第2話 バルカス宅にて
お婆さんの後について村へ入ると、吹き荒れる風の中でも人々の暮らしの痕跡はあった。どの家も、風の抵抗を減らすよう屋根が低く作られていた。石造りの壁には蔦が絡みついていたり、風雪に耐えてきた歴史を感じさせたりした。
庭先には、風の力を利用した小さな洗濯物干しや、風車で動く装飾品などが控えめに置かれていた。それらがこの村の人々が「風と共に生きる」知恵を秘めている証拠に見えた。
やがて、二人は他の家より一回り大きい、がっしりとした石造りの家にたどり着いた。家の中は、外の強風が嘘のように穏やかで静かだった。
風の流れを巧妙に誘導する建物の設計思想が感じられる。壁には古びた風速計や気圧計が掛けられ、質素だが整然としている。
「さあ、上がっておくれ」
勧められるままに腰を下ろすと、お婆さんは手際よく茶葉をポットに入れ、お茶を淹れてくれた。カップから立ち上る湯気が、冷えたフィーナの体を温める。
「改めて、わしはバルカスという者さね。この村で風車の管理人をしている」
「フィーナ・アークライトです。旅の途中、道に迷ってしまって……」
フィーナは苦笑しながら、自分の現状を正直に話した。名門学院を退学になったこと、今は「泡沫の魔法」を集める旅をしていること。
そして、使える魔法は初級魔法と、自分で名付けた「泡沫の魔法」という世間では役立たずとされるものしかないことも。
バルカスは、フィーナの話を静かに聞いていたが、途中で何度か「へぇ」「そうかい」と感心したように頷いた。
「泡沫の魔法か……いい響きだねぇ。役立たずだなんて、そんなことはないさね」
バルカスは温かい笑顔を浮かべ、親身に話を聞いてくれた。その表情に、フィーナは心の底から安堵する。世間では変わり者とされる自分の話を、こんなにも温かく受け止めてくれる人がフェリシアの他にもいるとは思っていなかったからだ。
「わしも昔は、あんたと同じようなものだったさね。これでも風魔法が得意で、中級魔法くらいまでは扱えたんだよ。昔は街で働いていたんだが、今はもう隠居生活さね。少しの間だが魔法省に勤めていたこともある。結局合わなくて辞めてしまったがね」
「魔法省で働いてたんですか!?」
バルカスの意外な過去に、フィーナは驚いて目を見開いた。バルカスはくすくすと笑いながら話を続けた。
「まあ、今はもう隠居生活さね。それで、この村に戻ってきたんだが……」
バルカスの声色が少し曇る。彼女は窓の外、絶え間なく吹き荒れる風の音に耳を傾けた。
「昔はこの村も、もっと賑やかだったんだよ。風車の動力で水汲みをしたり、粉を挽いたり、風こそが生活を支えていた。だが、魔法や便利な魔道具が普及するにつれて、わざわざ風任せの生活をする意味がなくなっちまった。みんな出て行って、今じゃこの有様さ」
村人たちも、目の前の強風をただ「厄介なもの」としか思っていない。だが、バルカスは違った。自身が風魔法を使えることもあり、特にこの村にとって風がいかに重要かを肌で知っていた。
「風は敵じゃない。恵みなんだよ」
バルカスは真っ直ぐにフィーナを見つめた。
「あの壊れそうな風車、あれはこの村に残った最後の生命線さね。あれが止まれば、村の生活用水すら賄えなくなる。あの風車の原因は、強すぎる風の流れ、そのものだ」
バルカスは、湯呑みをテーブルに置き、フィーナに問いかけた。
「わしには、あの風を制御するほどの力はもう残っていない。風魔法でも、この強風を完全に止めたり、風向きを自在に変えたりするのは至難の業だ。……そこで、あんたにアイデアを求めたんだよ、フィーナ。あんたの言う『泡沫の魔法』で、何かできないもんかね?」
バルカスの真剣な眼差しを受け、フィーナはしばらく考え込んだ。確かに、正面から風に逆らうのは無理だ。それは、高性能な魔道具を使っても、バルカスのような熟練の魔術師であっても難しい。膨大な魔力が必要になるし、そもそも自然の摂理に反する行為だ。
(風を止めるんじゃない。バルカスさんが言ったように、風は恵み。活かす方法……)
フィーナは祖父からもらった魔導書をリュックから取り出した。ペラペラとページをめくる。そこには、確かに『リーフ・ワルツ』という魔法が記されていた。小さな風を起こし、葉っぱなどの軽いものをくるくると踊らせるだけの魔法だ。
「これです」
フィーナはバルカスにそのページを見せた。
「リーフ・ワルツ? どれどれ……落ち葉を遊ばせるだけの魔法じゃないか。これでどうやってあの風車を? 」
「この魔法は、風を起こすんじゃないんです。『風に任せる』んです。でもこれだけじゃ足りない」
また少しフィーナは考え込む。
「バルカスさん、何か風の流れを活かせるような、私にも使える『泡沫の魔法』ってありませんか? 例えば、風の流れが見えるような……」
フィーナの提案に、バルカスは少し驚いた表情を見せた。
「風の流れが見える魔法、ねぇ……。そういえば、ウィンド・パーミットというのがあるんだが、どうだろう。ちょっと失礼するよ」
そう言ってバルカスはフィーナの肩にそっと手を置き、その場で実演してみせる。魔力を流すだけで、一定の範囲内の風の流れが、目に見えない光の線として認識できるようになった。
「これなら、風の流れが把握できる。私の『泡沫の魔法』と組み合わせればいけるかもしれない……!」
フィーナは半ば確信を持って答えた。そして二人は夜通し、この二つの魔法の組み合わせ方について話し合った。
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