第5話 正義の逆位置「個人の正義」





日も落ちて暗くなる。

商店街の店舗の合間、わずかな隙間の路地。

青いポリバケツの裏に隠れる。


スミ「はー…、はー…、」


人通りは少なく、閑散。

建物の隙間から伺う。


スーツの男が通り過ぎる。


スミ「―っ!」


ゴミ箱の裏に隠れる。

ブルブルと肩が震える。




スミ(行った……?)


また商店街のほうを伺う。

両手で覆うカードが、一層熱くなる。

スーツの男が戻って来て、通りすぎる。


スミ「ッ……」


スーツの男「この辺りに、いるはずだ……」


男が離れていく。

カードの熱が少し下がる。


ブブブ


スマホのバイブが鳴る。


スミ(せ、先生…)


秋穂『着いたわ。どこにいるの?』


スミ(本屋さんの横の隙間……)


秋穂『わかった。電話は切らないで』


スミ(うん)




カードが熱くなってくる。


スミ(先生……、早く、アイツ、近くにいる)


秋穂『もうすぐだから、やばくなったら人の多い所に逃げて』


スミ(うん)


スーツの男「そこにいるのかな?」


ビクンと肩が震える。


スーツの男「いるよね?」


震える肩。


スーツの男「その、青いゴミ箱の後ろに」


男目掛けて飛び出す。

力いっぱい突き飛ばす。


スーツの男「この!」


尻もちをつく男。



商店街の中を駆ける。


スミ「先生!どこ!?」


秋穂『もうすぐよ。今どうなってる?』


スミ「走ってる!」


秋穂「どこに向かって走ってる?」


スミ「わかんないよ!」


スーツの男「待て!」


腕を掴まれる。


スミ「きゃあ!」


スーツの男「捕まえた!」


スミ「離して!」


スーツの男「もう逃げられないよ?さあ、渡してもらおうか」


スミ「嫌!」


スーツの男「さっさとしてくれ!」


通りすがりのおばさんが足を止める。


おばさん「あ、あなた、何してるの?」


スーツの男「あ?」


おばさん「その子、嫌がってるみたいに見えるけど……」


スーツの男「邪魔するな!」


シャンパングラスの液体をおばさんにかける。


おばさん「え?」


おばさんが液体に包まれて消える。


スミ「うわああ!」


離れた通りすがりの人「え?」


離れた通りすがりの人「なにやってんの?」


スーツの男「くそ……、目立つな、ここ」


スミ「離せ!」


スーツの男「お前のせいだぞ」


秋穂「痴漢です!あそこ!女の子がサラリーマンに!」


スーツの男「は?」


通りすがりの人「痴漢?」


通りすがりの人「どこ?あれ?」


スミ「先生!助けて!」


隣の店から人が出てくる。


エプロンのおじさん「あの、店の前で何やってるの?」


スーツの男「あー、くそ……」


秋穂「離れて!」


スーツの男を秋穂が突き飛ばす。


スーツの男「痛いなぁ」


秋穂「警察を呼びますよ」


スーツの男「はあ?」


秋穂がスミの肩を抱いて男を睨む。


スーツの男「っ! まさか、お前もカード使い!?」


秋穂がニヤリと笑う。


エプロンのおじさん「あんた、痴漢?話聞こうか?」


スーツの男「ちっ」


逃げ出すスーツの男。


秋穂「大丈夫?」


スミ「はい、ありがとう、先生」


エプロンのおじさん「あぶなかったね~。最近は物騒だ」


秋穂「お騒がせしました」


エプロンのおじさん「いやいや、気を付けてね」


スミを立ち上がらせる。


秋穂「歩ける?」


スミ「うん」


秋穂「向こうに車を置いてるから」




秋穂「黒瀬さん、アイツと戦わなかったの?」


スミ「え?」


秋穂「身を守るために、カードを使わないとダメじゃない」


スミ「どうやって使うのかわかりません」


秋穂「ふーん……」




道路に停まる、黒いスポーツカー。

乗り込もうとしない秋穂。


スミ「えっと、先生?」


秋穂「黒瀬さん、少し歩かない?」


スミ「え?」


秋穂「気分を変えたほうがいいわ。最近色々おきて、混乱してるだろうから」


スミ「……はい」


秋穂「こっちに見晴らしのいい所があるの」






暗い夜。

秋穂に連れられて歩いてきたのは、

商店街から近い、長い鉄橋。

らせん状の背の高い階段を上って、

広い川を横断するようにかかる。


秋穂「ここ、いいでしょ? この辺は建物も高くないし、ここからなら商店街の入り口も、線路を走る電車も、広く見渡せるの」


スミ「へえ、綺麗ですね」


街灯の下にスミを連れていく。


秋穂「人通りも少ないし、落ち着ける場所よ。明るいから、怖くないしね」


スミ「そうですね」


秋穂「ねえ、どうやって戦うか、わからないって言ってたよね?」


