった。

「テメェが頭か。……ヒョロガリが、すっこんでろ!」

 剛田の丸太のような腕が、佐藤の顔面を狙う。

 死ぬ。普通なら即死だ。

 だが、タバスコ過剰摂取状態の佐藤には、その拳が止まって見えた。

(……右ストレート。軌道予測、誤差なし。回避行動へ移行)

 ヒュッ。

 佐藤は最小限の動きで拳を躱す。

「なっ!?」

「……暴力は野蛮だ。だが、物理法則は嘘をつかない」

 佐藤は剛田の腕に手を添え、その勢いを利用して足をかけた。

 合気道? いや、ただの物理演算による最適解だ。

 巨体の剛田がバランスを崩す。

「堂羅ッ!!」

 佐藤が叫ぶ。

「おうよ!!」

 敵を薙ぎ倒して駆けつけた堂羅が、跳躍した。

 空中での一回転。踵(かかと)が唸りを上げる。

「『極刑・断頭台(ギロチン)』!!」

 ドゴォォォォン!!!

 堂羅の踵落としが、剛田の脳天に炸裂した。

 剛田は白目を剥き、巨木が倒れるように崩れ落ちた。

 ◇

 総長が倒れたことで、修羅道高校の戦意は崩壊した。

「そ、総長がやられた!?」

「逃げろ! こいつらバケモノだ!」

「警察(蘭)もいるぞ! ヤベェ!」

 蜘蛛の子を散らすように撤退していく敵軍団。

 校庭には、静寂と、うめき声と、バイクの殘骸だけが残った。

 戦いが終わり、朝日が昇り始めていた。

「……ふぅ。タバスコが切れた……」

 佐藤はその場にへたり込んだ。副作用で胃が焼けるように熱い。

「……悪くない運動だったな」

 堂羅も肩で息をしている。拳は血まみれだが、その顔は晴れやかだ。

「……私の財布も軽くなりましたわ」

 リベラが苦笑する。だが、彼女は汚れた制服を気にすることなく、倒れている生徒たちに水を配り始めた。

 三人は、ボロボロになった校舎を背に、並んで座り込んだ。

 互いの背中を預け合い、命がけで守った「場所」。

「……なぁ」堂羅が口を開く。「俺たち、案外いいチームかもしれん」

「……不本意だが、否定はできないな」佐藤が眼鏡を拭く。

「……同感ですわ。少なくとも、退屈はしませんもの」リベラが微笑む。

 その時、校長室の窓が開き、井上校長が顔を出した。

「お、おーい! 君たち! 生きているかね!? ……私の学校は無事かねぇ!?」

 三人は顔を見合わせ、声を上げて笑った。

 昭和の空の下、法曹トリオの笑い声が、勝利の凱歌のように響き渡った。

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