ワールド・リトライ 〜神になって世界を再構築したものの見てるだけでつまらないのでもう一度人間をやりなおします〜

幻然イオ

プロローグ

 国家の存続をかけて命を捨てる戦いが始まってから今日でちょうど2年。

 俺「ライム・ヴェルン」は2年前に東国軍に招集された。

 軍はもはや旧時代の世界に感じ、まるで地獄に放られた気分だった。


 俺の所属している第六部隊は小さな手柄を着実に挙げながら進軍した。

 そして今さっきのこと、キャンプ地から冬の戦地へ赴いた。

 生き残るためには敵国軍を殺して殺して殺すしかない。

 血塗られた赤い手を隠して、恐怖を乗り越えたようなつくり笑いをして国に帰ることが未来で待っている。

「仲間とともに、絶対に」がスローガンの第六部隊。 

 だけど俺は狭くて仲間一人いない塹壕の中にいた。

 痛くて寒くて寂しい。地面に積もる雪は赤かった。

 ただの雑兵だった俺は役に立つことの出来ない雑兵になった。雑兵の中の雑兵だ。

 俺はどうにもできず途方に暮れていた。白い息を何度吐いただろうか。

 なぜこんなところで悪運を引いてしまうだろうか。


 ことの経緯はほんの十数分前に遡る。


 南国西国同盟軍の猛攻と矢の雨を防いだ第六部隊。

 相手の前線をに片付けた後に「いざ反撃だ」というところ。

 地面に倒れていた死に損ないがクナイを自棄ヤケに放ち俺の2本の腕を貫いた。

 ただの死体だと思って放置していたのは紛れもなく自分自身。

 自業自得というのかはわからないが正直馬鹿馬鹿しい。死体撃ちほど確実に殺した証明はないというのに。

 力尽きた死にぞこないを今度は誰かが確実に殺した。

 所属上の仲間の口から出る労いの言葉。しかし、彼らの目には「使えないやつだな」「ここでゆっくりもがいてくたばれ」「死にぞこないなんて抱えたくねぇよ」のような冷たい視線を送るものが大半であった。

 誰も皆、心が疲弊して余裕がないのは理解しているつもりでいる。

 つもりなだけで本当は理解なんてものより程遠いのかもしれない。

 そうして彼らは同等の覚悟の敵との戦いへ向かった。俺はさっきいた地点へと彼らと反対方向に歩いた。

 戦場で聞こえてくるのは剣と剣の鍔迫り合いの音と魔法同士の衝突による爆発音。聞き覚えのある人たちの断末魔に聞き覚えのない声の断末魔だ。ここまで届く大きな音たち。自分よりも苦しんでいる彼らはいるのだ。


 これ以上何度も何度も思い出しては苦しみたくはない。

 だから思い出すのをやめた。

 最高記録37回。これでおしまいだ。

 今を見なければいけないのが戦地で一人戦うことのない人間の、俺のすべきことだ。


 さて一瞬の苦しい回想を挟んでもっと苦しい現実から目を背いていた俺の胸の内には気づけば腕を動かせない恐怖と現実がいつまで続くかの不安が溢れかえっていた。

 脳裏に現れた想いが強く前に出てくる。「出てくるな」なんて思っても制御しきれない本能の感情がどうしても溢れ出していた。

 死にたい。

 死にたい。

 死にたい。

 死にたい。

 白い息が速く濃くなってゆく。

 耳の感覚がなくなってきているがそこまで気にすることではない。

 さっきまで「敵国の人間を皆殺してでも生きてやる」だなんて、「愛する祖国のために絶対に生きて帰るんだ」なんて気を紛らわすため前向きに考えてた。

 心の中の子供の僕が言う「最初からどこにも希望なんてないんだよ」と。

 心の中の勇敢な俺は言う「まるで生き地獄だな」と。

 活気に溢れていた頃の自分自身生きる原動力までもが今の苦しい戦争状態全てにおいて卑屈でいた。

 そんな自分自身が惨めで後ろへと引きづられている気がして、もっと死への願望が強くなっていく。

 「ん?」

 カランッ。チャポン。という音がした。

 蹴ったガラス瓶の鳴らした音のする足元を見るとまだ中身が7割以上残っている最高級回復薬ゲロマズポーションが2本。否、3本あった。

 なん好都合タイミングで最高級回復薬ゲロマズポーションを発見できたことに本意ではないが喜びを噛み締めていた。

 最高級回復薬ゲロマズポーションは、自分の生まれた東国でしか作ることができず、1年に100本しか製造されない。それに、国内貯蔵に半分、王宮内と他国との貿易に2割。東国の戦士らが一年のうちに獲得することができるのは10本のみということになる。10本あれば魔力枯渇が起きても魔力全回復できる。

