第三節「雨宿り」

 少年が止まった。そう言う事をしても良い場所まで来たのだ、少年の心が怯えの走行よりも安堵の停止を選んだ場所、少女の体を安置すべく捜し求めていた偽りの平穏を帯びた空間、それは森に面していた洞窟だった。その闇の中に嬉々として入る少年の姿は、逆にこの世界の明るみではまともに存在できない事を如実に物語っていた。まるで静かに愛し合える夜になるのを待つ恋人の様に、少年と少女の体はその闇の中でただじっと息を潜めて体を寄せ合っていた、少年は無意識にか意識的にか少女の命が今はもう失われてしまっている事を忘れてしまっているようだ、そうでもしなければ、走ってしまったからだけではない心臓の高鳴りを冷や汗を止める事が出来ない、今この場に居るのが自分だけでしかも闇の中に半ば強制的に収容されてしまっている状況に屈しない為に、彼の心は隣で肩を寄せてくれる人を必要としていた。しかし、彼は少女の胸を必要とはしないでいた、そこに温もりが無いのはわかっているから、肩だけ、温度と言う命の証明が伝わらない肩だけを隣の、少女、少女だった物に借りて心を落ち着かせようとしていた。

 少年は洞窟の出口に向けていた視線をそこから外した、森が灰色の好きにされて汚れていくのは見ていたい光景では無かったし、その出口から出て行く、と言う事も今は全く考えの外に有ったからだ。そして、奥の闇を見据えた。見据えたが、そこに有るのは正確には闇とは呼べない物だった、其処にも出口から入ってきた物の痕跡、光の欠片が有ってこの洞窟が余り深い存在ではない事を教えてくれた。この光の欠片のどれかが、自分なのだろうな、と少年は思う。この洞窟に一時凌ぎに入って来たとしてもこの洞窟は自分を救ってくれる存在ではない、自分を何処か純粋なる凍結の闇の中に封印してこの灰色が完全に過ぎ去る何時しかまで護ってくれると言う様な事は無い、表の痛烈な灰の明るみから逃げようと入って来た憐れな光たちに逃げ場が無い事を告げ、そして彼らが悲嘆と絶望に暮れながらまたどうしようもなく明るい表の一部になって遂には灰の賛同者、従属者となって世界を蹂躙し尽くす為に外にまた戻っていくその時までの雨宿りをさせてくれる仮初の優しさ位しかこの洞窟は持たない、自分はそしてそんな仮初の優しさを知りながらも洞窟と言う弱き守護者の守護に甘えてしまっている。続かない抱擁、続かない温もりを、人でなくこんな冷たい洞窟に求めてしまう自分の切ない愚かな人間性よ。だがそれでも、この少女にとってはこの生の感じの欠如した静寂の空間は十分な安らぎと呼べるのかも知れない、あんな灰に塗れて人間の死に際まで否定されて終るより、この場で静かに眠るように終る事の方が、この少女にとってはよっぽど人間らしく、暖かい生の閉じ方で有るだろう。そして自分も、もしこのまま幾日もしない内に存在する事を止めねばならなくなるのだとしたら、この少女の隣で安らかにそう出来たら良いな、何となくこの偽りとは言え間違いの無い平穏に包まれた場所に有っては、穏やかな寝顔のようにも見える少女の顔を眺めながらそう願った。

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