刀狩りの護り人――護るために、俺はすべての力を奪う

@BJJYAWARA

プロローグ

雲ひとつない青い空に太陽が燦々と照り付けていた。

常人ならば1刻でもいれば、汗だくになるほどの気温である。


星名慶の目の前では日常とは隔絶した空間が存在していた。


地響き、金属のぶつかり合いの耳障りな音、そして男たちの怒号。中世のような鎧に身を包んだ集団であった。


まさに地獄。阿鼻叫喚の「戦場」が目と鼻の先に広がっていた。距離にしておよそ100m。


鉄の匂いが、風に乗って鼻を刺した。

あの日と同じ匂い。


胸の奥で何かがざわつく。

呼吸が乱れる。

手が汗ばむ。


それでも行かなくてはならない。


守りたい人がいるから——


この齢18にも満たぬ16歳の少年はこれから地獄に突っ込むのである。


慶は目を閉じ、守らなくてはいけない人の顔を思い浮かべた。彼女の笑顔を思い浮かべると、不思議と心は落ち着き、手の震えは治った。そして彼女の言葉を思い返す。


『慶、絶対に生きて帰ってきて』


慶はすっと目を閉じて深呼吸を繰り返す。


『それで次も、その次も帰ってきて......』


目を開けて迫ってくる敵の人数を確認する。


『私たちのいつもの日常に戻ろ?』


一度胸を思いっきり叩いて、自分を奮い立たせるために大声を上げた。


絶対に生きて帰る。護るために。日常に戻るために。


その決意を胸に、目の前に広がる世界に駆け出していった。


_________________________________________________


六畳一間のボロアパートのある一室。耳をつんざくような目覚まし時計の鈴が鳴り響く。時刻は7:00。


「......ん」


寝息が途絶えて、星名慶のまぶたが薄らと開き出した。大きく腕を回して遠くにある目覚まし時計の音を止めて、ムクッと立ち上がった。


「学校か。。。」


いつも通り目つきの悪い目を擦りながら動き出す。周りの家具に体がぶつからないように身を縮こませながら朝食を作り出す。180cm後半と大柄の慶は少し気をつけないとどこかしらぶつけてしまう。


慶はいつものように手早く朝食を食べ終え、彼の通う鳳明学院高等学校の制服に身を包む。身支度を終えて、最後に両親の遺影に手を向けた。


「行ってきます」


家から出ていつも通り通学路に向かう。天気は快晴であったが、秋に入り始めた10月の朝は制服の上からでも少し肌寒かった。


通学路を通り、学校に近くなってきた。ぼちぼち同じ制服を着る生徒たちも増えており、皆一つの流れに乗るように学校の方面に歩いていた。


ところが、慶はその潮流に逆らい、学校手前にある小さな公園に入った。これは慶が毎朝余裕を持って家を出ている理由でもあった。


備え付けられた遊具は少し色の褪せた滑り台と砂場、それに鎖が少し錆びかけたブランコであった。鉄の錆びたような匂いがスンと鼻を刺激する。


早朝であるため、公園には誰もいないようだった。

慶は、迷わずブランコの方へ向かう。彼女のお気に入りの場所であるからだ。


「あれ、いない……」


彼女はいないようであった。まだついていないのだろう。慶は暇つぶしの携帯ゲームをしようとスマホを取り出そうとした瞬間、後ろからツン、と脇腹を誰かから突かれた。


「グッ……?!?」


言葉にならない悲鳴と共に「あははは!」という快活な笑い声が聞こえる。脇腹は生まれた時から弱いのである。


「相変わらず弱いねー、ケイ、おはよー」


後ろを振り向くと想定通りの美少女が立っていた。大きな瞳に漆黒のサラサラな髪をポニーテールでまとめた彼女は笛口静香。歩く清涼剤と題される静香だが、実は私服はめちゃくちゃダサいのは秘密である。


慶とは幼稚園時代からの仲であった。両親も仲が良く、小中高も含めてずっと同じ学校同じクラスであり、慶と静香はほぼ兄妹のように育ってきた。


「本当に心臓に悪い」


「ごめんごめん!反応が面白いからさ!」


悪戯っぽく笑う彼女に慶は無言で抗議の視線を送る。基本的に慶は弱点というものがあまり無いが、脛と脇腹、この二箇所が最も苦手なのである。触れられるだけで反応してしまったりすらする。


