第1話 復讐の旅に出ます!

 朝の教会に別れを告げ、リヴィアとヴァルノスは村を発つことを決めた。


 リヴィアが旅立つと聞いた村人たちは、皆、涙ながらに止めようとした。

 小さな子供たちは裾を掴んで離れず、老人たちは「神よお守り下さい」と祈り、婦人たちは涙と共に食べ物を押し付けてくる。


「リヴィアちゃん……身体に気をつけて……!」

「戻って来んでもいい、どうか幸せになっておくれ……!」

「天使様がいなくなるなんて……!」


 リヴィアは、微笑みを絶やさず応える。


「皆さまの事は忘れません。

 わたしは大丈夫ですから……本当にありがとうございました」


 ヴァルノスも涙を浮かべ、村人一人ひとりに深く頭を下げ感謝を伝えていた。


 その光景に、リヴィアは内心で小さく肩をすくめる。


 ――人が二人、村を去るだけで大袈裟ですね。

 屍になれば、ただの肉塊。

 家畜と変わらなくなると言うのに。


 だが、表情だけは清楚そのもの。

 村人たちの涙と祝福に包まれながら、二人の旅が始まった――。


 

 ――村を出て数日。

 エルトリア領へ足を踏み入れた二人の前に広がっていたのは、リヴィアの知らぬ“祖国”の姿だった。


 荒れ果てた畑。

 破壊された家々。

 道脇で酒瓶を手に、農民を小突き笑う帝国兵。


「……酷いものですな……」


 歯を食いしばるヴァルノスの横で、リヴィアは静かに尋ねた。


「ヴァルノス。

 わたしのお父様……エルトリア王はどんな方でしたの?」


 ヴァルノスは一瞬立ち止まり、胸にこぶしを当てる。


「……偉大なお方でした。

 強く、優しく、民の涙を決して見過ごさぬ王。

 領民は皆、心からお慕いしておりました」


「そう……。なら、やはり見捨てられませんわね」


「リヴィア様……」


「わたしは王族としての務めを果たします。急ぎましょう。

 この荒れた国を……この目で確かめに」


 その瞳には静かな青の奥に、冷たい炎が宿っていた。



 ――さらに数日。

 二人はついにエルトリア城下町へと辿り着く。


 そこは、通りかかった街などと比較しようもない地獄だった。


 崩れた家屋。

 道端にうずくまる老人。

 荷車を奪う帝国兵。

 泣き叫ぶ子供たち。


「……許されるものではありません……!」


 怒りに震えるヴァルノスに、リヴィアは首を振った。


「慌てて助けても大局は変わりません。

 本丸は……もっと先に」


 その時だった。


「お願いだよお! 税を、せめて子供たちが飢えぬよう……!」


 街役場前に人だかり。

 中心で、ふくよかな中年婦人が土下座している。

 若い帝国貴族は鼻で笑った。


「知らんな。貧しいのは、お前たちの努力不足だ」


「そんな……今年はどうにもならなくて……!」


「耳障りだ」


 ドンッ!


 婦人は足蹴にされ、泥へ転がった。

 誰も逆らえず震えるだけ。

 貴族は馬車を走らせ去っていく。


 リヴィアはそっと手を差し伸べる。


「大丈夫ですか?」


 顔を上げた婦人は息を呑んだ。


 白金の髪。

 淡い青の瞳。

 そして背後に立つ、狼のような銀眼の騎士。


「……まさか……!」


 ヴァルノスに気づいた瞬間、婦人は震え声で呟いた。


「……本当に、生きとった……!」


「え?」


「ここじゃ目立つわ。ついて来て!」


 婦人は二人の手を引き、迷路のような路地裏を抜け古びた宿へと案内した。


 扉を閉めるなり、彼女は涙をこぼす。


「ああ、リヴィア様……!

 こんなに大きく……王妃様の生き写しだぁ……!」


 リヴィアは微笑み、静かに頷いた。


 閉じた瞳の奥で青い光が鋭く煌めく。

 ――さて。

 ここから、復讐劇の幕開けといきましょう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る