 最高級回復薬ゲロマズポーションには1回の回復に1割だけしか飲んではいけない暗黙の了解がある。いつか読んだいにしえの文献には一気に飲むと魔力暴発マジックバーストで身体が爆発するという記録だけが残されている。直径1kmの円の範囲で特大な威力を出すが、この世界は味方だけ死ぬ自決の必殺技としてその爆発を認識する。つまり相手という思いを暴発者が一生のうちに一瞬でもしたのならその相手たちには爆発の効果がない。

 好都合なのはだ。


 「全滅した…あt…」

 惨めに隠れているうちに部隊が壊滅した。これ以上の情報は届かない。

 情報源は通信魔法を送って死んだ部隊長のヴァンさん。

 この部隊で最も力のある人物が死んだ。

 魔力が消えたがゆえに一瞬で送られた情報は削除される。

 部隊を失った戦地の中、俺はもう全部どうなってもよくなってしまった。

  

 もう、自分しかいないのだ。

 そう、つまりあとは死ぬのみだ。


 誰もいない今、亡き同胞らに会うため。いや、そんなかっこいいことはしない。

 個人の死への欲求のために魔力暴発自決する覚悟を決めた。

 俺は魔術で腕を四本作り出した。高等魔術であることや苦手がゆえに持続時間は20秒以下。そして持ち上げた冷たい瓶のゲロマズポーションを一本。カラン。二本、三本。コロン、パリン。腕が消えるまでになんとか飲み干すことに成功し、自爆用の水分ゲロマズポーションは喉を通過して瞬く間に胃へと流れていった。

