第19話 血の契約

『…………』


 吸血鬼少女はのっそり起き上がると、無言のままちゃぶ台の前に座った。


 彼女は目の前にあるものが何なのかしばらく見つめていた。


 人間が振る舞う料理は初めてだろう。神妙な顔つきで匂いを嗅いだり、丼を持ち上げたり、そうした観察を行なっていた。


『毒は仕込んでおらんな?』


『するわけないでしょ。そんなバチ当たりな』


 やはり私のことをまだ警戒していた。


 口で言っても信用されないのなら仕方ない。


 私もちゃぶ台の前に腰を下ろすと、彼女に見せつけるようお箸を使ってレバニラ丼を一口食べてみた。


『ほら、美味しい。我ながら上出来ね』


 私は彼女に向かって味の感想を伝える。


 鶏レバーの苦味は少なく臭みもまったくない。お肉も柔らかく仕上がっているし、甘辛い味付けが野菜にもちゃんと染み込んでご飯にも合っている。


 お店で出しても恥ずかしくない出来栄えだ。長年で培った家庭スキルは伊達ではない。


『…………』


 私が食べ始めると、吸血鬼少女もためらいがちに箸を手に取った。


 使い方がわからないようで見事なグー握りだった。スプーンとかを用意してやれば良かったのかもしれないが、今更なのでそのまま様子を見ることにする。


 彼女は箸の先で肉を刺し、それを口に運ぶ。毒味するように一口だけ小さくかじり、ゆっくり時間をかけて咀嚼そしゃく


 何度も同じことを繰り返しつつ、その間も彼女は私のことをジッと見ていた。不服そうな顔つきを浮かべながらも、彼女は私が出したレバニラ丼を突っぱねようとはしなかった。


『口に合う?』


『……まぁまぁ』


『そう、それはよかった』


 吸血鬼少女の態度は相変わらず素直ではなかった。だけど、私は彼女がちゃんと食事してくれているだけで満足だった。


 ニコニコと微笑む私に彼女は居心地の悪さを感じているようでもある。何か裏があるのではないかと、そう勘繰ったまま私に気を許す素振りはなかった。


『血以外の食事を受け付けない吸血鬼も中にはいるって本で読んだことがあるのだけれども、あなたはそのたぐいじゃなくて良かったわ。これ以上、私の身体から血を抜かれちゃたまったもんじゃないからね』


 私は食べ終わった後の食器を下げた。


『……お主はなぜこんなことをする?』


『ひとりで生きていけるほど私は強くないのよ。これでも必死に毎日を生きてるの』


 私は食器を洗いながら彼女の問いに応える。


『私は利用できるものなら何だって利用する。効率の良いやり方はもちろん汚い手だってね。奪われたまま、何も得ることもないまま、こんなところで死ぬつもりはないの』


『……ワシの力を借りる気か?』


『まぁ、そうかもね。離界者のことを知るには、やっぱりその存在から聞く方がいいから。それに、あなたは人型の存在だから倒すのに気が引けちゃってね……』


 私はスポンジ片手に吸血鬼少女へと振り返る。


『私は最高位のランカーに成り上がりたい。だから、あなたの力を借りる。あなたは私のサポートをしなさい。その代わり、私はあなたに安心して生きていける場所と、血の契約を交わしてあげる』


『血の契約……?』


 吸血鬼少女は横目で私のこと見遣る。


『大したことはないわ。ただ時々、あなたが血が欲しくなった時にあげるってだけのこと。吸血鬼は血を吸わないとダメなんでしょ?』


『まぁ、そうじゃな……』


『血を吸うのは私だけにしておきなさい。我慢して許してあげるから。私としては一般人に危害を加えてほしくないのよね。それに、そんなことしたらあなたは立場が悪くなってランカー達から狙われることになるわ。最悪、生きていけなくなるかも』


 そこまで語ってから私は自分の首筋に人差し指を添えた。


 そこは以前、彼女に噛まれた箇所だ。


『血の契約……私はあなたに必要な分だけの血を与える。その代わり、あなたは私のために力を貸しなさい。この私がランカーとして上位に君臨しDARSの一員になるまで』


『それは……』


『すなわち協力関係を築きましょう、ってこと。悪い話じゃないと思うわ?』


 私はにっこりと笑った。

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