第8話 恐るべき子供たち ~異世界8~


柔らかい風がオッサンの頬をなでた。

草の蒼い香りがする。

気持ちの良い眠りだった。

起きて会社なんて行かず、このまま眠り続けたかった。

だが、そこにかすかなノイズのようなものが…

遠くで声がしたような気がしたのだ。


─子供…の声か?


でも、今のオッサンにはそんなことはどうでも良かった。

ただただ眠り続けることが一番だった。

また子供の声がした。


─娘の声?


今日は日曜だから起こさなくていいんだよ、とオッサンは思った。

こんなに安心して眠れるなんて休日に決まっている。

ただでさえストレス続きの毎日なんだ、寝させてくれ。

現代社会の典型的な犠牲者。

だが、そんなオッサンの願望とは裏腹に、耳にはいってくる子供の声

がどんどん大きくなっていった。

しかも今度は男の子の声もする。


─息子の声?


パパは一生懸命働いてお金をかせいできてるんだ。

だから、その報酬として睡眠を貰っているんだよ。

君もあと20年後には理解できるよ。

息子にはそう言ってやりたかった。

とにかく眠り続けたい。

だが、二人の子供の声がどんどん大きくなってくる。

オッサンは深海から引っ張り上げられる魚のように、深い眠りの底から無理矢理引き上げられていった。


─なんだよ、せっかく寝てるのに‼


「おいリン、こいつ死んでるぞ」


男の子がそう言う声がはっきりと聞こえた。


─死んでる…だと?


オッサンは自分の頭の中が徐々にクリアになっていくのを感じた。


─これは、息子の声じゃない・


「生きてるの?…」


今度は女の子の心配と怯えが入り混じった声がした。

声質から判断するとかなり幼さを感じる。

小学生くらいの女の子の声か?

オッサンの娘は中学生だからそもそもこんな声じゃない


─だとしたら誰が?…


「…でも、何か汚いし臭いよ」


女の子が嫌悪感たっぷりに言う。


さすがのオッサンもこの発言は許せなかったのか、怒りで頭が完全に覚醒した。

負の感情のパワーは凄まじい。


─あれ?でも、なんで俺、汚くて臭いんだ?


─酔ってゲロでも吐いたっけ?


─昨日、飲み過ぎたんだっけ?


「それでどうするの、お兄ちゃん?」


二人は兄妹なのだろう、女の子が男の子に訊ねる声がした。


─起きなくっちゃ


オッサンはゆっくりと目を開けた。

少し開けただけで眩しい光が差し込んでオッサンは思わず声をあげた。


「あッ…」


すると二人は生きてると思っていなかったのか


「うぅわっッ‼」


二人同時に驚愕の声を出した。


「お兄ちゃん、この人生きてる‼」


女の子の声には明らかな恐怖が感じられた。

死んで動かなくなった汚くて臭い死体が声を発したことに驚愕したのに間違いない。


─俺はゾンビじゃねぇよ‼


とオッサンは思ったが、実際のところ今のオッサンには現状を詳しく認識できていないことは事実で、ゾンビみたいなものか、と自嘲した。


─だいたい今、俺はどこで寝てたんだ?


