日本閉鎖-Japan closed-

白雪菜胡

episode1

「菊ちゃーん!」

「はぁ〜い!」

下の階からお母さんの声がした。

うるさいな〜。まだ大丈夫でしょ。

私は再び目を閉じて二度寝をしようとした。

しかし少し心配になり、念の為ベッドの脇にある目覚まし時計を見た。

すると、7時20分を指していた。

「ん〜.....え?!」

思わず時計を二度見した。

一瞬放心状態になり、現実を受け止めないようにした。

やばいやばいやばい!

私は急いで起き上がりハンガーにかかってる制服のセットを手に取った。パジャマを脱いで灰色のスカートを履いた。

上には白シャツに長袖の赤い色のカーディガンを着た。

洋服棚からショートソックスを取り出してそれを履きながら部屋を出た。

「弁当用意できたよー!」

「はぁーい!」

私は起きたての時よりも大きな声で返事をした。

少しイラッとしたが、いつものことだと頑張って耐えた。

洗面台に向かい顔を洗おうとすると、水が出る音がした。チラッと顔を覗くと、すでに先着が顔を洗っていた。

「もう〜邪魔!どいてっ!」

「ちょちょちょちょ!」

6歳上の兄、笠田健路さこたけんじ、24歳。

私は健兄けんにぃをどけて顔を洗った。もうすぐ一人暮らしをするからこれくらい良いだろうよ。

後ろから何やらごちゃごちゃ言っているようだったが、水の音で鮮明に聞こえなかった。

「ありがとー!」

健兄の方を見ると、明らかに洗い途中だと思われる顔面があった。泡だらけで目を瞑っていた。

「気をつけて行けよ!」

「はいはーい。」

階段の踊り場にあるティッシュで顔を拭きながらものすごい速さで降った。

「おはよー!朝ごはん食べる?」

キッチンで前夜のカレーを炒めてるお母さんがいた。

笠田由里子さこたゆりこ、45歳。世間的に見ればちょー若ママだ。

21歳のときに健兄を産んでいる。父親はいない。私が生まれる前に離婚したらしい。

「ご飯いいや。」

「じゃあ、おにぎりだけ持ってきなさい。」

「いらないよ。朝から太るだけだもん。」

「ご飯食べないと体持たないよ!」

私はお母さんを無視してリュックに荷物を詰めた。いつものようにキャラクターもののお弁当袋がカウンターに置かれてあった。

「なんでまたこの袋なの?!昨日友達にバカにされたばっかなんだけど!」

「朝から何言ってんのよ!時間ないんだからいいから持ってきなさい。」

「いいから早く変えて!こんなの持ってきたくない!」

私はお母さんにお弁当袋を渡した。すると、少し悲しそうにこちらを見つめながら落ちたお弁当箱を拾った。

「時間ないから行きなさい。今日はそこにあるお金で学食食べて。」

さっきとは違う声で汚れた床を拭いていた。中身が少し溢れていてキッチンペーパーを使っていた。

椅子の上に置いてあるリュックを手に取って背負った。

“いってきます”とは言わずに勢いのまま家を出た。玄関扉が大きな音を立てた。壊れてもおかしくないほどだった。

心配になりながらも気にせず階段を降りた。

リュックの横ポケットに入ってる自転車の鍵を取り出した。

ブラウン色の自転車に鍵を差し込んだ。リュックを前の荷物カゴに入れた。

うまく乗って徐々にスピードを早めていった。

「菊ちゃんおはよ!」

「おはようございまーす!」

隣の家に住んでいる一人暮らしのおばあさんがゴミ捨てをしているところに遭遇した。目が合って挨拶をされ更に挨拶をし返した。

再び自転車を漕いだ。荷物が重く思うように前に進まない。力ずくで進むしかなかった。

笠田菊音さこたきくね、18歳。昨日、4月3日に成人の誕生日を迎えたばかりだ。

大勢の人にお祝いの手紙やメールを貰い、未だに自己満足感に浸っている女子高校生。

しばらく漕ぐと、東京随一の桜の木が生えてる道路に来た。両脇に均等に植えられている桜木がトンネルのようになっていた。

周りには同じような制服の子たちが何人もいた。私はその子たちを追い越して学校に向かった。

「うわっ!」

桜の花びらが一気に宙を舞った。音を立てて風が吹きたった。

そして、一枚の小さな花びらが鼻先にチョコンとついた。私は顔を縦に振って花びらをはらった。

「おはようー!」

私は前にある人を見つけた。

「おはよ。」

私は廣の元に駆け寄り、自転車から降りて隣に立って歩いた。

佐倉廣さくらひろ、17歳。7月に成人の誕生日を迎える予定の男子高校生。

私と彼は東京のある高校に通うごく一般の高校生である。

「廣誕生日いつだっけ?」

「もうすぐだけど。」

「誕プレなにがいい?」

「気早くね。」

「別にいいじゃーん。欲しいもんとかないの?」

私は彼の前に立ち後ろ向きになりながら歩いた。廣は腕を組んで小さくため息をついた。

「恥ずいからそこ歩くな。」

廣は眉間にシワをよせて困った顔をした。私はニコッと微笑み、廣の肩を叩いた。

「もう〜!照れんなってば!」

「いやガチで恥ずいから。」

廣はガチレストーンで言った。

