第10話:克服と新たな課題
最初のデートの後、いつもの多忙な日々が始まったけど、僕は太田さんとのコミュニケーションを強くした。
朝起きたら、おはよう、今日はちょっと天気悪いね、とメッセージ。仕事の合間には、この間のデートの感想を送り、ランチタイムには週末のデートの提案。仕事終わりには、晩ご飯のメニューの相談をする。
彼女からも「雨は憂鬱😵」とか「今度は皇居3周にチャレンジ👍」とか「ちゃんと仕事してます?😎」とか「❤️❤️❤️」とか、何でもないようなメッセージが頻繁にきた。
そんな当たり前の日常を彼女が送れるように、僕自身ちょっと気を使っていたところはある。
それ以外にも、彼女のトラウマについて、自分なりに調べたりした。まずは、専門家の診断とアドバイスが大事だから、彼女の家からできるだけ近くて、心の問題に詳しい心療内科を探して、彼女に提案した。
最初のうちは、ひとりで電車に乗ることを不安がったので、退勤後や週末には付き添っていった。それに、彼女が新しい会社に通勤するときのことを考えて、できるだけ混まないルートや時間帯も調べたりした。
もっと早く太田さんと付き合っていれば、一緒に住んで、もっと丁寧に彼女のことをサポートできたのに、と思ったこともある。でも、今さらそんなことを後悔しても始まらない。これから先のことを考えて、今できることに最大限取り組む。そう固く心に誓った。
もちろんデートもたくさんした。ドライブで紅葉狩り。普通にショッピングとか映画鑑賞も。美術館や博物館、水族館にも行った。平日の夜に太田さんの家で晩ご飯を食べたこともある。ふたりが楽しいと思えることは何でもしたし、どこにでも行った。
幸いな事に、僕が一緒にいることができれば、彼女は動けなくなるようなことはなかった。ただ、不意に男性が近づいてきたり、大きな声や音が近くですると、一瞬、身を固くするけど、すぐに緊張が解ける。
そうやって、とにかく、外出するときは楽しい思い出を作ることに執心した。太田さんは、外に出ても大丈夫、という成功体験を繰り返した。
もうひとつ、新しい会社にあらかじめトラウマのことを相談しておくことも提案した。外資系ほど、そういったことへの理解があるから、通勤時に動けなくなって遅れることもあることを上司に共有してもらったり、自宅からのリモートワークの許可をもらったり。
そんな風に、ふたりで太田さんの新しい生活に向けて準備をした。その甲斐あって、彼女は新しい会社にスムーズに馴染むことができたみたいだ。
マーケティングに強い会社ということもあって、彼女も毎日、刺激を受けているようだ。あるときは、目を輝かせながら、「詳しく言えないんだけど」と前置きをして、どうにかこうにか社内秘に触れないように、今やっていることの素晴らしさを伝えようと奮闘していた。
そんな難題に取り組む彼女を目の前にして、僕も少しずつ日常での警戒心が薄れていった。正直に言うと、彼女の心の状態を知ってから、一緒に出かける時は、事前にルートや交通手段を徹底的に吟味したし、現地でも周囲への目配りを常にしていた。
そのため、人出が多い場所では充分に楽しめていなかったし、帰宅する時にはかなりの疲労を感じていた。でも、それのことをツラいとも、止めたいとも思わなかった。義務感でもない。それこそが僕のやるべきこと、生きている理由とさえ認識していたから。
そういえば、新しい会社へ事前に相談していたことも、上司や同僚に恵まれたようで、問題なく周囲に受け入れられたみたい。外資系だってパワハラ、セクハラがないわけじゃないし、それを隠蔽することだって普通に起きる。そもそも「me too」が始まったのだってアメリカだ。だけど、明確なアンフェアとして共通認識になったことに対しては、きちんと向き合うところはある。
それもあって、入社から数ヶ月も過ぎると、彼女はすっかりと自信を取り戻したようで、以前よりもパワフルになったようにさえ感じる。もちろん、女性としてもより魅力的になっていった。
素敵な女性が、自分に自信を持って充実した日常を送るだけで、こんなにも輝くんだ。なんていうか、なんで僕が彼女と付き合えたのかって、未だに不思議に思う。
ついでに、バカ正直に言っておくと、実は未だに彼女とは致していない。彼女に告白した日と、最初のデートの時と、2度のきっかけを逃したこと。それと当然、彼女の心の事もあって、自分からその手の話題や、雰囲気になることを避けていたのは事実。
ただ、今となっては完全にモメンタムを失っている。もうそろそろ大丈夫だろうな、とは思いつつも、これまで話題を避けていた事もあって、なんとも切り出しづらくなってしまった。もしかして、レスになる夫婦ってこんな感じなのかな。
あーあ、女性を誘うのって、こんなに難しかったっけ……。すっかり学生時代に初めての彼女と付き合う前の自分に戻ってしまったみたいだ。
ホント、ねえ、どうしたらいい?
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