オッサンは自分のことと、そのまわりのことへの現状把握がまったくできていないことに戸惑った。


─記憶がない…


─俺の記憶…


と思った瞬間、最速逆再生でオッサンの頭の中に様々な断片的な記憶がよみがえってきた。


俺は病院で死んで。

葬式をあげて。

死んだはずなのに富良野(オッサンの推測)にいて。

そして…


─『ヤツ』だ‼


『ヤツ』との闘いが今までの記憶とは比べものにならないくらい鮮明にオッサンの頭の中で甦った。


─俺は…闘ったんだった…


─そして…生き残った…


でも、そのまま記憶を失って眠っていたわけか。

自分があのとき失禁したり泣いたりしたことも思い出した。


─そりゃ、汚くて臭くて子供に驚かれてもおかしくないわ。


と、オッサンは妙に納得した。

彼らには優しく自分が危険人物でないことを十分にアピールする必要があった。

何せ、あの意味の分からない『ヤツ』のことや、他にも聞きたいことが山ほどあるのだ。

オッサンはゆっくりと目を開けた。

視界の端には二人の子供の姿が見えた。

もっとはっきりと見るには首を動かさなくてはならなかった。

幸いなことに首は動いた。

そして女の子が叫んだ。


「ぎゃあぁぁぁぁ‼」


人間のものとは思えない悲鳴だった。

そして恐怖におののく女の子と男の子が守るようにしているのが見えた。

妹思いの兄なのだろう。

二人を驚かす気などさらさらないだけにオッサンは謝るしかなかった。


「ご、ごめん」


男の子はオッサンの事をにらみつけていた。


─そりゃ、妹のことを怖がらせてるのだから当然だよな


─まずは彼らの恐怖を解かないと。人畜無害のアピール。


『人とのコミュニケーションは笑顔から』

オッサンはとにかく笑顔を作ろうと努力するのだが、汚い顔で笑うと気持ち悪かったらしく。


「ヒ‼」


と女の子は再び悲鳴をあげて前衛を務めている兄の服を強く握りしめた。

だが、目だけは出してオッサンのことを見ているところを見ると、この汚くて臭い男に興味がないわけでななさそうだった。


そりゃそうだよな、こっちには汚いオッサンがいて、あっちにはあんな化け物みたいなものがいて…

っていうか、この子達はあっちに寝っ転がっている『ヤツ』より俺の方が怖いっていうのか?

とりあえずコミュニケーションを取らないとな。

そう思ってオッサンはできるだけ優しく二人に声をかけた。


「ごめん、悪いんだけど警察を呼んでくれないか?」


二人は顔を見合わせた。

そして兄の方が答えた。


「何だって?」


「警察だよ、おまわりさんを呼んでほしいんだ」


「けい…さ?」


二人はまた顔を見合わせた。


「何なのそれ?」


そう言われてオッサンは初めて気づいた。

この子達の髪が金髪で顔立ちからして外国人であることを。

オッサンは前にテレビで見たニュースを思い出した。

最近の北海道には外国人が多いって言っていた。

北半球の国のスキーヤーやスノーボーダーは自分達の国が夏の時、北半球で真冬になる日本に滑りに来るって。

でも今は寒くないし、雪も見えない。

まあ、別に夏に住んでいてもおかしくないか。

外国の子供たちなら『警察』という言葉を理解できなくてもおかしくない。

オッサンは言い方を変えた。


「ごめん、ポリス、ポリスを呼んでくれないか?」


「ポリ…」


あれ、英語でもわからないってことは、フランス系とかか


「ポリシアっていうのかな?」


「ポリ…わかんないよ、あんたの言ってること」


「えッ、わからない?」


さすがにオッサンも驚いた。

日本語がこんなに流暢に喋れて会話はできるのに『警察』がわからない。


─まあ、外人なんだからしょうがないか。


オッサンはそう思い、あきらめることにした。


「あの、向こうに町が見えるだろ?あそこに行きたいんだ」


こうなったら大人に会って話しをするしかない。

そのためにはあの向こうに見える町だか村に行かなければ。

警察署がなくてもさすがに交番くらいはあるだろう。

とにかく、あんまりここで時間を食ってる暇はない。

『ヤツ』みたいのが他にもいるかもしれないし…


その瞬間、オッサンは身体じゅうに悪寒のようなものを感じた。

恐怖が血液の中を駆け巡るような感覚。

鳥肌が立った。

さっきからうっすらと違和感をかんじていたのだが今、その正体がわかった。

最初に気づかなければいけなかった疑問。

彼らに聞かなければいけなかったこと。


─この子達…


オッサンは二人の顔を見ながら思った。


こっちを見ている二人の子供の目。


─この子たち


オッサンは極寒にいるかのような寒気を感じた。


─なんで『ヤツ』の存在に驚かないんだ?

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