『天上天下唯我独尊の法曹トリオが獄門高校に降臨! タバスコ生徒会長、スイーツお嬢様弁護士、そして鬼検事が繰り広げる、仁義なきスクール・ライフ』
月神世一
第1話
判決、のち雷、ときどき昭和
「異議あり! 検察官の主張は、被告人の『心』を無視した暴論ですわ!」
東京地方裁判所、第402号法廷。
静寂であるべき空間に、鈴を転がすような、しかし毒を含んだ声が響き渡る。
弁護人席に立つのは、桜田(さくらだ)リベラ。フリルのついたブラウスに身を包み、まるで天使のような微笑みを浮かべているが、その目は笑っていない。
「心だと? 笑わせるな」
対する検察官席。身長190センチの巨躯、堂羅(どうら)デューラが、法壇を睨みつける。その威圧感だけで、傍聴席の温度が二度は下がった気がした。
彼は口の中で「ガリッ」と何かを噛み砕く音を立てた。愛用のコーヒーキャンディだ。抜刀の合図である。
「事実は一つ。被告人は現場にいた。指紋もあった。これ以上の証拠がどこにある? 感傷で法を曲げるな、桜田弁護士」
「あら、現場にいたから犯人? 短絡的ですこと。彼がそこを通ったのは、困っている迷子の子猫を助けるため……という可能性を、なぜ考慮なさらないの?」
「子猫だと……? 供述調書にそんな戯言は一行もない!」
バチバチと火花が散る法廷。
その中央、一番高い席で、裁判官の佐藤健義(さとう けんぎ)は眉間を押さえていた。
(……胃が痛い。なんだこのカオスな法廷は)
佐藤は、シワひとつない法服の下で、内ポケットの「マイ・タバスコ」を握りしめた。
想定外の事態は苦手だ。今すぐにでもこの赤い液体を舐めて、脳味噌を強制覚醒させたい。だが、今は公判中だ。
「せ、静粛に! 両者とも、発言は許可を得てからにするように。……特に弁護人、子猫のくだりは立証できるのかね?」
「ええ勿論。私の事務所の総力を挙げて、その時間に現場付近にいた猫の目撃証言を集めさせますわ(ニッコリ)」
「……却下する。審理を妨害する気か」
佐藤、リベラ、堂羅。
慶應義塾大学法学部、同期の三人。
「法曹界の三羽烏」と呼ばれる彼らは、今日も今日とて、法廷を私物化するかのように争っていた。
◇
休廷のベルが鳴り、三人は廊下の自販機コーナーにいた。
重苦しい空気の中、三者三様の休憩スタイルがある。
堂羅はブラックコーヒーのボタンを押し、リベラは高級洋菓子店のマカロンを齧り、佐藤は……自販機で買ったトマトジュースに、隠し持っていたタバスコをドボドボと注いでいた。
「……相変わらずだな、佐藤。味覚が死んでいるのか?」
堂羅が呆れたように吐き捨てる。
「失礼な。これは脳のシナプスを繋ぐための儀式だ。君こそ、その砂糖の塊のようなキャンディを噛み砕く音、法廷に響いてるぞ」
「ふん。貴様のタバスコ臭よりマシだ」
そこに、リベラがふわりと割って入る。
「おやめなさいな、二人とも。見苦しいわよ? 特に佐藤さん、あなたさっきの訴訟指揮、5点減点ね。私の『情状酌量アタック』をスルーするなんて」
「法廷は君の演劇の舞台じゃないんだ、リベラ。……それに、あの時のことは忘れてくれと言ったはずだ」
「あら、あの時? デートに裁判所を選んで、私がビンタしたあの日のこと?」
リベラが悪戯っぽく笑う。佐藤の顔が赤くなるのは、タバスコのせいだけではないだろう。
「くっ……! あれは、僕なりの最適解だったんだ!」
「女心を判例で解釈しようとするからフラれるのよ。一生、六法全書と結婚していなさい」
「なんだと……!」
三人が互いに睨み合った、その時だった。
『――天上天下、唯我独尊』
どこからともなく、野太く、それでいて厳かな声が脳内に直接響いた。
「……なんだ? 今の声」
「佐藤さん? あなたの趣味?」
「違う! 僕は何も……」
次の瞬間。
窓の外が真っ白に染まった。雷だ。
バリバリバリバリッ!! という轟音と共に、世界が反転する感覚。
床が抜けるような浮遊感。三人の意識は、唐突にブラックアウトした。
◇
「――おい、聞いてんのかコラ!」
怒号で目が覚めた。
佐藤健義が目を開けると、そこは法廷ではなかった。
木の床。剥がれかけた天井。そして目の前には、剃り込みを入れたリーゼントの男たちが、竹刀を持って詰め寄っている。
(……どこだ、ここ。僕は裁判所にいたはずじゃ……)
状況を整理しようとした瞬間、頭の中に『他人の記憶』が濁流のように流れ込んできた。
――ここは私立獄門(ごくもん)高校。
――今は198X年。
――俺の名前は、サトウ・ケンギ……この学校の『お飾り生徒会長』だ。
「う、嘘だろ……」
佐藤は眼鏡の位置を直そうとして、気づく。指先が震えている。着ているのは法服ではなく、詰襟の学生服だ。
目の前の不良――風紀委員だ――が、竹刀で机を叩く。
「会長サマよぉ、来月の予算、応援団に全部回すって判子、早く押せよぉ?」
(恐喝……強要罪……いや、それ以前にこの状況はなんだ!? 想定外だ、想定外すぎる!)
