第12話 缶ジュース



 まるで、昨日の出来事が幻だったかのように感じる。

 あの日はそのまま、冬月と駅で別れた。

 

 『また、明日……』


 あいつは言ってたけど、正直、妙に落ち着かない。

 今日は少し授業に集中できなかったし、お昼の休み時間は友達と食べずに、昇降口で食べた。

 ガラケーの写真フォルダには昨日の写真、ぼやけてて画質は悪いけど、やっぱり綺麗に撮れてる。夢の中の記憶みたい。


「けど……今日からどう接すればいいんだよ」


 俺たちは恋仲じゃない、もちろん冬月恋雪という女は形容できないほど美しいし、魅力的だ。

 だけど、こう関われている理由ってものがわからなくて好きとかそういう感情以前に、釣り合ってると思えない。


「飲み物買うか」


 バタンと画面を閉じて、一階の自販機に向かう。

 おっ、今日は空いてる、って、深坂さんだ。


 からん……からんからん……


「…………」


 あの子またジュース選びで悩んでる。選択が遅くて返却口に小銭が返される音だけが響く。


「深坂さん、お疲れ」

「……あっ……龍一くんだ……」


 深坂さんはふわりと振り向くと、大きな瞳をこちらに向けて柔らかい笑みを見せてくれる。美しい金髪にヘアピン、短いスカートにカーディガンを腰に巻いている。話さなければギャルそのもの。


「また、悩んでるじゃん」

「ふふ……今日は……久々の晴れでしょ……? サイダーか……無糖紅茶か迷ってるの」


 言われてみれば今日は驚くほどの快晴だ。梅雨というより初夏というか。夏の風が吹いてる。


「俺は……レモンスカッシュかな」


 小銭を入れながらさっさと選ぶ。

 がこんっ……

 ジュースが出てくると、そのまま蓋を開けて飲む。


「むぅ……」


 すると、深坂さんが少し不満げに俺を見つめてる。いつもゆるふわだから、少しどきりとした。


「ど、どうしたの?」

「……決めるの……早いよ」

「えぇ……たかがジュースじゃん、明日も買えるし」

「……明日、同じもの飲んでも……同じ味はしないんだよ……?」


 深坂さんはそう言うと、俺に近づくと「一口……飲ませて」って言ってくる。


「だめ……」

「なんで……? いつも……部活でわたしのお菓子……分けてるよね?」

「……っ」


 これは引き合いに出されると言い返せない。深坂さんは文化研究部の部室でいつも勉強をしてるのだが、その時必ずお菓子を冬月と俺に分けてくれる。


「……間接キスになるだろ」

「大丈夫……気にしない……キスはキス……だから」


 も、問題そこ!? どんだけ飲みたいのこの子。

 まぁいいや……キスはキスかぁ……

 俺はそのまま缶を渡すと、深坂さんは嬉しそうに笑って受け取る。


「んっ……ごくっ……」


 深坂さんはゆっくり口をつけると一口味わう。白く細い首をレモンスカッシュが通っていく。


「……美味しいね」


 からんからんからん……


 その瞬間、また自販機から小銭が返却された。深坂さんはしゃがんで小銭を取ると。


「今度こそ決めた……」


 と、そのまま、サイダーを選んだ。


 がこんっ


 とペットボトルが落ちてきた。深坂さんはそれを拾うとゆっくり開けようとする。


「んん……固い……」


 チラリと俺を見つめてくる。


「……はいはい、お嬢様」


 少し揶揄いながらサイダーを受け取ると開けてあげる。部室にいる時も買ったばっかりのジュースを涙目で持ってきて俺か冬月に頼んで開けてもらってるから、もはや日常と化してしまった。


 ぷしゅっ……かちかちっ……


「ふふ……いつも……ありがとう」


 この笑顔を見ると、「自分で開けろ」なんて言えなくなる。深坂さんだけはなぜか甘やかしたくなってしまう。


「……少し飲んだら、教室戻ろうか」

「うん……」


 ◇


「なぁ、龍一よ」


 あの後、教室に戻っていつもみたいにガラケーでゲームをしていると、哲也が神妙な顔つきで名前を呼んできた。


「どうした……?」

「お前……隠してることあるだろ」

「…………」


 っ、なぜだ、急になぜだ……


「聞いたぜぇ……放課後冬月さまと深坂さまと部活動に精を出してるそうじゃないか」

「別に、友達だ! 特に色恋とかはないからな!」

「そんなの知ってるわぼけっ! あの二人泣かしたらファンに変わって刺し違えてでも、お前を抹消するから」


 ひえっ……そんなに俺、恨み買われてるの!?


「って言うのは嘘で……まぁ、なんかさ、冬月さんってどんな人だよ、俺も部活入りてえけどよ、野球部忙しくてなぁ」


 どんな人……かぁ。

 特に考えたことはないな……冬月恋雪。

 けど、あいつは裏でかなりの支持者がいる。スラリとした長身で美しい黒の長髪。雪のような白い肌に端正な顔立ちをしている。そこに気の強そうな瞳と時折見せる儚げな表情がどこかシックでミステリアスな雰囲気を醸し出してる。


「……わからん」


 けど、それは外見の話だ。

 なぜ部活に入ってきて、俺に目をつけてくるかわからない。前に『わたしのこと何も知らないのに心配するんだ』って言われたのは真実だ。


「は? 優しいとか気高いとか色々あるだろ?」

「まぁ……そうだけどな、読めないんだよ、何もかも」


 その瞬間、頭を叩かれた。


「――いてっ!」

「馬鹿野郎……! お前は人形と話してるのか? せっかくいい機会に恵まれてるのによ、俺が取るぞ! 話しすらできないけど……」


 哲也はそう言うと、わざとらしくプイッと顔を背ける。

 多分冗談半分本気半分って感じ。

 でも、確かに俺は、冬月も深坂さんも内面を知ろうとしてなかった。ただ振り回されてるだけで。


『……わたし、今日のこと、明日になったら忘れるね』


 あの時のセリフだって、なんであいつがそんなこと言ったのかわからない。わかろうとしても流してた。


「わかったよ……どんな人か、知ってみるよ」

「おう! そして俺に紹介してくれよな」


 俺は哲也の丸刈頭を引っ叩いた。

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