第10話 この世界で戦うということ

 朝、目覚めた瞬間、体を包む感覚がまるで違っていた。昨日まで感じていた微妙なズレが消え、むしろ身体がより洗練されたような感覚がある。

ゆっくりと指を動かし、次に腕を回す。関節が滑らかに動き、筋肉が無駄なく反応する。昨夜までの違和感が薄れたどころか、今まで以上に精密な動きができるような気がした。

ふと、窓の外に目を向ける。遠くに流れる川のせせらぎが妙にクリアに聞こえ、朝露の香りが鼻をくすぐる。昨日まで意識しなかった微細な音や匂いが、鮮明に飛び込んでくる。五感の解像度が一段階上がったようだ。

いつもの体操を始めると、その変化はさらに顕著だった。以前より動作がスムーズで、地面を蹴ったときの反発力や、腕を振るった際の空気の抵抗すらもはっきりと感じられる。

「……これは、本当に別の体になったみたいだな」

エーテリッドを受けたあとに冗談じみて言ったがまさに改造手術を受けた気分である。


「おはよう、エッタ。体がすごく軽いんだけど、これって…」


朝食の場で朝感じた違和感のなくなった体の変化をエッタに伝えてみる。


「エーテリッドの効果が安定してきた証拠よ。マナの循環がよくなって、体がマナの循環に馴染んでそれ自体を力として使えるようになっているはずよ」


「うん、力が強くなっているのは実感してる。それだけじゃなく、視界が以前よりも広く感じるし、音も遠くまで聞こえる気がする。あと……匂いも強くなったかな。いつもと同じ料理のはずなのに、肉の焼けた香りがやけに鮮明だ」


「それも気の所為ではないわ。五感も全てが今までよりも鋭くなっているはずよ。人によっては鋭くなりすぎて気持ち悪くなったり、料理の好みが変わったりするけど、クウォンはどう?」


「今の所そういった事はないね。ご飯もちゃんと美味しい」


腸詰め肉を新しく口に運んでそう答える。まだ数日であるが出される食事は大変美味しく不満という不満は一切ない。いずれは自分で調理できるようになりたいものだ。


「ふふ、それはよかったわ。それじゃとりあえず今日の予定を話すわ」


嬉しそうに言葉を続けるエッタ。


「今日は何をするんだ?」


「法理術を使うための杖ーーーアスタギアを作ってもらうため、鍛冶屋に行くわ。エントリアには腕利き鍛冶師がいてね、彼女にお願いするわ」

「アスタギア」

「ええ、アスタギアは法理術を安定して行使するための補助具全般を指すの。杖の形をしているものが多いけど、それは扱いやすいからよ。実際には形状に決まりはないわ。たとえば、これ」

そう言って、エッタは以前の戦いで使った短刀を見せた。

「短刀もアスタギアなの?」

「ええ。法理術を使うためには、マナの流れを制御する媒介が必要なの。アスタギアには、それを補助するための加工が施されているのよ。つまり、短刀でも、剣でも、場合によっては弓や盾でも、法理術を安定して発動できるように調整されていればアスタギアになるの」


そう言って以前大蛇を両断したときに使っていた短刀を見せてくれた。どうみても杖という言葉には当てはまらないが、この世界ではそういう定義なのだろう。つまり、金槌だろうと野球バットだろうと法理術を行使するための補助機能を有していれば杖(アスタギア)と呼称されるというわけだ。なかなかに紛らわしい。


「なるほど……でも、こういうのって結構高価だったりしないか?」

「もちろん、ただの武器としてじゃなく、法理術の補助機能もあるからね」

それはそうだろうな……と納得しかけたところで、ふと気づく。

「あれ、そもそも自分、この世界の通貨を持ってないんだけど?」

「それはわかっているわ。なのでお祖父様からいくらか預かっているわ。エントリアで仕事をしながら返してくれればいいそうよ」


それは助かる。ここまで助けてもらってばかりでエッタとジードさんには頭が上がらないな。できるだけ早くこの世界に馴染んで恩を返してゆきたいこところだ。


◇    ◇    ◇


村の鍛冶屋に到着すると、話に聞く鍛冶師が迎えてくれた。


「ようこそ。あたしはニナ=アンバーライト。見ての通りの鍛冶師だ。よろしくな」


ニナ=アンバーライトと名乗った彼女は齢30歳くらいの女性で、燃えるような赤毛が印象的だ。そのグラマラスな外見の下には、締まった筋肉と歴戦の戦士を思わせる傷跡がある。褐色の肌には健康的な輝きがあり、オリエンタルな雰囲気をまとった美人である。