佐藤はパニックになりかけ、無意識に内ポケットを探った。
――あった。
小瓶の手触り。
なぜかこの時代のこの少年も、辛い物が好きでタバスコを持ち歩いていたらしい。
佐藤は震える手で小瓶を開け、一滴、舌に垂らす。
チリッ。
激痛が走り、思考がクリアになる。
佐藤の瞳から、怯えが消えた。
「……刑法第249条、恐喝罪。ならびに暴力行為等処罰法違反」
「あ?」
「君たちのその行為は、懲役10年以下の刑に処される可能性がある。……直ちにその竹刀を捨てて、席に戻りたまえ」
教室が静まり返る。
今までヘコヘコしていた生徒会長が、急に裁判官のような顔つきで説教を始めたのだから。
◇
一方、体育館の裏。
「ぐわぁっ!」
一人の大柄な生徒が、数人の不良を殴り飛ばしていた。
長ランに、高下駄。
拳を見つめるその男――堂羅デューラは、己の肉体に満ちる力に驚愕していた。
(……なんだこの腕力は。法廷で書類をめくる指とは訳が違う)
流れ込む記憶。
――応援団長、ドウラ・デューラ。
――この学校の裏番長であり、硬派を気取る武闘派。
「へ、へいっ! すいません団長!」
地面に転がる不良たちが、土下座をしている。
堂羅は懐を探る。いつものコーヒーキャンディはない。代わりに、ポケットに入っていたのは「ニッキ飴」だった。
ガリッ。
噛み砕く。辛い。だが、悪くない。
「……行くぞ。この学校にはびこる『悪』を、俺が裁く」
◇
そして、校長室。
「あら、この紅茶……ティーバッグね? エリザベス女王が泣きますわよ」
ふかふかのソファで、桜田リベラは優雅にカップを置いていた。
目の前には、脂汗をかいた中年男――井上校長が直立不動で立っている。
「も、申し訳ありませんお嬢様! すぐに茶葉を……!」
「いいえ、結構。それより現状を把握したいの」
彼女に入ってきた記憶は、極めて好都合なものだった。
――サクラダ・リベラ。理事長の娘。
――学園のアイドルにして、絶対権力者。
(ふふ、悪くないわ。裁判官の顔色を伺うより、よほど私の性に合っている)
リベラはスカートのプリーツを整え、ニッコリと笑った。
その笑顔は、法廷で証人を追い詰める時の「あの顔」だった。
「校長先生? この学校、少し『掃除』が必要ですわね。……わたくしが、手伝って差し上げてもよろしくて?」
◇
放課後。
運命の引力に導かれるように、三人は昇降口で鉢合わせた。
詰襟の佐藤。長ランの堂羅。セーラー服(ただしブランド物)のリベラ。
見た目は高校生。だが、その目に宿る光は、明らかにカタギの高校生のものではない。
三人は互いを見て、数秒沈黙し――同時に口を開いた。
「「「おい、その目つき……まさか」」」
佐藤が眼鏡を押し上げる。
「タバスコ臭い。間違いない、君か」
堂羅が腕を組む。
「その人を小馬鹿にした立ち方……リベラだな」
リベラが扇子で口元を隠す。
「あら、野蛮なオーラが隠せてなくてよ、堂羅検事?」
三人はため息をつき、そしてニヤリと笑った。
敵同士だが、この狂った昭和の世界で、話が通じるのはコイツらしかいない。
「状況は最悪だ」と佐藤。
「暴力が支配する無法地帯だ」と堂羅。
「でも、だからこそ……やりがいがありますわね?」とリベラ。
雷鳴と共に始まった、法曹トリオの二度目の青春。
獄門高校の歴史が、今日、ここから覆る。
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