私に嫌味を呟いた後、横を通ってさらに歩く速度を早めて進んだ。

私は少し小走りになりながらも彼を追いかけた。

関係ないと思うが流石サッカー部。歩く速さが普段から速い。

すると、後ろから勢いよく背中を叩かれた。

「二人ともおっはー!」

「朝から仲良しやね〜。」

廣の親友、早田宗眞はやたそうまだった。両足を上下に上げ下げしながらルンルンで機嫌が良さそうだった。そのままの足で廣の元に向かった。

さらにその後ろから宗眞の幼馴染、森根茉莉もりねまりが彼の頭を笑い混じりに軽く叩いた。

「あんた菊音の背中がぶっ壊れるでしょ!」

「こんなの触っただけだよな菊?」

私は適当に返事をした。宗眞はチェっ!と言いながら廣の肩を組んだ。

「菊音おっはよー!」

「おはよ。」

私は茉莉に肩を組まれた。彼女は卓球部に所属していることもあり、いつも力が強くて苦しい。

「あららら?なんか元気ない感じ?」

「そんなことないよ。てか、私って朝いつも元気ないじゃん。ふつーに親と喧嘩したし。」

茉莉はそっか〜と言いながら私の肩から手を下ろした。

私は毎朝のようにお母さんと言い争いをする。その悪循環を茉莉は知っていた。

私たちの前には廣と宗眞が話しながら歩いていた。宗眞はサッカー部の部活バッグを持って重そうにしていた。

対して廣は何も入っていなさそうな軽い皮バックを肩にかけていた。

「二人ってほんと仲良いよね〜。うちらもだけどさ、ちょっと羨ましい。」

隣にいる茉莉が悲しい声で言った。

「ほんとだよね。高校からだっていうのに親友みたいになっちゃってさ。」

茉莉と宗眞は小学校から仲であった。茉莉自身も廣に宗眞を取られたと嫉妬心を抱いていた。

「だって菊音は宗眞あいつのせいで廣とあんまり話せないでしょ。」

私は前にいる二人と横にいる彼女を交互に見ながら深く頷いた。

茉莉はニコッと笑った。左の頬に浮かび上がる小さなえくぼが可愛らしい。彼女のチャームポイントだ。

「てかさ、今日4人でカラオケ行かない?」

「いいね〜。行くに決まってるっしょ!」

私たちはイェーイと言いながらハイタッチをした。これはよくある私たちの謎ノリだった。

「いったー!茉莉あんた手強すぎなんだよ!」

そして毎度のこと、力が強い。

茉莉はごめんごめんと連呼して謝った。

彼女はそのままの勢いでひとっ飛びして廣と宗眞の間に割って入った。

「今日さ、4人でカラオケ行かない?」

茉莉の声に宗眞がすぐさま反応した。

「天才じゃ〜ん!廣ちゃんも行くわよね?」

「気持ち悪りぃな。」

宗眞はいきなりオネェ言葉になった。これもいつものことだ。

廣は二人を押し除けてスタスタと歩くスピードを早めた。茉莉たちは廣を追いかけるようにして、私は3人を追いかけるように歩いた。早すぎて周りから見たらほぼ競歩のようになっていた。

「廣お願いっ!」

「行こーぜー!」

すると、茉莉がこちらの方にズカズカと歩いてきた。何事かと思い動揺していると、私の腕を引っ張った。

「そーまそーま!菊音の自転車持ってて!」

「お、おう。」

宗眞は私に変わって自転車を支えてくれた。

「なになになに?!」

そして廣の目の前に差し出した。

「菊音からもお願いして!」

茉莉がニヤけながらこちらをジロジロと見た。

「カラオケ行こ?」

私は廣のことを見上げてお願いしたい。

「あぁ〜もうっ!分かった行くよ。」

すると、廣はめんどくさそうに返事をした。

宗眞と茉莉がその場でジャンプしながら喜びあった。私はその姿を見て笑みが溢れた。

「宗眞自転車あぶない!」

「わー!めんごめんご!はい菊音。」

宗眞が自転車を渡してくれた。私は”ありがとう”と言って自転車を受け取った。

再び4人で歩いて学校に向かった。

私以外の3人は電車登校なため、いつも私だけ自転車だから寂しい。

普段通り桜の道を歩いていると、違うクラスの子達が横で話しながら歩いていた。ちょこっとその会話が聞こえてきた。

「今朝のニュース見た?」

「あぁ〜感染症のやつ?もうすぐ東京上陸とか怖いよね〜。」

感染症?なんのことだろう。

少し興味を持ったが、コミュ障のため話しかけられなかった。

「感染症ってなにー?」

すると横で一緒に聞いていた茉莉が彼女たちに話しかけた。

「知らない?北海道で流行ってる原因不明の感染症が東北まできてるんだって。来月には東京にもきそうとかなんとか....。」

私たちは口を揃えて何それー、と言った。

「死亡率30%?!やっば何それ———!」

他クラスの子たちは早歩きで先に進んでしまった。

私は茉莉の方を見た。

「私ニュース見ないから分かんないや。」

「だよね〜。学校着いたら見よ?」

「そうだねー。てかカラオケ早く行きたい!」

私たちはいつもと変わらない日常を駆け抜けていた。授業を受けて、笑い合って、一緒に食事を食べて。そんな日々が毎日続くと思っていた。


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