「おお、お前がクウォンか。エッタから聞いてるよ、さぁ中へ!」

ニナは豪快に笑いながら、奥へと案内してくれた。


「さて、それじゃアスタギアの具体的なオーダーを聞こうか」


「対魔獣用でサイズは中型から大型、レンジは遠近両用で頼めるかしら。これは彼の適正よ」


エッタがニナに先日ヘレナ先生から受け取った適正診断結果を見せながら代わりに回答してくれる。


「ふむ、構わないがそれだと結構重くなるが、その華奢な体で扱えるのか?」


ニナはこちらの体をじっくり観察してそんな意見を返す。

まぁもっともな意見である。エーテリッドを受けて体がこのように変わってしまう前から筋肉隆々な体とはとても言えない華奢な体躯であった。従姉妹曰く、自分たち一族の特に男子はそういう体質なのだとか。自分もその例に漏れずそれなりの筋トレをやってきたのだが思うように筋肉は付かなかった。それがコンプレックスになっている面も多少あることは自覚している。


「それは試してみて判断すればいいと思うわ。そっちでね」


エッタはそういうと窓の外の中庭を指さした。


「エッタがそう言うならそうしよう。というわけでクウォン、お前の適正がみたいから中庭に出ようか」


エッタの提案にニナも同意し、三人で中庭にでる。十分な広さの中庭の隅に様々な種類の武具が置かれている。おそらくここは製作した武具などを試してみるためのスペースとして使われているのだろう。置かれているターゲット用の木人などからそれは明らかだ。


「では、まずはお前の力を測るところから始めるぞ。まずはそこにあるアスタギアを一通り試してみてくれ」


「了解。それじゃまずはこれから……」


置かれているアスタギアと呼ばれた武器の中からファンタジーの王道とも言える剣を手に取る。大ぶりの両手で振るうタイプの剣だ。


「よっと……ふむ」


両手で持って軽く振るってみる。両手剣は見た目通りそれなりの重量だが想像よりも軽く振り回すことができた。やはりこれもエーテリッドによる身体能力の向上によるものだろう。


「変わった流派だな。両手剣を扱ったことがあるのか?」


「いえ、自分はありませんが知り合いに少し……」


無意識に両手剣を振るうよく知る人物のイメージをトレースしていた。お手本となる剣筋は苛烈でありながらも美しい自分のコンプレックスの一角を担う人物だ。元気にしているだろうか……。


「おっと」


小さくつぶやきながら、気を取り直して剣を振り下ろす。散漫な意識を集中させ、剣の重みを改めて感じる。一応振っては見たものの正直自分にはあっていないようだ。気持ちを切り替えて別の武器を使おう。


◇    ◇    ◇


片手剣を試す。軽くて扱いやすいが、リーチが短く、決定打に欠ける気がする。

両手剣は重さのわりに振りやすかったが、大きなモーションが必要で、素早い動きと相性が悪い。

槍は取り回しが難しいが、間合いの広さは魅力的だ。何度か振ってみると、意外にもバランスの取り方にすぐ馴染める。

しかし、ふと気がつけば左手に小太刀、右手に拳銃を握っていた。


「うーん、よりによってそれを選ぶのか……しかもその組み合わせで」


「クウォン本当にそれでいいの?」


見ていた二人の感想はこんな感じである。


「まぁ一応このスタイルで長い事やってたので」


右手の拳銃は地球式のものと比べるとずいぶん形は違うし、左手の小太刀はどちらかという片刃の短刀といった感じではあるが、慣れ親しんだスタイルに近いこれが一番しっくり来るのだ。


過去に軍属だった時代は、ずっとこのスタイルで任務についていた。元々小太刀を使う流派を学んでいたのだが、軍属になって別の師のもとで中距離にも対応できるようにと拳銃を併用するスタイルへと派生していった。


