第13話 チアキの想い

 私は吸血鬼少女に自分のことを話した。


 普通の家庭に生まれたこと、好きなものや苦手なもの、学校での過ごし方など……そんな他愛のないことから語り始めて、普段の私というものを知ってもらおうとした。


『私の名前は早乙女チアキ。よかったら覚えておいて』


 その話の節目に私はようやく自分の名前を彼女に告げた。


『さおとめ、ちあき……そうか、お主の名前はチアキというのか』


 吸血鬼少女は何度か私の名前を呟いていた。


 意外なことに彼女は私に興味を示してくれているみたいだ。


 そのことに気づくと少しだけ嬉しくも恥ずかしい気持ちになった。


『話を続けるわね。なぜ、こんな私がランカーを志したのか。あなたはそれがいちばん知りたいでしょうから』


『ああ、ランカーとやらが何か気になっておる。ワシらのような存在を狩ることに何の意味があるというのだ?』


『それを話すには十年前の東京侵略事変のことをあなたに語らないといけないわね』


 私は居住まいを正してから先のことを話し始めた。


『あなた達のようにこの世界とは別から来た者達を離界者と呼ぶのは知ってるわよね?』


『ああ、それはな一応だが知っておる。ワシがそのことを知ったのは道に捨ててあった新聞紙からだった。外界の存在という意味があるそうだの』


『ええ、その通りよ。離界者はあの日を境にこの世界に現れた。そして、私達の平穏を脅かしたくさんの犠牲者を生み出した』


 吸血鬼少女は少しだけ居心地悪そうに身を縮ませていた。


 このような話はこの子にとって嫌かもしれない。


 だけど、私は止めなかった。


 この子が『離界者』である以上、知っておかなくてはならないことだ。


 その事実と向き合わなくてはならない。


 いつの日か、何処かの誰かからその恨みと悪意を向けられる日が来るかもしれないから。


『私のお父さんとお母さんはね、離界者に殺されてしまったと思う』


『…………それは』


『二人はあの時、仕事で東京にいたから。もう十年以上も経つのに私のもとに戻って来ないし、連絡のひとつも来なかったの。だから、きっとあの日に私は両親を失った』


 吸血鬼少女は私から視線を逸らして地面を見つめていた。


『私はひとりでも生きていける道を探さなくてはならなかった。とにかくお金が必要だった。生きていくにはね。でも、私のような子供じゃ充分にお金を稼ぐなんて無理なの』


 私は過去を思い返しながら訥々と語る。


『だから私はランカーになることを選んだ。離界者は私からお父さんとお母さんを奪ったから……そんな理由もあったから憎いバケモノを退治してやろうって思いもあったわ』


『そうか……』


 吸血鬼少女は納得したように小さく頷いていた。


『人型の離界者がいたとしても……私は迷わずに倒せると思った。だけど、あなたの姿を目の前にして、その間際になって、私はそれができなかった』


『……ワシが人のカタチをしていたからだな』


『それもあるけど、私は離界者側の事情とかそういうのを何も知らないなぁ、って思ったの。あなた達にも何か大事な理由があってこの世界に来て、ひとを襲わなくてはならなかったのかもしれないから』


『じゃが、ワシらはお主らにとって敵じゃ。それは変わりないこと。大事なものを奪い、取り返しのつかないことをした。それは許されることではない』


 彼女は自分がその『離界者』のひとりであり、罪の重さを理解したうえで私の思いに応えた。


『ワシらはわかりあえる存在ではないな』


『でも、ひとも時には自分の都合で罪のない他の生物を殺すもの。食べるためだったり、ただ邪魔だからって理由でも。だからね、あなた達のことだけを一方的に批難するなんておかしな話じゃない?』


『……それは、そうかもしれんな』


『私はあなたを見て、奪われたから奪ってもいい、傷つけられたから傷つけてもいい……そんな認識が軽率で間違ってるように感じた。こうやって思いを伝え合うことができるのに、それをしないなんて怠慢だし間違ってるように思えたの』


 吸血鬼少女はまた私に視線を戻した。


『あなたのような人型に出逢えたのは何か意味があるんだと思う』


 彼女は私の横顔をジッと見つめている。


『だから私はあなたとこうして話をしてみたかった。それがその理由。わかってもらえたかしら?』


 私は自分のことを話し終えて、隣にいる吸血鬼の少女に笑いかけた。

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