監視都市A

序章 第1話 自殺を望む少年

監視都市Aの朝は、やけに静かだった。

通学途中の学生、出勤する大人、店のシャッターの音……全部が淡々と流れていく。

少年だけはその流れに乗れない。

深夜00時04分、歩道橋の手すりに手をかけ、少年は深く息を吸った。

目の前の道路を、大型車が絶え間なく流れていく。

「……」

覚悟を決めて、足を手すりへ勢いに任せて目を瞑り身体を投げようとする。

…その瞬間だった。


■“ビーッ”という警報音。

歩道橋の足元に埋め込まれたセンサーが反応した。

通報までのタイムラグ、わずか 0.8秒。


「!!?」


振り返る間もなく、白と青の公安ドローンが三機、彼の周囲に降下する。

《行動不審反応。転落危険行動。該当少年、識別番号一致。》

少年は舌打ちした。


顔を上げると、歩道橋の上に警備隊の二人がもう走って登ってきていた。


「また君か。今日はどんな理由だ?」

「こんな深夜に、抜け出してきたのか?」

「施設とは連絡ついてるぞ」


うるさい。全部うるさい。


少年は抵抗する気力もなく、そのまま腕を掴まれる。

少年…斑目秀は自殺未遂の常習犯だった。

死を実行しようとした瞬間、都市そのものが邪魔をしてくる。


2126年、本国の監視網は、

「自殺は完全悪」

という理由で、死をすべて検知・制止するよう設計されていた。




施設までの帰路、斑目は考える。

(……なんで、死ぬ自由すらないんだよ。)

息苦しい。胸が熱い。しかし、もう涙は出ない。 


斑目はいつも、生に対する違和感を感じていた。どうして生きているのかわからない。最近の彼は、自分が自分であることに恐怖すら感じていたのだ。


彼が死ねない理由は、国のシステムの問題でもあるが、斑目自身も薄々気づいていた。


“なぜか、死ぬ直前に毎回、懐かしい幼子…少年?…誰かの顔がよぎる”


誰だ? 何の記憶だ?警報音が鳴る前に恐怖以外にもう一つ、何か…ブレーキがかかる。

それが分からないのが余計に虚しい。


ドローンの監視下で歩く帰り道。

少年は何度かドローンに向かって石を投げ、跳ね返ってきた石を避ける。

同じ行為を何度か繰り返した後、諦めてただ空をにらみつけた。

「……こんな人生、早く終われ」


街は無言で少年の命を“管理し続ける”。

彼が死ぬことを、都市Aは決して許さない。

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