第35話 「ドラゴンの巣、観光資源に」新領主の狂気の沙汰。
過疎化と財政難にあえぐ辺境の地、
その名も「ドラゴン・サンクチュアリ・リゾート構想」。あろうことか、領内の火山に棲み着く“生ける天災”エンシェント・ドラゴンを、そのまま観光の目玉にしようというのだ。
専門家は「正気の沙汰ではない」「くしゃみ一つで領地が消し飛ぶ」と顔面蒼白で警告するが、領主は「ピンチこそ最大のチャンス」と意気軒昂だ。果たしてこれは、衰退する地方を救う輝かしい未来図か、それとも集団自殺への片道切符か。本誌は、開園準備が進む(進んでしまっている)現地へ飛び、そのあまりに危険な賭けの実態に迫った。
■ 「何もない」がある場所での、起死回生のプレゼン
王都から馬車に揺られること五日。険しい山道を越えた先にある竜牙渓谷は、かつては鉱山で栄えたものの、今は若者が流出し、静まり返った限界集落だ。だが、先週行われた住民説明会だけは、異様な熱気に包まれていた。
「皆さん、我が領地には何もありません。特産品もなければ、温泉もない。あるのは借金と、高齢化と、そして――裏山で寝ている“最強の生物”だけです!」
壇上で声を張り上げるのは、先月着任したばかりの若き新領主、ジュリアン・フォン・エッジ男爵(26)。王都の経営大学院を出たばかりの彼は、最新の魔導プロジェクターを使い、きらびやかな完成予想図を映し出した。
「我々は、この『負の遺産』を『富の源泉』に変えます! 世界初の『ドラゴン鑑賞ツアー』、ドラゴンの排熱を利用した『地獄蒸しサウナ』、そして勇気ある者には『ドラゴンの抜け殻(ウロコ)拾い体験』を提供します! これぞ、究極のインバウンド・ビジネスです!」
集まった村人たちは、呆気にとられる者、期待に目を輝かせる者、そして恐怖に震える者と、反応は三つに分かれた。だが、領主の目は、狂気にも似た自信に満ちていた。彼は本気だ。本気で、あの神話級の怪物を「見世物」にするつもりなのだ。
■ 観光資源の正体:赤き厄災「ヴォルガノス」
領主が「観光資源」と呼ぶ存在について、改めて解説しておこう。
竜牙渓谷の火口深くに棲むのは、推定竜齢二千年を超えるエンシェント・レッドドラゴン、「焦熱のヴォルガノス」。全長は王城の塔よりも長く、そのブレスは岩をも溶かし、一振りで軍隊を壊滅させる尾を持つ。
二百年前、一度だけ目覚めた際には、当時の王国軍三個師団が「丸焼き」にされ、周辺地図が書き換えられるほどの大災害をもたらした。現在は長い休眠期に入っているが、それはあくまで「寝ている」だけだ。死んでいるわけでも、封印されているわけでもない。
いわば、国一つを灰に変える「戦略級魔法兵器」の起動スイッチを枕にして昼寝をしているようなものである。それを「見に行こう」という発想自体が、生物としての生存本能を欠落させていると言わざるを得ない。
■ 狂気のアトラクション計画:その全貌
本誌が入手した極秘の設計図面には、冒険者ギルドが見たら卒倒するような、命知らずなアトラクションの数々が記されていた。その一部を紹介しよう。
① 『絶叫! ドラゴン・ノーズ・スカイウォーク』 眠るドラゴンの鼻先わずか5メートルの位置に、ドワーフの錬金術師が精製した強化魔導クリスタル製の透明な通路を設置。「王者の寝息を肌で感じろ!」というキャッチコピーだが、もしドラゴンが寝返りを打てば、観光客はクリスタルごとミンチになる。さらに、ドラゴンの呼気に含まれる高濃度の酸性ガスで、クリスタルの結界強度が保てるのかという根本的な疑問もある。
② 『灼熱! ドラゴン・ブレス・サウナ』 火口から漏れ出るドラゴンの「余熱」と「蒸気」をミスリル配管で引き込み、温泉施設を作る計画。領主曰く「ドラゴンの魔力が溶け込んだ蒸気は、美肌と滋養強壮に効果絶大」とのことだが、医学的根拠は皆無だ。むしろ、高濃度の火炎魔力による「魔力汚染症」や、未知の古代ウィルス感染のリスクが高い。
③ 『運試し! 金貨一枚のウロコ・チャレンジ』 これが最も危険だ。ドラゴンの寝床周辺に落ちている(かもしれない)剥がれ落ちた古いウロコを、観光客自身がマジックハンドを使って拾うという体験型アクティビティ。「旅の記念に最高」としているが、ドラゴンの巣に他人が侵入することは、すなわち「死」を意味する。万が一、本体に触れて起こしてしまった場合、誰が責任を取るのか。
■ 専門家の悲鳴:「逆鱗に触れるとは、比喩ではない」
この計画に対し、王立魔物生態学研究所の所長であり、竜学の世界的権威であるドラゴ・スケイル博士は、取材に対し顔面を蒼白にしてこう語った。