「まぁ武器種はまたあとで考えるとして、次は軽くあたしと戦ってみるぞ」


「……模擬戦ってことでしょうか」


「そうだね。動きを見たいから遠慮なくかかってきな」


「クウォン、怪我の心配はないから全力でいくのよ。がんばって」


エッタからのそんな激励の言葉が耳に届く。怪我の心配がないということは法理術やらで安全が担保されているのだろう。ならば胸を借りるつもりで全力を尽くそう。


深く息を吸い込んで、地面を蹴る。正面から飛び込むのではなく、相手からの射線を避けるように斜め前に。捉えられないように不規則に動き要所で相手に向けトリガを引く。相手に向かって飛んでいく光弾を確認せず対応する動作だけを目の端に捉え、不意に滑るように相手に肉薄する。姿勢を低く獣のように下から上へ。防弾チョッキなど装着している相手を想定した攻撃である。中距離の銃撃による崩しからの斬撃や刺突による追撃により確実に相手を倒すことができる。そんな攻撃なのだが……。


「ふんっ」


瞬間、ニナの足元が微かに動いた。

(――来る!)

体が反応するよりも早く、強烈な衝撃が襲う。

「ぐっ……!」

バトルアックスの一撃が横から飛び込む。完全に捉えたと思っていたが、彼女はほんの一歩、最適な位置へと動いていた。

それどころか、こちらの動きすら見切られていたのかもしれない。ちなみに右手の拳銃から放った光弾も、障壁のようなものに阻まれていて体勢を崩すどころか届いてさえいない。


はっきり言って現代地球の銃火器の戦術などまったく通用しない。現代では銃撃はどんな人間にとっても致命傷となりうる。しかし、ここではそんな常識は通用しないのである。


「これは……一筋縄ではいかないな……」


銃を手にした時、二人が交わした複雑な表情の意味がようやく理解できた。光弾を高速で飛ばすこの銃は決して弱い武器ではないのだろう。手合わせの前に、地面に数発放ってみて、地面の抉れ方からおおよその威力の把握をしていたが、少なくとも一般的な携行できる小口径の拳銃よりは威力はある。が、それ以上に有用な武器と戦術があるのだろう。まぁ今それが分かったところでどうにもならないわけなのだが。とにかく、命が掛かっているわけでもないので思いつく限りの手でニナに向かっていくのであった。


◇    ◇    ◇


「さて、概ねわかった」


息も絶え絶えで、大の字になってエッタに介抱されている脇で、ニナは先程のテストについて話す。


「クウォン、お前は膂力に敏捷性、判断力全て高いレベルにある。戦い方を覚えてそれに合ったアスタギアを持てばこの落ちた枝でも十分戦っていける」


「こんなザマですけど?」


あれからニナのOKがでるまであらゆる手で攻め続けた。それこそ力士に向かっていくちびっこ相撲少年のように軽くいなされ続けた。はっきり言って見るべきところなんざ皆無な状態である。


「エーテリッドを受けたばかりで戦い方も知らない頭に殻が乗ったままのヒヨコの状態で戦いになるはずがないだろうよ」


「それはそうなんですが……」


「クウォン、お前の戦い方は一撃食らったら終わりのルールを戦い抜くための戦い方だ、違うか?」


「すごいな、そこまでわかるんですね」


「ああ、人の視線や動作、そして反応、それらを研究して編み出した最適解。あの動きは多くの人々の手を経て至った確固とした凄みがある」


さすがは武具のプロフェッショナルだ。武具だけでなくそれがどのように運用されるか、そしてそのために考えられた戦術なども正しく読み取っている。


「しかし、ここではルールが違う。法理術による防壁をいち早く抜いたものが勝つ。それはさっきので理解したろ?」


「ええ、身を持って」


先程の模擬戦で痛感したが、法理術による防壁は単純な物理攻撃に対して圧倒的な効果がある。体感では9mmどころか12.7mmの銃弾でも簡単に突破できそうにない。


「そういうわけで、対人戦の基礎は十分できているようだから、まず対魔獣のルールと戦い方を覚えていけばいい。少し待っていな」

そう言ってニナと一緒に屋内に戻り、しばらくすると手に何かを持って戻ってきた。

「ほら、触ってみな」


手に持っていたものを渡される。それは1.6m程度の杖……というよりも槍のようなものだった。槍とはいえ棒の先に金属の穂先がついているようなものではなく、天然の木の枝をそのまま切り出して、先端を穂先のように加工したものという表現が近い。色は全体がブラッドレッドで、刃先は突くだけでなく斬ることもできるくらい広くなっている。持ってみると枝のような見た目とは思えない重量感で確かに槍であると実感する。しかし、重心位置や重量配分はよく、取り回しに苦心するほどの重さは感じない。


