第7話 逃亡
雨の中を走る。走って、走って――。
街を抜け、森の中へと駆け込む。魔法で身体を強化していても、呼吸は荒く、肺が焼けるように痛い。どうしてこんなことに……?
みのりは思い出す。
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スイロウを含め、主要な都市には神殿があり、神殿には転移門が設置されている。
観光していた2人は、通りかかった神殿をなんとなく視界に入れた。みのりはある人物を見つけて、固まる。第一皇子だ。第一皇子が神官に囲まれて、いる。皇子の見た目は凡庸だが、常に人に囲まれているため、目立つ。隣には美貌の女騎士ミレティアもいる。
皇子がこちらに気づいて、笑顔で手を振った。ミレティアはこちらを睨んでいる。
「また会っちゃったね・・・」
「・・・」
みのりは手を振り返しながら、隣のドレイクを見た。ドレイクは黙り込んだ。
「こんなに早く再会できるとは!」
「・・・皇子殿下にお会いできて光栄です。」
皇子は優雅に2人に近づいてくる。ドレイクはしぶしぶ礼を取った。
「昼間は政務で時間が取れぬが、明日の夜なら時間が取れる。晩餐にご招待しよう。」
と、通常運転の尊大さで言った。みのり達に断るという選択肢は与えない。
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皇子との晩餐は神殿で行われた。 豪奢な長いテーブルに重たそうな高い椅子、食べきれないほどの料理。
壁には給仕するための侍従やメイドが控え、居心地が悪い事この上ない。皇子の後ろにはあの女騎士ミレティアも控えている。鋭い目線でみのりを睨んでいるのは気のせいだろうか。
次々に運ばれる料理がおいしそうではあった。が、みのりはそれどころではない。 ユエシャに習った付け焼刃のマナーを必死で思い出す。
間違えやしないかと、食器に集中していたせいで、対応が一瞬遅れた。
皇子が、ごふっと血を吐く。
みのりと、ドレイクは立ち上がる。真向いの遠い席に座っているため、倒れた皇子の顔がよく見えない。 ミレティアが神官を!と叫んだ。
そして次に、みのり達を指さし、
「その者らを捕えよ!」
と言った。 みのりとドレイクは騎士に囲まれ、皇子には近づけない。
治療のため、いまさら魔法使いだと明かしても、信じてもらえるだろうか。近づくことすら出来ず、捕縛されるだろう。ミレティアの双眸は憎しみで燃えている。
「誤解です!」
みのりは短く叫ぶ。
信じてもらえるはずもなく、2人は仕方なく、その場から逃げた。
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痛む胸を押さえ、みのりは自問する。だが、立ち止まることはできなかった。後ろからは、甲冑のきしむ音と怒声が追いかけてくる。
「止まれッ!皇子暗殺未遂の容疑で逮捕する!」
「誤解だって言ってるのに!」
ドレイクが応戦しながら叫ぶ。振り返りざまに放った炎の弾が、地面に激しく爆ぜて、数人の騎士の足を止める。それでも、追手は次々と現れる。
みのりも魔法で木々の根を絡ませて進路を塞ぐが、数が多すぎる。どれだけ倒しても、後ろから鎧の音が途切れない。
「森に入るぞ!」
ドレイクが叫ぶ。
途中から雨が降り出した。霧雨のような細かい粒が、視界を覆い隠す。まるで森そのものが、2人の逃亡を拒んでいるかのようだった。
ムレイブにとって雨は鬼門――それはただの迷信ではない。迷子を生む霧、役に立たない魔道具、どこからともなく聞こえてくる奇妙な音。森が意志を持っているように思えてくる。
「……道が、わからない」
みのりが息を切らしながら言う。
霧雨はいつしか土砂降りに変わり、足元のぬかるみに足を取られる。走っているのか、滑っているのかも分からなくなる。
背後から、騎士たちの叫び声が途切れる。しんとした、森の深い静寂が2人を包んだ。
「……まさか、本当に迷い込んだのか?」
ドレイクが低く呟く。追手の気配が、完全に消えていた。雨の音しか聞こえない。けれど、それは安心感ではなかった。不自然な静けさ――それが、逆に恐ろしい。
どこかで枝を踏む音がした。生き物の気配か?それとも魔物?
「……どこか、隠れられる場所を探そう」
ドレイクが短く言った。
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ドレイクが見つけた小さな崖の穴に2人で入る。
身体を少し縮めれば収まる程度の空間。まるで獣の巣だ。だが、雨をしのげるだけでもましだった。
外では、木々を揺らす風と雨の音に混じって、遠くで何かがうなるような声が聞こえた気がした。みのりは身を縮め、息を潜める。
「……なんで、こんなことに」
「よくあることだ。誰かが皇子に毒を盛って、俺たちを犯人に仕立て上げた」
「よくあったら困るんだけど」
みのりは疲れきった声でぼやいた。自分の言葉が震えているのに気づく。
「……これから、どうするの?」
ドレイクは静かに、地面に爪で簡単な地図を描く。
「ここがスイロウ。タンガクへの道も、帝都への道も封鎖されるだろう」
「じゃあ……この海を渡れば?」
ムレイブの東側の入り江を指さす。
「そこは魔物の巣窟だ。船もない。下手に近づけば、命がいくつあっても足りん」
遠回りになるが、砦を越えて隣国に逃げるしかない――その言葉が暗に示すのは、「生きて砦を越えられるかわからない」ということだった。
みのりは黙った。雨音がどこまでも響く。ユエシャ様には、もう会えないのだろうか。皇子は……本当に助かったのだろうか。
崖の穴の奥から、風と一緒に、何かの声がまた聞こえた。
みのりは、ぎゅっと膝を抱えた。
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