第6話
文化祭の利権争いと不当労働行為
秋。獄門高校に、一年で最も血が騒ぐ季節がやってきた。
『獄門祭(文化祭)』である。
だが、生徒会室の空気は、祭りの高揚感とは程遠い、ピリピリとした緊張感に包まれていた。
「却下だ。……なんだこの『24時間耐久神輿作り』というスケジュールは」
生徒会長・佐藤健義は、提出された企画書を机に叩きつけた。
目の前には、腕組みをした応援団長・堂羅デューラが座っている。
「あぁ? 何が悪い。祭りは気合だ。寝ずに神輿を組み上げ、血と汗を流してこそ感動が生まれる」
「それは感動じゃない、搾取だ! 労働基準法第61条、満18歳未満の深夜労働は原則禁止されている! 君は応援団員を過労死させる気か!」
「フン。軟弱な法律だ。俺たちの『絆』は法を超越する」
バチバチと睨み合う二人。そこへ、優雅な香水の香りとともに桜田リベラが割って入る。
「まあまあ、お二人とも。そんな汗臭い企画より、我が2年Z組の出し物について話し合いましょう?」
「……君の提案は『メイド喫茶』だったな」
「ええ。ただし、内装はベルサイユ宮殿風、チャージ料は1時間5000円。ターゲットは近隣の金持ちとOBよ」
「独占禁止法と風営法のギリギリを攻めるな! 高校の文化祭で暴利を貪るつもりか!」
佐藤は頭を抱えた。
堂羅は「ブラック企業的・精神論」。
リベラは「拝金主義的・搾取ビジネス」。
まともなのが僕しかいない。タバスコを舐めないとやってられない。
◇
そして、文化祭準備期間。
校内はカオスと化していた。
体育館では、堂羅の檄が飛ぶ。
「声が小さい! 手を止めるな! 釘一本に魂を込めろ!」
死んだ魚のような目をした応援団員たちが、フラフラになりながら巨大な神輿を作らされている。完全にブラック企業のデスマーチだ。
一方、2年Z組の教室。
リベラが女子生徒たちに微笑みかけている。
「あら、衣装がキツイ? 我慢なさい。それが『商品価値』を高めるのよ。……売上が目標に達しなければ、あなたたちの実家の商店街、再開発対象にしちゃうから♡」
完全にパワハラと優越的地位の濫用である。
佐藤は拡声器片手に校内をパトロールしていた。
「そこ! 脚立作業はヘルメット着用! 安全配慮義務違反だ! ……おい、廊下でシンナー吸ってる奴、消防法違反だぞ!」
そんな中、中庭では早乙女蘭が、段ボールで『移動交番』を作っていた。
「ここに入った不良は、私が取り調べをしてあげるの! 素敵でしょ、佐藤くん♡」
「……留置所の模擬体験か? 却下だ」
◇
そして、文化祭当日。
事件は起きた。
校門を突破し、バリバリという爆音と共に、改造バイクの集団が乗り込んできたのだ。
隣町を縄張りとする暴走族『黒蛇(ブラック・スネーク)』だ。
「ヒャッハー! 獄門の文化祭だと? 楽しそうじゃねえか!」
「全部ブチ壊してやるよ!」
彼らは鉄パイプを振り回し、校庭の屋台を次々と破壊し始めた。
喜助の出張ラーメン屋台も、寸胴鍋をひっくり返されそうになる(喜助は神速で鍋を回避したが、スープが少しこぼれた)。
「あぁっ! 私の『執事喫茶・特設テラス席』が!」
リベラが悲鳴を上げる。客引き用の看板がバキバキに折られたのだ。
「俺たちの神輿……血と汗の結晶が!」
堂羅が作った巨大神輿にも、スプレーで『バカ』と落書きされた。
校内はパニック。教師たち(井上校長含む)は職員室にバリケードを作って引きこもっている。
そんな中、放送室のマイクジャックが行われた。
『――あー、テステス。……全校生徒および、侵入者に告ぐ』
校内放送から響く、冷徹な声。佐藤だ。
『現在、当校は「黒蛇」による建造物侵入、器物損壊、および威力業務妨害の被害を受けている。……繰り返す。君たちは僕の「平穏な学校生活(管理権)」を侵害した』
放送室の佐藤は、タバスコの空き瓶を握りつぶしていた。
「……許さん。絶対に」
その放送を合図に、二人の修羅が動いた。
「……よくも俺の部員たちの『残業時間』を無駄にしてくれたな」
堂羅が、作りかけの神輿の担ぎ棒(丸太)を引き抜いた。
その表情は、鬼検事のそれだ。
「貴様らには情状酌量の余地はない。求刑は……死刑だ」
「……あーあ。本日の予想売上、マイナス100万円。どうしてくれるのかしら?」
リベラが扇子をパチンと閉じる。
その後ろには、借金(給料の前借り)で雇われた顧問・平上雪之丞と、手錠を構えた早乙女蘭が控えている。
「やれ、ポチたち」
「誰がポチだ! ……まあ、暴れていいならやるけどよ」(雪之丞)
「公務執行妨害で逮捕よーっ!」(蘭)
◇
そこからは、一方的な蹂躙だった。
「どらぁぁっ!」
堂羅が丸太を薙ぎ払う。バイクごと暴走族が吹き飛ぶ。
蘭の鎖がタイヤに絡まり、雪之丞の空手がリーダー格をピンポイントで沈める。
そして、トドメは佐藤だ。
彼は屋上から、消火ホース(放水)を構えていた。
「正当防衛、および緊急避難! 放水開始!」
激流が暴走族たちを洗い流す。
水浸しになり、ボロボロになった侵入者たちは、這うようにして逃げ出した。
「お、覚えてろよぉぉ!」
◇
祭りの後。
半壊した校庭で、三人は並んで座っていた。
喜助が、「被害者特典だ」と言って、伸びていない特製ラーメンを差し出す。
「……酷い祭りだったな」
堂羅が麺をすする。
「ああ。僕の『模擬裁判展示』も、誰も来なかった」
佐藤がタバスコを振る。
「私の喫茶店も赤字よ。……でも、まあ」
リベラが泥だらけの顔で、少しだけ笑った。
「『損害賠償請求』の相手(黒蛇)が見つかっただけ、マシかしら?」
「違いない。徹底的にむしり取ってやる」
「法的手続きは僕がやろう」
夕暮れの校舎。
利害と計算だけで繋がっているはずの三人の背中は、以前より少しだけ近づいて見えた。
遠くで井上校長が「私の学校がぁぁ!」と泣き叫ぶ声が聞こえるが、それはまた別の話である。
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