「クウォン、お前のアスタギアとして、槍の形状を持つ杖を提案する」

ニナは赤い枝のような武器を手に取りながら続ける。

「普通、アスタギアは杖の形状をしているのが多い。だが、お前は近接と遠距離の両方を併用するスタイルだろう? ならば、純粋な杖ではなく、武器としての側面も兼ね備えたもののほうがいい」

手に取ると、意外なほどにしっくりくる。振ったときの重さ、バランスが自然に馴染んだ。


「これが……?」

「ああ、こいつが今言ったアスタギアさ」

「槍……理由を聞いても?」


「ああ、まず初心者は機能を多く搭載できる大きめの杖を使って法理術の上達にあわせて徐々にサイズダウンしていくのがセオリーだ。しかし、膂力があり大ぶりの杖を十二分に振るえるならそのまま戦える武器としての性能を併せ持たせることで、どんな場面にも対応できるアスタギアになる。さっきの模擬戦でお前が使ったような中距離からの牽制や崩しからの近距離での追撃、といった戦い方もな」


「なるほど、それは確かに」


これまでに槍を使ったことはないし、「姉妹」の中でも薙刀使いは居たが槍使いは居なかった。とはいえ、プロの見立て通り使ってみると思ったよりしっくり来る。ここは新しい環境に合わせて宗旨替えをしてみてもよいかもしれない。


「それで、どうだい?」


「いいですね、これでいきます」


こういうのは理屈よりもフィーリングだ。


「よし、それじゃもう少し詳しくこいつの説明をしようか」


ニナはアスタギアを受け取って説明を続ける。


「プリセットできるスロットは5、穂先から光刃を飛ばせる機能がついている」


「プリセットできるスロット?」


「ああ、そうか。そこらへんの基礎知識もまだなんだな」


「ええ、明日から法理術の基礎講座を始める予定だったからまだなのよ」


エッタが代わりに答える。


「なら説明しとくぞ。法理術を使うためにはミスティコードを構築してそれを走らせるんだが、プリセットスロットに登録したミスティコードは毎回構成しなくてもマナ装填だけで発動できる、この説明で伝わるか?」


なるほど。ゲーム知識で補間すると、魔法を使うのには普通は魔法の詠唱が必要だが杖に魔法をセットしておけばセットした魔法は詠唱無しで使えるということだろう。


「ええ、大丈夫です。プリセットした法理術は詠唱を破棄して使えるということですよね?」


「詠唱……これまた古い言葉がでてきたな。考え方は間違っていないが、お前の口から詠唱という前時代の単語が出てきたことに驚いているよ」


「クウォン、アースティアの故郷には法理術はないのではなかったのかしら?」


エッタが不思議そうに首を傾げて問う。


「法理術というものは地球では存在しないはず……たぶん」


「思ったより自信なさそうな答えなのね?」


「ええ、こうしてエルミナスへ来てみると、もしかしてと思う事もあったような気がするので……と、話がそれた。一応地球では法理術や魔術・魔法は非実在の空想上のものとして創作物にのみ存在しましたので、そういった想像上の概念としては知っています、というのが回答です」


「なるほど、そいつは非常に興味深いがとりあえずこの杖の話に戻そう。光刃を飛ばす機能についてはエッタにあとで聞くといい。その短剣と同じ機能だからな」


あの大蛇を両断した機能がこの槍にもついているらしい。もうそれだけ相当強くないだろうか?


