第16話 チアキのダーティファイト

『よぉし。かかって来なさいこの生意気な吸血鬼め。あんたなんか私が徹底的にブチのめしてやるわ』


 私は腰部の射撃兵装を手にし、吸血鬼少女を憎たらしく煽った。


『ほほう。言ってくれるではないか』


 その偉そうな物言いが彼女のしゃくさわったようだ。


『ならば後悔させてやろう』


 吸血鬼少女はそう陰惨いんさんうそぶいて体勢を低く構えた。


 陸上競技でいうクラウチングスタートの構え、そこから吸血鬼少女は脱兎だっとの如く駆け出した。


『どりゃああ!! 往生おうじょうせいやぁあーー!! この目ぇ半開きの澄まし顔女めぇえ!!』


 なんとも乙女らしからぬ掛け声であった。


 吸血鬼少女は両手を大きく広げながら猛然もうぜんと私に迫る。


 その様は威嚇いかくする時のオオアリクイのポーズに見えて、怖さよりも可愛らしさの方が遥かに勝っていた。


 私と吸血鬼少女の距離は二◯メートル程度。あっという間にその差は埋められてしまうだろう。仮にも相手は『離界者』その身体能力は人間とは比べものにはならない。


 だから私はその身体能力を無力化させるため、対抗手段を講じた。


『ふんっ』


 私の手の中にワイヤーが握られていた。


 それはオクトパスバインドのカートリッジから射出されるワイヤーの一部。透明な素材で作られたそれは森林の背景に保護色の如く溶け込み、その存在をトラップ作動の間際まで潜めていた。


 私が手前に腕を引くと、地面に降り積もった木の葉の中に隠されたワイヤーが現れる。


 こんなこともあろうかと吸血鬼少女に気づかれないよう前もって忍ばせておいたトラップである。


 こうして木々を仲介にして私と吸血鬼少女の間に見えづらい線が張られた。


『うぉおおお!! って、おわぁあああ!?』


 無警戒で猪突猛進ちょとつもうしんの吸血鬼少女。足元がまったくのお留守である。


 彼女はまんまと私のトラップに引っかかり地面に向かって顔面からダイブする。


『よしっ』


 私は手のひらに伝わる確かな手応えに思わず肩を跳ねさせた。


『あーーっ!!』


 ズザザ、と吸血鬼少女は間抜けにも両手を広げたままの姿勢で地面を滑り、私の足元まで来た。


『痛ぁあ! いったい何が起こったんじゃあ!?』


 吸血鬼少女は転んだ地点を振り返り、そして足元に絡まったままのワイヤーを見て喫驚の声を上げていた。


 今のうちに……と、私は射撃兵装にスパイダーネットのカートリッジを装填そうてん。そのままよどみなくトリガーを引き、吸血鬼少女の膝から爪先まで蜘蛛の巣型のトリモチを浴びせた。


『な……っ! お主! 今度は何を……!?』


 何がなにやらわからないまま次の事態が身を襲う。


 彼女はスパイダーネットにより下半身を捕縛されてしまっている。


『こ、これは……ネバネバしてて、身体に引っ付くぞ……うええ、気持ち悪いぃ……』


 それは抜け出そうにも困難を極めるもの。


 スパイダーネットのトリモチは吸着力が強いうえに、力任せに引っ張ったところでも千切れず伸び、返って己の身にまとわりつくものであった。


 それを剥がすには熱を与えるしかない。


『きっ、貴様ぁ……また汚い手を使いおってからにぃ……!』


 吸血鬼少女は私のことを恨めしく見上げていた。


 ネバネバの拘束に手間取って彼女は立ち上がることができずにいる。


『あのねぇ! 私の目は半開きじゃなくてジト目っていうのよ!』


 実を言うと、さっきの暴言が気に障っていた。


 私はクールビューティーな女子高生なのだ。それは間違いのないことなのだ。


 ジト目はそれの象徴たるもの。


 たまに死んだ魚みたい目をしてるって言われるがそんなことはない。決してない。


『うぎぎ……ちょっ、待てい……このっ』


 私は彼女の背後に回ると、そのか細い首周りに腕を回して羽交締はがいしめにした。


『さぁ、降参なさい! 大人しく私のものになるのよ!』


 ギリギリと力を強めて、私は吸血鬼少女が降参するまで粘り続ける。


『してたまるか……このぉ……!』


 吸血鬼少女は抵抗する。


 私の頭にガンガンと頭突きをしたり、肘打ちを入れてきたりと往生際悪く足掻あがいていた。

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