第5話
────僕は彼女の声と一定の間隔で置かれている街灯を頼りに彼女の後ろを歩く。右に左に角を曲がり、時折どこかの家の庭を突っ切ってようやく彼女の家に辿り着いた。
暗くて良くは見えないが二階建ての家のようだ。一階の窓から灯りが漏れており、不思議と温かい印象を抱いた。
「……ここが?」
「そうよ──少し待っていてくれるかしら?」
「分かった、待ってるよ」
僕が頷くと彼女は灯りが差し込んでいる一階の窓の方へと向かい軽く引っ掻きながら「ねえ! 帰ってきたわよ!」と言った。人間からすればただにゃーにゃー鳴いているようにしか聞こえないだろうが。
しばらくすると最初にカーテンが開き、窓がガラリと開けられ、男が顔を出した。
少し離れているため見えづらかったが、男は明るめの茶髪を短く刈り込み、眼鏡をかけた穏やかそうな男だった。
「おかえり葉月、今日は遅かったね? さあ早く入っておいで。外は寒かっただろう?」
「ええ、確かに寒かったわ。それよりもお願いがあるのだけどいいかしら?」
彼女は男にそう言った。言葉は人間に通じないというのに何をしているのだろうか。僕が疑問に思っていると男は口を開き、「……? お願いって何をかな」と、小首を傾げながらそう言った。
一体どういうことなのだろう。何故あの男は彼女の言葉が分かったんだ? 不思議に思い彼女の方を見ると彼女も僕のことを見ていた。
彼女は目をきらりと光らせながら言葉を紡ぐ。
「──あなた今、すっごく、馬鹿みたいな顔しているわよ?」
またも罵倒された僕は呆気に取られて、思考が止まってしまった僕に追い打ちをかけるように、
「こら、意地悪をするもんじゃないよ? 全く……ごめんね、うちの葉月が。でも君もイヤならちゃんと反論しないとダメだよ? 葉月はすぐに人のことをおもちゃにするからね」
男は気高き黒猫を軽く叱りながら、通常人間がカラスに向けるようなものでは無い優しい声で僕に話しかけた。
「……………………」
デジャヴだと思った。さっき彼女に会った時と同じだ。もしかしなくともこの男は、彼女と同じで特殊な能力の持ち主ということになるのだろうか。
「その通りよ。私の主様は特殊な能力の持ち主なの。まぁ、私の能力とはちょっと違うけれどね」
あいも変わらず勝手に僕の思考を読んで、勝手に答えを教えてくれた。
でもこれで理由は分かった。彼女の能力は相手の思考を読むというものだが、男の方は動物の言葉が分かるというものなのだろう。
……なんと言うか、不思議な組み合わせだ。まるで凸と凹が組み合ったみたいだ。完成されている。
「──ねえ、いつまでぼーっとしているつもりよ? 早く入るわよ」
そう言いながら一階の窓から部屋へと入っていく気高い黒猫、もとい、葉月。
僕は考えるのをやめて「待ってよぅ…」と情けない声を出しながら彼女の後を追いかけた。
部屋に入ると暖かい光で満たされており、室内は物で溢れていた。どれもあまり見ないものばかりでつい目移りしてしまう。
あれはどうやって使うものなのだろう、これはなんだろう? きょろきょろとしていると「あんた自分が賢いつもりかもしれないけど、十分馬鹿よねぇ?」という何度目かの罵りの言葉を頂戴した。
失敬な! と思った僕は葉月の方を振り向くと彼女の飼い主と目が合った。
「……ぁ、」
眼鏡の奥でかち合った瞳は僕が今まで人間から向けられたことの無い色を宿していた。人間から向けられる侮蔑や嫌悪と言ったものではなく、慈愛に似たものだった。今までこのような眼で見てくれるのは長だけだったため、戸惑った僕は、今日何度目かの硬直をしてしまった。
彼はふっと目を先程よりも和らげると、
「怖がらないで、俺は君に害を加えたりしないよ。そんなことしたら葉月に怒られちゃうからね」
と言いながら笑った。もちろん葉月が講義の声を上げたけれど飼い主特権を振りかざし見事に黙らせた。
何故かは分からないが、飼われるのも大変なんだと知った。
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