「概ね理解しました。ちなみにこのアスタギアに銘はないのですか?」


「ああ、言ってなかったね。そいつの銘は「赤枝」だ。エルミナスにおいて”枝”は大樹からの恵みの象徴だからな」


「赤枝、すごく良い銘ですね」


見た目そのままの名だが、シンプルなのがかえってこの杖の良さを引き立てているように感じる。


「他に質問はあるかい?」


「メンテナンスはどうしたらよいでしょうか?定期的に持ってくればいいですか?」


「いや、こいつはイグドライドの杖だからどんなに酷使しても折れたり欠けたりヒビが入ったりすることは稀だよ」


「ええぇ……なんなんだその超金属」


ファンタジー世界でよくあるオリハルコンとかミスリルとかそういう類のものだろうか。


「クウォン、イグドライドは大樹の一部が炭化して構成されると言われているわ。それこそあの大樹があの大きさを保てるのは大樹の一部がイグドライドとなることで大樹を支えているからなの」


なんと、樹木には自重で折れてしまわないように幹の中を中空にして、一部を金属のように固く炭化することで自らを支えることがあるというが、あの大樹も同じような理屈が適用されるらしい。そしてあのスケールの大樹を支える超物質、それはまさにカーボンナノチューブのような物質なのだろう。一介の大学院生としてそれはものすごく興味がある。


「しかし、硬すぎてほとんど加工ができないのさ。イグドライドの武器は法理術を使うためのマナの通りもよく耐久性にも優れている。しかしそもそも加工がほとんどできないから量産できない。よって、大樹から剥離して落ちたイグドライド片から目的に合った形状に限りなく近いものを探すしかないのさ」


なるほど。それでこの赤枝は自然物そのもののような武器としては歪な形をしているのだろう。つまるところ赤枝は世に2つと存在しないワンオフの杖なのだ。


「希少な杖なんですね。価格を聞くのが怖いです」


「ああ、そういえば価格を言っていなかったね。ほれエッタ」

「20万ブラン……思ったより安いのね」


「そいつは監視塔の爺さんが回収してきた瓦礫の中の一部だからな。その分安くなってるのさ」


「また、どこかの枝の一部が崩落したのね。人的被害は?」


「今回は0だったそうだ。だが爺さんも最近頻度が増えたと言っていたね。まったく嫌なかんじだよ」


そんな会話がエッタとニナの間でされるが、こっちは値段のことが気になっていた。


「ごめん、エッタ。20万ブランってこっちの世界だとどのくらいの価値なのか聞いていい?」


「ええ、お金のことも知っておいたほうがいいわね……うーん、そうね。エントリアの感覚は参考にならないから……」


「クウォン、人族が多い第三枝の国で言うと、平均的な月収が大体2000ブラン、普通の食堂で出る一食が5ブランくらいさ」


「え……そうなるとこの杖の値段は……」

日本円にすると、約2000万円。

「……2000万!?」

頭の中で計算が弾け飛ぶ。月に10万円程度返したとしたら16年8ヶ月。まるで家を買った気分だ……。

「ちょっと待ってエッタ?! 普通に返したら16年8ヶ月くらいかかるんだけど?!」


「そうね。一般的な人族の水準ではそうなるわね。でも安心してクウォン。詳しい説明はおいおいするけど、少なくとも16年もエントリアで働いて借金を返すことにはならないわ」


「ま、そうだな。今はわかなくてもいいさ、いずれわかる」


とんでもない額に狼狽していると、二人はそんなのんきなことを言う。


本当に大丈夫なのだろうか、と心配になるが、悪意を持って自分を陥れようという感じではないのでここは素直に従っておくことにする。


「ちなみにクウォン、不安を煽るようなことを言ってしまうけれども……アスタギアは成長に合わせて機能追加やカスタマイズするのが必須よ」


なるほど。現在は所謂バニラ状態なので様々なオプションを成長に合わせてつけていくということか。

ん……それはつまり……。


「成長に合わせてカスタマイズの費用がかかるわ。そうね、あと10万ほど見ておけばいいのではないかしら」


エッタが楽しそうな笑顔でそんなことを言う。


「おぅ……ざわざわしてくるぜ……」


某ギャンブル漫画のように視界が歪んでくる。


そしてある意味での諦観に近い心境で、調整された赤枝を受け取って帰路につくのであった。

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