 死ぬことに今生きる希望以上の願望を抱いたものの最後の最後に怖気づくのがこの「ライム・ヴェルン」なのだ。哀れ極まりない。

「神様、この世界を平和にしてくださいおねがいします」

 軽い命が、俺自身が呟いた後に徐々に視界がぼやけて、自分の中の自分が燃えたぎって、耳が聞こえなくなるほどの爆発音が鳴る。

 そのはずだった。

 本当なら魔力暴発マジックバーストによって爆散したはずの自分だったが

 そのかわりに見知らぬ魔法陣が広がり、輝いている。

 眩しすぎてかぼやけた視界なんてなかったかのようにされた。

 地面にある魔法陣には現代では使われていない魔法文字。創世記の神が使っているようなおとぎ話の文字。

 第一の効果であろうか。自分以外の時間が停止した。

 第二の効果。この世界から自分の肉体の体重70kgが一瞬でなくなった。

 第三の効果。その肉体のまま飛躍した。

 第四の効果。発動音だけ聞こえた。

 そして僕は僕が長い眠りについた夢を見た。



 体内時間が3時間程度進んだ。おそらく何処ここに来るまでに気絶していたのだろう。

 故郷のにおいがする。桃色の花の、桜の花の香り。その香りの発生源が顔を埋め尽くしていた。それは故郷ジャポヌの幼馴染「エスタル・グラム」

 正直なんでここにいるのかの理解ができなかったが、軍に行ったっきりだった俺は彼女と2年ぶりの再開を果たした。

「なんでいるのって顔してるけど、君が軍に行く前に私、サインしたじゃない。あの変で薄汚れて今にも破れそうな紙切れに」

 紙切れについての記憶はないに等しい。

 ただ、「守りたい一人の人間のサインを書け」とだけかかれた本の付録のことは嫌でも覚えている。

 児童書の付録について幼い彼女が3ヶ月も悩んでいたのを【約束】として幼い俺は受け取った。今よく考えれば古びた紙が児童書にある時点でおかしいことだけれども。

「私にはまだわからないからライムくんが使ってほしいな」

 僕が使う。それが訪れたのは彼女も言っていたように招集後。

 唐突に【約束】を思い出した僕は大切がなにかはわからなかったけど、もう失いたくない彼女にサインを願った。

 正直な話、ただのお守りとして書いてもらっただけなのだけれども…。

「それは、関係ないんじゃ?」

 あれから2年も過ぎていたようには到底思えない。それが一番思ったこと。

 紙切れのことは二の次だ。

「うーんと、そうだ一応確認したいから能力値画面ステータスウィンドウ見せてよ」

 ステータスウィンドウ。四国軍規で確認できず上書きできない設定になってから一度も開くことのなかったパンドラの箱。

 軍隊に入ると回復魔法ヒール以外の魔法は使えなくなる。東国の第二の希望であった第六部隊には回復術師ヒーラーが3人いた。

 ちなみに【魔法】と【魔術】は異なるため、魔術の使用は軍にいても可能だ。

 「うん。いいよ」

 返事をして、宙に二本の線を交差させる。すると目の前には半透明の厚さのない板が現れる。板には体力、攻撃力、魔力、耐久力、敏捷力、回復力の6つの【主能力値メインステータス】と【性質アビリティ】が書いてある。

 しかし今はなぜか999。すなわち数値上限カンストである。

 ステータスウィンドウを右になぞるとさっきとは違う表記に変わる。

【魔法】と【魔術】、そして【身分証明欄】

「確か魔術の欄に…あった」

 彼女がステータスウィンドウを確認する。

 その中にはいつ手に入れたかの知らない見知らぬ魔術。

 黒色のオーラがダダ漏れな表記があった。

 この表記は禁術。【世界の編集者ワールド・リメイカー

「うんうん、あの紙きれは本物のようだね」

 なにもしらない俺は彼女にすぐ聞いてしまった。

「この魔術と紙切れがどうして君がここにいる証明になるんだ?そしてここはどこなんだよ」

 言葉を言い終わる頃には彼女は口から音を発していた。

「ここは全能神の存在空間。そしてこの魔術は全能神が気まぐれで1人の下界人に押し付けた禁術。最後にあの紙切れは全能神からのほんの僅かな気遣い。一人じゃ気が狂ってしまうから。」

 この空間に来てからわずか3時間しか経っていないのに下界にいる間に知り得ない情報ことを考えることなく簡単に伝えた。

 そして彼女は最後に「全能神の加護の知識だけどね」と付け加える。

 理解できない。

 そんなことはなかった。

 じわじわと脳の中に知りたい情報が流れ込む。

「エスタル。もう大丈夫だ。全能神の加護、感じてきたから。」

「そっか、良かった…のかな?」

 細かな動作すら可愛さを感じる彼女があるものを手に持ってきた。

魔術小型端末マジックタブレット

 これはこことは違う世界の下界人が使っているものに酷似している。

 俺は新鮮なそれに目を向ける。

 薄く光を放つ画面には「ようこそクソ神代理のアホ人間」とあった。

 全能神がどれだけ嫌われているのか知りたかったが知れなかった。

「醜い戦争を続けるくだらない世界をすべて壊したいですか」

「はい」

「新しく平和で満ちた才能の関係ない世界を一から再構成したいですか」

「はい」

 エスタルがどんどん進めていく。

「あとは勝手に構築しな」

 俺は2つと半分意見した。

 1つ目。努力主義で実力主義な剣と魔法が混ざり合う世界。

 2つ目。冒険者が半永久的に成長するための【魔者迷宮ダンジョン】があること。

 そして最後に【魔者迷宮ダンジョン】の【魔者迷宮ダンジョン】、【大迷宮ロード】を世界の中心都市に置くこと。

 これだけして、地学などに長けているエスタルに他を任せた。


 画面に再構築ボタンが現れて、エスタルが軽々しく押した。

 わずか20年ぽっち二人がいた世界が、星が一瞬にして消滅した。

 ポツンと生まれた小さな種が瞬く間に根を走らせて、囲うような球体を生み出した。そしてエスタルの思い描いた通りの豊かな自然が球体から生えてくる。

 そんな感じで時空は加速する。

 世界は歯車を変えて回りだした。


 

 少し時間が経っていろんなことがあった。

 創造神ドルムスから代理神としての身分を受け取ったことが明確な記憶。

 その身分に課せられたものは魔術名からそのまま名前をつけた、【世界の編集者ワールド・リメイカー】として下界を見下ろすこと。


 「ようこそ努力の報われる実力主義の世界。ようこそ魔者迷宮。そしていつの日か…」

「げぇ。似合わないよそのキャラ」

創造主になって調子に乗ることは自分らしくないらしい。

彼女と二人でこの「新世界」を見下ろすことにした。










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