「そんなことは置いといてー、はいこれ!いつものだよん」


「ん、ありがとう」


毎日のことであるが、咄嗟にこの一言しか浮かばなかった。自分の言葉足らずさを恨みたくなる。しかし、静香は目を細めながら元気に返事をくれる。


「今日も美味しいから!ちゃんといただきますして残さず食べてね!」


「わかってるよ。ありがとう」


静香に満面の笑みで渡されたのは弁当であった。丁寧に手拭いに包まれており、彼女の性格が窺えた。


慶が不慮の出来事で両親を失った頃から、静香は毎日欠かさず慶のことを気にかけてくれた。弁当も親の遺産を切り崩して一人暮らしをする慶を案じてくれてのことである。本当に彼女には絶望の淵にいる時に救われて、感謝してもし尽くせなかった。


「一口も立花くんに渡しちゃダメだか。。。ゴホッ」


朝の冷え込みからか静香が少し咳をこぼす。息も少し上がっているようだった。


「大丈夫か?」


「うん、全然!元気満々!! それじゃ、また教室でー」


「おう、じゃあ」


静香はタタタッと小股で駆けていってしまった。


弁当箱を入れたリュックは少し重くなっていた。その重さに少し笑みが溢れつつ、いなくなってしまった背中が視界から消えると、少し胸がぽっかり空いたような気持ちになった。


数分歩くと学校にたどり着いた。すでに静香も着いているようで、廊下前で友達といつも通り笑い合っていた。


クラスにはいると、あくびを噛み殺しながら慶の机で何やらスマホをいじっている男がいた。歩いてくるケイに気づいた男は軽薄な笑みを浮かべる。


彼は立花弦。中学校からの親友である。

少し長めで明るめの茶髪と、垂れ目で何処か優しい印象を受けさせる。高身長で弓道剣道ともに全国3位である。


あの笑顔で何人の女子を騙しているのだろうか、ふとそう思いながらも、ケイはいつも通り弦に挨拶をする


「おはよう、ゲン」


「おはおは、今日も一段と目つき悪いねーケイ」


「黙れイケメン」


「ひどー、何回ケイに宿題見せてあげてると思うんだよー」


2人は茶番を繰り広げながら笑い合う。弦はあまり話すのが上手く無い慶にとっては唯一なんでも話せる友達であった。


弦と雑談に勤しみながら予鈴までの間を過ごしていると、時間が近づいてきたためか、静香も教室に入ってきた。目が合うと、ニコッと小さく手を振ってきて、それに対してケイも軽く手を挙げる。


「ヒューヒュー、相変わらずだねー」


「黙れ、そういう感じじゃ無いって言ってるだろ」


「でも今日も愛妻弁当貰ってるんだろ? 今日は何かな?前食べたロールキャベツ僕めっちゃ好きだったんだよね」


「あげないぞ」


「えーずるいってー……っちぇ、授業かー」


ビーッと予鈴が鳴りはじめたため、弦も自分の席へ戻っていく。慶もそれを尻目に自分のリュックの中から教科書と筆記用具を取り出し始める。


しばらくすると、クラスがざわつき出した。

そして慶も違和感に気づく。予鈴が鳴り止まないのだ。


「予鈴が止まらないね。先生もこないし僕が呼びに行ってくるから待っててよ」


ザ・真面目くんの学級委員長が言い、扉に手をかけるがびくともしない。勢いをつけても空いていないようだった。


それに見かねて、サッカー部ラグビー部の中心人物のグループが面白がりながら扉に手をかけるもそれでも開かない。


何をやっているのか、続く不思議な光景に唖然としていると、弦が珍しく声を荒げながら慶に言う。


「っ!? ケイ!見て。あの鳥…空中で止まってる……」


窓の外では飛んでいる鳩がまるで動画を止めたかのように止まっていた。目には光が灯ってもいない。


「なんだよこれ…」


ふと慶が時計を見ると、さっきまで動いていた時計の秒針が止まっていた。スマートフォンも見るが、明らかに予鈴から時間が経っているのに予鈴時間のままだった。


「──世界が、止まった?」


口にした瞬間、背筋が冷たくなる。

いや、背筋が凍る、という言葉では足りなかった。

あの日と同じ『世界が切り取られた感覚』。

空気が止まる瞬間だけは――何度でも思い出せる。


明らかに異常事態としか言えないこの状況にケイも動揺が隠しきれない。同様に他のクラスメイトも同じことに気づいてきたようで、パニックが教室中に起こる。


「ケイ!」


動揺している瞬間、静香が駆け寄ってくる。

(よかった、静香はなんともなさそうだ)

少しの安堵を感じながら手を伸ばす。


静香の腕を掴んだ瞬間、時間が“きしむ”ような沈黙が教室を包む。

教室の中央がパッと強い光に包まれ、それとともに慶の意識も光に包まれていった。



この瞬間、星名慶の運命は大きく狂い始めた。


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