2-3

 午後、十八時五十五分。


 鈴理すずり誕生日たんじょうびがおわるまで、あと五時間しかない。プレゼントはリュックにつっこんできたものの、れえなは完全に『おめでとう』と言い出すタイミングを逃してしまった。


 れえなと鈴理は、人気ひとけのない倉庫街そうこがいを歩いていた。


 空はすっかり暗くなり、風は冷たくなっている。もう九月も下旬げじゅんなので、夜になるとセーターだけでは少し肌寒はだざむかった。


 鈴理はボスと通話している。通話ごしに、ボスが説明をはじめた。


『最近、犯罪者はんざいしゃたちのあいだで“トクゲタ”と呼ばれる兵器が取り引きされているらしい』


「トクゲタ? って、なんですか?」


 鈴理が聞いた。


『さあな。うわさによれば、二脚にきゃく兵装へいそう代替だいたいしうる強力な兵器であるとのことだ』


二脚にきゃくよりもすごい兵器ってことですか?」


 ボスの説明に、れえなが聞き返した。


『まだわからん。県警けんけいはもちろん、我々ですらその実態じったいつかめていない。それは犯罪者たちも同じようで、ごく一部の情報通じょうほうつうしかそのことを知らない』


 ボスが説明を続ける。


『だが、ついさっき、その“トクゲタ”の保管ほかん場所ばしょが割れた。候補こうほは三か所。おまえたちには、まずそのうちの一か所に突入してもらう』


 なるほど。その『トクゲタ』とかいうよくわからない兵器の在処ありかがわかったから、れえなを強行きょうこう突入とつにゅうさせて戦わせようということか。


 それなら、鈴理ではなくれえなの出番でばんだ。他のことなら鈴理のほうが上手にできるけれど、二脚にきゃく操縦そうじゅうだけは自信がある。


「わかりました! じゃあ、エトワールを――」


 言いかけたれえなをさえぎって、ボスが続けた。


『いや、突入するのはスズリのほうだ。レーナは待機たいきしていろ』


「えっ? なんで?」


 れえなが聞き返した。


『大ボスの意向いこうだ。エトワールは可能なかぎ温存おんぞんしておきたいらしい。そもそも、おまえたちが向かっている場所はおそらくハズレだ。“トクゲタ”が保管ほかんされている可能性は低い』


 ボスの説明に、鈴理が口をはさむ。


「つまり、私はうまってことですか。ためしに私を突撃とつげきさせてみて、状況じょうきょう次第しだいでれえなを戦わせると」


『そういうことだ』


 掃除屋そうじや実行じっこう部隊ぶたいは、しばしばこういうあつかいを受ける。


 つまり、使い捨て前提ぜんていの作戦だ。


 基本的に、掃除屋の実行じっこう部隊ぶたいは、れえなや鈴理のような孤児こじである。孤児であるがゆえに、使い捨てしやすいからだ。


 これはある意味、しょうがないことだった。


 テロリズムはいまやビジネスだ。テロ攻撃が起これば、必ず誰かが得をするようになっている。ある国が失墜しっついすれば、ある国は利益りえきを得る。グローバル化が進んだことで、戦争すらも大きなビジネスチャンスになってしまったのだ。


 横浜では、特にその『ビジネス』が活発かっぱつだ。そんな場所を平和に保とうとすれば、警察官けいさつかんの命がいくつあってもたりなくなる。まともに対応していたら、警察けいさつ制度せいどはすぐに崩壊ほうかいしてしまうのだ。


 ――だったら、警察官以外の命を使えばいい。それこそ、


 それが、れえなたち『掃除屋』が運用されている理由なのだった。だからこそ、鈴理をごまにしようとする大ボスの判断は『正しい』。


「ずいぶん慎重しんちょうですね。別にいいですけど」


 当の鈴理は、すずしげな顔で聞き返した。


『それだけ大ボスはレーナとエトワールに期待きたいをかけているということだ。もし“トクゲタ”がとんでもない兵器だったなら、それを止められるのはレーナだけだからな』


 ボスが言った。しかし、れえなは納得なっとくできず、それに反論はんろんした。


「ボスぅ~。れえなも鈴理と一緒に戦いたいですぅ……」


『ダメだ、解雇かいこされたくなければ命令にしたがえ。協力者きょうりょくしゃを呼んでおいたから、しばらくそこで待っていろ。いいな』


 にべもなくことわられ、通話は切れた。


「……だってさ」


 そう言って、鈴理が肩をすくめた。


「別にいいって。こういう危険なミッションこそ、掃除屋の本業ほんぎょうなわけだし。私もきびしいと思ったらすぐ逃げるから」


「でもぉ~」


 ぐずるれえなに、鈴理がへらりと笑ってこう言った。


「ぐちぐち言ってもしょうがないじゃん。“あの時”のこと、まだ気にしてるわけ?」


 鈴理に言われて、れえなはどきりとした。


 彼女が言っているのは二年前、中三のときのことだ。れえなと鈴理は同じ任務にんむについていて、そこで鈴理は敵の攻撃を受け、全治ぜんちさんげつの大ケガを負った。そのときのことは、完全にれえなのトラウマになっている。