「即刻中止すべきです。自殺志願者のテーマパークを作りたいなら別ですが…。いいですか、エンシェント・ドラゴンというのは、極めて知能が高く、そしてプライドの高い生物です。彼らが最も嫌うのは『騒音』と『不敬』です」
博士は、震える手で資料をめくった。「特にレッドドラゴンは気性が荒い。人間が自分の寝床の周りをチョロチョロと歩き回り、ジロジロと眺めるなど、彼らにとっては『蚊が耳元で羽音を立てている』以上の不快感でしょう。もし、ストレスで彼が目覚め、その怒りが頂点に達した時――いわゆる『
「焦土、ですよ。比喩ではなく、文字通り。竜牙渓谷だけでなく、風下の三つの街を含めて、地図から消滅します。観光客の落とす金貨など、復興費用の足しにもなりません」
■ 地元の分断:「食えない恐怖」対「食われる恐怖」
しかし、現場の空気は複雑だ。専門家の警告を知りつつも、背に腹は代えられない住民たちの事情がある。
村で唯一の宿屋を営む青年(28)は、期待を隠さない。「博士の言うことも分かるけどさ、俺たちはずっと『緩やかな死』と戦ってきたんだ。畑は痩せて作物は育たない、鉱山は閉山。このまま座って飢え死にするくらいなら、ドラゴンに賭けて一発逆転を狙いたいんだよ。それに、領主様は『防音結界を張るから大丈夫』って言ってるし…」
一方で、ドラゴンの恐ろしさを祖父母からの伝承で知る古老たちは、猛反対している。「あの方(ドラゴン)は、土地神様のようなものじゃ。金儲けのために眠りを妨げるなど、罰当たりにも程がある。ワシらは、いつ火の海になるかと思うと、夜も眠れんわい」
村は今、「経済的な飢え」への恐怖と、「物理的な捕食」への恐怖の間で、真っ二つに割れている。
■ 保険会社とギルドの反応:まさかの「対象外」
さらに、この計画の杜撰さを露呈しているのが、安全管理の面だ。
通常、危険地帯での事業には冒険者ギルドの護衛や、損害保険への加入が必須となる。しかし、本誌の取材に対し、王都の大手保険組合「王都鉄壁(アイアンウォール)保障」の担当者は冷ややかに回答した。「ドラゴン災害? 対象外ですよ。あれは『天災』ではなく『人災』、いや『自殺行為』ですから。保険金をお支払いするプランは、今のところ『国家予算の三倍の掛け金』を頂かない限りご用意できません」
冒険者ギルドの支部長も、頭を抱えている。「領主から『緊急時の討伐依頼』の予約が入っているが、相手はエンシェント・ドラゴンだぞ? Sランクパーティを十組揃えても勝てるかどうか…。そんな怪物を相手にするなんて、ギルド規約の『安全配慮義務』に違反する。護衛の派遣は拒否したよ」
つまり、このテーマパークは「無保険」かつ「警備なし」。客の安全を守るのは、領主が雇った安月給の魔法使いが張る、薄っぺらい「防音結界」一枚のみということになる。
■ プレオープンでの「予兆」
そして昨日、関係者向けに行われたプレオープン(内覧会)で、恐れていた事態の「予兆」とも言えるアクシデントが発生した。
展望台の建設工事中、作業員が誤って鉄骨を落とし、大きな金属音が響き渡った瞬間だ。火口の奥深くから、地鳴りのような低い唸り声と共に、少量の黒煙が噴き出したのだ。
たったそれだけで、展望台の強化魔導クリスタルにはヒビが入り、周囲の気温は瞬時に10度も上昇した。参加していた観光協会の役員たちは悲鳴を上げて逃げ出し、内覧会は中止となった。
だが、エッジ男爵は、煤けた顔でこう言い放ったという。「見ましたか、あの迫力! これこそが我が領地が誇るエンターテインメントです! 今の唸り声、オプション料金取れませんかね?」
彼のメンタルは、ある意味でドラゴンよりも強靭かもしれない。
■ スリルを求めるあなたへ
「ドラゴン・サンクチュアリ」は、来月の開業を予定している。
もし、あなたが人生に退屈し、焼死することへの恐怖心がなく、遺書を書き終えているのなら、この地を訪れるのもいいだろう。そこでは間違いなく、世界で最も熱く、そして人生で最後になるかもしれない体験が待っている。
ただし、一つだけ忠告しておく。 お土産に「ドラゴンのウロコ」を持ち帰る際は、十分に気をつけてほしい。 それが、あなたの骨壺に入りきらないほどの「遺灰」にならないことを、心から祈っている。
私は、取材を終えて王都に戻る馬車の中で、この原稿を書いている。背後の山から煙が上がっていないか、何度も振り返りながら。 とりあえず、竜牙渓谷方面の旅行保険商品は、今のうちに解約しておいた方が賢明かもしれない。
―レミィ・スクープ
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます