緊急輸送

輸送依頼

大石たちは、ティーガーデン星系の宇宙ステーションに到着して、のんびりしていると、星間輸送会社スタートランス社のマネージャーのマックから呼び出しがあった。

マックもこのステーションに来ていた。

大石は、惑星ゼオでのトラブルでクレームが来たのかと、すぐに、マックの居る事務所に顔を出した。


マッキンリー通称マック、元の名のマーカスは、大石が防衛軍時代の部下である。

その後、大石は亜光速航行が長かったため、アインシュタイン効果でマックの方が年上になった。

現在は、マックは輸送会社スタートランス社のマネージャー、大石はその仕事の下請けとなっていた。


「マック 久しぶり。ゼオから何か言ってきたのか?」

マックは憔悴しきった顔で、大石を見た。

「ご苦労様です。惑星ゼオのレポートは後で貰います。来てもらったのは別の仕事です。すぐにクリーゼ星系惑星クリーゼCに行ってもらえませんか?」

「その依頼の為、ここまで来たのか?」

「はい、地球で待っていたら、時間がかかりますので」


「何故だ。なぜそんなに急ぐ?」

「クリーゼCで、感染症が発生しています。そのワクチンを届けてほしいのです」

「なるほど。しかし、なぜ俺だ? 地球でも運び屋はいるだろう」

「緊急輸送です。星系内をマーク5で飛ばしてよい許可も取っています」


「マーク5の許可? そんなバカげた速度、出すのは確かに俺だけだろう。しかし、なぜだ、なぜそんな緊急輸送を請け負った?」

「惑星クリーゼCには、住民300万人。そこで、致死性の高い感染症が発生しました。

医療関係者に1万人分のワクチンを早急に届けねばなりません。

後日、十分な分を届けますが、先ず、医療関係者が生き残らねば、何もできなくなります。

政府機関では遅すぎます」


大石は、青木を真正面に見ながら、尋ねた。

「道義的な事は判った。しかし何故だ? 何故お前が、そこまで入れ込む? 政府でもいざとなれば動くだろう」


青木は、目を伏せ、暫く黙っていた。

「娘がいます……」

「え、娘さん。独身じゃなかったのか?」

「結婚はしていませんが、娘が産まれていました」

「じゃ、何故、あの戦いに志願した?」

大石の声は、怒りを含んでいた。


異星人類サーダスが攻めてきた当時、各国の軍から兵士を集めて、防衛軍を構成していた。

木星付近まで攻め込まれた時、その防衛は、特に厳しい戦いになる事が予想された。

その時の司令である小岩大佐は、特別作戦の為に、独身男性の志願兵に限定して部隊を作った。


マックは、ゆっくり話し出した。

「同棲していましたが、遊びでした。妊娠を聞かされた時、逃げました。確実に逃げる為、志願しました」

「逃げるために志願した?」

大石の怒りが増した。

 

マックは、大石を見上げながら答えた。

「サーダスが攻め込んできた時、私の家族も親戚も、全員死にました。

最も死ぬ可能性の高い軍人の私を残して……

だから、荒れました。遊びました。その結果が妊娠。子供です。

新しい家族? そうかもしれませんが、私には資格がないと思いました。

だから逃げました」


大石は、怒りを収めた。

「そうか。だから、お前は、あの時、支援部隊ではなく、先頭部隊に希望したのか、死ぬつもりで」

「そうです。死亡給付金は彼女に行くようにして」

「しかし、生き残った訳だ」

「彼女に金も残せずに、そして、私は時間を三年、失いました」

「ウラシマ効果…… 死ぬ場所とタイミングを失った事で、軍を辞めた訳か」


木星付近でのサーダスとの戦いで、小岩大佐の指揮する部隊は、光速の99%という相対論的速度を出さざるを得なくなっていた。

その結果、船内での経過時間は一か月程度でしかなかったが、地球に戻ってきた時は、3年が経過していた。

あの時、マックは3年であったが、小岩大佐は、亜光速で10年近く航行せざるを得なかったので、経緯は知らなかった。

無論、その時の小岩大佐の船内経過時間は二ヶ月程度でしかなかったが。


マックは、説明を続けた。

「戦争が終わっても、会いませんでした。遊びだったと言えなくて。

養育費は払いましたが、色々理由を付けて会いませんでした。

キャプテンが生還したのは、その頃です」

大石は、静かに聞いていた。


「その後、彼女たちから逃げる為、名前を変えました。マーカスからマッキンリーに。『先輩の例』がありましたから」

大石は苦笑いした。

「俺のせいみたいに言うな。ま、俺も逃げた訳だがな」


マックは続けた。

「軍ではずっと兵站を担っていました。だから慣れている運輸会社を始めました」

「しかも、社長としてふんぞり返るのが嫌で、マネージャーか」

「そうです。経営素人の私より、AIに任せた方がうまく行く。操作をAIに任せたキャプテンの船オーガと同じです」


「娘がいることはわかったが、それが今回の事とどう絡む?」

マックは、又、俯いて、暫く黙っていたが、覚悟を決めて、前を向き、一気に話し始めた。


「娘から連絡が来ました。

退役してから、名前を変えて、ずっと逃げていたのに。恨まれていると思って、連絡していませんでした。

それが、向こうから連絡してきた。退役してからの私の足取りを調べて、連絡して来ました。

『ワクチンを運ぶのを手伝ってほしい』と……」


マックは、真正面の大石の目を見た。

「一般人が、退役軍人の、それも名前を変えた人物の足取りを追うのが、どれほど手間がかかるか分かりますか?」

「俺には、そっちの方は疎い。しかし相当の手間であることは分かる」

「母親は亡くなっていました。感染症で。そして、私を恨んでいるとも言っていた。

言い訳は出来なきない。捨てて逃げた訳ですから。

その恨んでいる相手に助けを求めてきたんです」


マックは、大石を見つめ続けた。

「覚悟を決めました。出来ることを行うと」

「それで、俺とオーガか?」

「キャプテンと初めて会った時、言われましたよね。『手抜きしても成果がでるなら、それでも良い。しかし、やると決めたなら、全力で行え』と」


大石は、笑いながら応じた。

「そんなこと言ったか? しかし、わかった。やるよ。しかし費用は大丈夫なのか?」

「キャプテンに嘘をついても始まりません。

緊急輸送の為、キャプテンへの費用を抜いても1000万クレジット掛かります。

会社の資産と私の貯蓄で何とかなりますが、キャプテンへの支払いは厳しいです」

「ただ働きしろと言いたいんだな。分かったよ。惑星ゼオで多めに金をもらっているので、それでカバーだ」

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