「もう何度も言ってるけどさ」


 鈴理が言った。


「あのケガは、れえなのせいじゃないんだから。もちろん私のせいでもない。たまたまうんわるくて、私が被弾ひだんしただけ。おっけー?」


 そうじゃない、とれえなは思う。


 あのとき、れえなは二脚にきゃくに乗っていた。もっと上手くやっていれば、鈴理を敵の攻撃から守ることだってできたはず――そう思えてならないのだ。


 れえなは口をとがらせ、鈴理に反抗はんこうした。


「でもさあ――ひぁ!?」


 しかし、途中とちゅうで彼女におしりをつかまれ、その先を続けることができなかった。


「ちょっと、おしりまないでよ!」


 怒ったれえなを見て、鈴理がけらけらと笑う。そんなやりとりをしているうちに、ふたりに「おーい」と声がかけられた。


「君たちが掃除屋かい?」


 ってきたのは、柔和にゅうわな顔をした壮年そうねんの男だった。背中にPOLICEの文字が入った、紺色こんいろ機動隊きどうたい出動服しゅつどうふくを着た男である。体つきはまっており、戦ったらすごく強そうだった。


神奈川かながわ県警けんけい沢渡さわたり警部けいぶです」


 沢渡さわたり名乗なのった男は、にこりと親しげな笑顔を浮かべた。さわやかなイケオジである。


 おそらく彼が、ボスの言っていた『協力者』なのだろう。しかし、警察けいさつ掃除屋そうじやのことを知っているのはおかしい。そう思って、れえなと鈴理は顔を見合わせた。


「おっと、おどろかせて申し訳ない。もう少し自己紹介をさせてくれ」


 沢渡が言った。


警察官けいさつかんというのは表の顔でね。ホントはXEDAゼダっていう組織のエージェントなんだ。CIAやMI6、DGSEみたいな、特殊とくしゅ情報じょうほう機関きかんだと思ってもらえればいい」


 彼の言うCIA・MI6・DGSEとは、アメリカ・イギリス・フランスの情報じょうほう機関きかん――いわゆるスパイ組織そしきのことだ。


「つまり、沢渡さんは日本警察けいさつ潜入せんにゅうしてるどこかのスパイってことですか?」


 鈴理が聞くと、沢渡は苦笑くしょうを返した。


「そう聞くと悪者みたいだな。まあ、“トクゲタ”を調査ちょうさするために千田せんだくんに協力しているエージェント、とでも思ってくれ」


 聞けば、沢渡はボスの先輩せんぱいであるらしい。いつもはボスと呼ばれている彼が、千田君、なんてしたしげに呼ばれているのはちょっと面白い。

 

「さて、作戦を始めようか」


 沢渡が言った。


「港川さん。きみのために、3型さんがた警備けいび機脚ききゃくを持ってきたよ」


 気付けば、れえなたちの近くに警察のトレーラーが停車ていしゃしていた。そのトレーラーのコンテナウイングが開き、中に入っていた兵器が姿すがたあらわす。


3型サンガタ警備けいび機脚ききゃく〉。


 それは、神奈川かながわ県警けんけい特殊部隊SAT配備はいびされている二脚にきゃく兵装へいそうだった。


 その機体をひとことで言い表すなら、『テレビのお化け』である。それは、巨大なテレビから手足が生えたかのような、どこか愛嬌あいきょうのある見た目をしているのだ。


 ダンボールをかさねたかのような、全高三・二メートルの人型兵器。頭部はなく、直方体の胴体どうたいに、カメラや各種かくしゅセンサーを内蔵ないぞうしたガラス窓がうめこまれている。それがブラウン管のテレビっぽい印象いんしょうだった。


 機体カラーはダークブルー。右手にじゅう機関銃きかんじゅう、左手にシールドを持つ、標準的ひょうじゅんてき装備そうびの機体だ。それが二機、トレーラーの中に格納かくのうされている。


 鈴理が〈3型〉の背中をよじのぼり、ドアを開けて中に入っていく。もう一機には、沢渡が乗り込んだ。


『沢渡さんも戦うんですか? 警部けいぶなのに』


 インカムごしに、鈴理が聞いた。


 彼女の言うことはもっともだ。警部とは本来ほんらい現場げんばでバトルするような役職やくしょくじゃない。椅子いすすわって指示を出すタイプのえらい人なのだ。


『俺はあくまでバックアップをするだけだ。先鋒せんぽうはまかせる。千田君から聞いてるよ、君は優秀ゆうしゅうだとね』


 沢渡が説明した。


『ボスがそう言ってたんですか?』


『そうだよ』


 鈴理の質問に、沢渡が答える。問題児もんだいじである鈴理は、ふだんからボスに怒られてばかりだ。だからめられたことが意外だったのか、『お~』なんて歓声かんせいをあげていた。


『じゃあ、よろしく』


 沢渡が言った。


了解りょうかいです』


 鈴理の声とともに〈3型〉が静かに動き出し、コンテナから道路につ。バッテリーを使った静音せいおん駆動くどうだ。


 目標もくひょうは二百メートル先にある倉庫そうこ


 そこに『トクゲタ』と呼ばれる『すごい兵器』がある――かもしれないし、ないかもしれない。それを、鈴理が強行きょうこう突入とつにゅうしてたしかめる。


 鈴理の〈3型〉が、シールドとじゅう機関銃きかんじゅうをかまえて姿勢しせいを低くする。


『――では、突入します』

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