魔法使いの居場所
赤井まつり
プロローグ 徒人課
この世界には二種類の人間が存在する。異世界から移り住んできた魔法が使える
魔法使いの世界・
そのため多くの魔法使いは、便利で住みやすく娯楽が充実しているこちらの世界に隠れ住み、徒人に混じって普通に生活している。
しかし、近年徒人界の監視カメラの増加や、徒人による動画配信により魔法の存在を隠し通すことが難しくなり、さらには居場所を追いやられた魔法使いたちが徒人に危害を加える事件が多発。
徒人界での平和な均衡が静かに崩れつつあった。
――――――――――――――――――――
「――クソ共が、どこ逃げやがった!?」
魔法使い・
「あーもう! ≪示せ≫!」
誰も近くにいないことを手早く確認し、八重は苛立ったように近くの壁を殴った。八重以外触れていないはずの白い壁に、黒いマジックで描かれたように矢印が出現する。
魔法使いによる魔法の行使。徒人には再現不可能な奇跡の具現。
八重はそれを見るや否や、矢印に従ってすぐさま走り出した。矢印は八重の行く先々に現れ、三人の居場所を教える。
「クソが手間かけさせやがって! 見つけたら半殺しだ! ≪加速≫!」
物騒なことを呟きながら八重は入り組んだビルの間を常人ではありえないスピードで駆け抜けた。ほどなくして、八重を撒いたと勘違いし立ち止まっていた三人にたどり着いた。
「見つけたぞゴラァ!!」
「クソッしつけーんだよ、
「誰が徒人課だクソ共!!」
息を整えていた三人は鬼の形相で駆けてくる八重に顔を青くし、バラバラに逃げようと再び反対側へ足を踏み出す。同じく加速の魔法を使用すれば、単純に足の速い方が勝つのだから、逃げ切れるはずだった。追手が八重一人だったらの話だが。
「はーい、≪捕獲≫」
「なッ!!」
「!? か、体が動かねえ!」
「ちくしょう!! 動けよ!!」
と、その瞬間三人とも体がその場に縫い付けられたように停止した。
八重もそれを見てスピードを緩め、停止した三人の先に現れた男に眉根を寄せる。
女性に人気そうな二枚目顔の男は嫌味なほどに長い脚で、まるでレッドカーペットを歩くようにゆったりと八重と捉えられた三人の元へ寄ってきた。
「おせーぞ、
「いや~悪い悪い。八重が速すぎるから精霊たちもざわめいていてね。逃走位置を推測するのも一苦労だった」
「人のせいにしてんじゃねえ、クズ」
「君、相変わらず口が悪いよね。僕は気にしないけど」
「ならいいだろうが」
慣れたようにぽんぽんと交わされる言い合いをよそに、三人はどうにか拘束から抜け出そうともがく。が、八重と長船に挟まれ、体を魔法で動かないように拘束された状態の者たちがこれ以上逃げることは不可能だ。
その様子を見て八重は鼻を鳴らす。
「往生際のわりい奴らだな」
「ま、彼らは情状酌量の余地なく一発で強制送還だからね」
長船は彼らに手を翳しながら笑った。
「は? 何したんだよこいつら」
「徒人との喧嘩に魔法を使ったらしい。しかも揉み消しに面倒な、広域に作用する土系統の魔法だ。徒人に大きな被害はなかったが、軽症者が一人居てね。おかげで昨日から記憶と記録の消去に大忙しさ」
「ふーん。馬鹿だな」
「なっ! 俺たちはただ!!」
「あっちが悪いんだろうが!!」
「お、俺は魔法を使ってない! 巻き込まれただけだ!」
口々に言い訳をする彼らをよそに、長船が翳した手から光が三人に降り注ぐ。
「知ってると思うけど、我々徒人課には徒人に危害を与えた魔法使いを捕らえ、魔法界に強制送還させる権限を有している。ということで、言い訳は魔法府の方でじっくりと聞くよ。もし問題がなければこっちに戻ってこれるさ」
「チクショウ! 魔法府の犬共が!!」
「言われてんぞ」
「犬で上等。僕犬好きなんだよね。では、≪強制送還≫」
その瞬間、停止したままの三人の姿が掻き消え、路地裏が一瞬静寂に包まれた。
「あ、そういやあいつら半殺しにするのと私は徒人課じゃないって訂正し損ねたわ。あっちで訂正したあと全員半殺しにしといてくれ」
「新設されたばかりの徒人課は仕事量のわりに人手不足なんだ。君が来てくれるんならいいぜ」
「嫌に決まってんだろ。激務必須じゃねえか」
「ま、今のままでも僕は助かってるからいいけれど」
「お前、徒人課のくせに足遅いもんな」
「まったく、お上は適材適所という言葉をご存知ないらしい。僕は内勤でこそ輝くというのに。次の配置換えでは監察課に希望出すつもりだよ」
「あっそ、興味ねえ」
八重と長船の関係を一言で表すとするなら、牧羊犬のアルバイトと雇い主である。片方は麗しい見目の男女だというのに浮ついた関係では断じてないし、そういう雰囲気になることも一生ないだろう。
仕事が終わったと判断した八重はくるりと身を翻した。それを見て肩を竦めた長船はその背に声をかける。
「そうだ、妹さんのパズルはもう解けたかい?」
「とっとと過労死でくたばれクソ野郎!」
――――――――――――――――――――
「ん~? あの矢印なんだろ」
「
「あ、うん! もちろん!」
「今日こそは二人でデュエットしようぜ~」
「え~、歌うまとデュエット曲は荷が重いよ~」
すでにほろ酔い状態の姦しい女子大生たちが去ったあと、白い壁からすっと矢印が消えた瞬間を見た者はいなかった。
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