スミ「はい」


秋穂「私が見てあげるわ。あなたの武器、見せてもらえる?」


スミ「わかりました」


内ポケットから光るカードを取り出す。


スミ「武器になれ」


手の中で円盤に変わる。


秋穂「へえ、なるほどね」


スミ「わかりますか?」


秋穂「そうねぇ」


秋穂がポケットから光るカードを出す。


秋穂「オープン」


指の隙間から溶け落ちるように変化するカード。

チェーンでぶら下がる、大きめの銀メダルに変化する。


スミ「それが先生のカード。私のと似てますね」


秋穂「そうね。ちょっとだけ、力を見せてあげよっか?」


スミ「はい」


秋穂「じゃあ、やって見せるね」


スミ「はい」


秋穂「……」


秋穂が静まり返る。

その様子をしばらく見つめる。


スミ「何も……、起きないですね」


秋穂「もうすぐかな」


秋穂の後ろの方、

鉄橋の手すり伝いに、何かが動いているのが見える。


スミ「え……、何……」


こちらに迫ってくる。

目前まで。


スミ「きゃ……」


手すりに絡まりながら数本のツタが伸びて来て、

秋穂の横で止まる。

先端から紫色の朝顔みたいな花を咲かせる。


秋穂「はーい。これが私のカード」


スミ「花?」


秋穂「まあ、というかツタかな」


スミ「先生が動かしてたんですか?どうやって?」


秋穂「別に難しくないよ? これを持って、ちょびーっとだけ力を見せてってお願いしたの」


スミ「力を見せて……?」


秋穂「黒瀬さんも、やってみて。ちょびっとだけ」


スミ「はい……。ちょび……。ちょっとだけ、力を見せて」


シーンと静かな夜に、風だけが吹く。



スミ「何も、起きません」


秋穂「そっかぁ。同じ感じで使えそうに思ったけどな。振ってみるとか?」


スミが円盤を振る。

何も起きない。


スミ「駄目みたいです」


秋穂「駄目か~。しょうがないね。わかるまでは、戦いは避ける。人の多い所をなるべく通る。わかった?」


スミ「はい」


秋穂「よろしい。ちょっと寒くなってきたね。コーヒー飲める?」


スミ「飲めます」


秋穂「先生おごっちゃう。ここで待ってて」


スミ「え? 先生」


秋穂「直ぐ戻ってくるから」






スミ「はー」


吐く息が白い。


スミ「まだかな、先生」


川の音が静かに聞こえる。



内ポケットのカードが温かくなってくる。


スミ「近づいて来てる。先生戻ってきたかな?」


鉄橋の階段の方を見る。

スーツの男が上がってくる。


スミ「!!」


スーツの男「あの女の人、いなくなったね」


スミ「わああ!」


へたり込む。


スーツの男「こんな目立つ場所にいるなんて、君、やっぱり初心者だったんだ」


スミ「ああ、うわあ」


スーツの男「もう遠慮しないから」


スーツの男がポケットから光るカードを取り出し、

シャンパングラスに変化させる。


スミ「あ、あ、」


スーツの男「じゃあね」


シャンパングラスを高く掲げる。

スミが腕で頭を押さえて丸くなる。




スミ「はっ、はっ、」


スーツの男「な、なんだ、これ!」


スーツの男にツタが絡みつく。


秋穂「やっぱり出てきたか~」


男がなんとか首を回して振り返る。


スーツの男「お、お前!」


秋穂「残念でした~。はい、カードから手を離しなさい」


スーツの男「ふざけるな!」


秋穂「しょうがないな」


ツタが男を締め付ける。


スーツの男「うぐぐぐぐ」


口の端から泡をふく。


秋穂「早くしないと、死んじゃうけど?」


スーツの男「ふーっ、ふーっ、」


シャンパングラスが地面に落ちる。

光りながらカードに戻る。


秋穂「はい、よくできました」


スーツの男「お、が、が、が、」


ツタが男を締め付ける。


スーツの男「で、でめぇ」


秋穂「おつかれ~」


スーツの男「が、が」


更にきつく締まるツタ。

数秒して、男が動かなくなる。


スミ「え、え……?」


口を押える。

男が首をたれる。

男の体のあちこちで、紫の花が咲く。


秋穂「はい、お、し、まい」


ツタが男を離して、スルスルと下がって行く。

倒れて動かない男。

秋穂がカードを拾い上げる。


秋穂「一枚ゲットっと、さあ、帰ろっか、黒瀬さん」


スミ「あ、あの、先生……?」


秋穂「何?」


スミ「この人、大丈夫なんですか?」


白目をむいて、ピクリとも動かない男。


秋穂「さあ? 知らない」


スミ「病院、救急車を……」


秋穂「ほっときゃいいの。行くよ?」


秋穂がスミの手を引く。


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